ゴブリン殲滅戦
今回は少し展開が重くなります。 戦闘シーンがありますのでご注意ください。
自分たちの住処を突然照らす強い光に驚いたゴブリン達は、甲高い叫び声を上げながら我先にと洞窟から飛び出してきた。
その際に、一番初めに飛び出してきてカモフラージュの木の枝を払い落したゴブリンの頭の上に、何かの糞のようなものが落ちたのを見て思わず笑ってしまう。
小学生の時に、隣の席の男の子が教室の扉に黒板消しを仕込むいたずらをしていたのを思い出したからだ。
様子をうかがうだけで、目隠しの木々や岩などに触らなくて本当によかった!
「【ウインドカッター・クアドラプル】、【トリプル】、【クアドラプル】!」
あんなものが自分の頭の上に落ちてこなかったことにほっと胸をなでおろしながら、洞窟から飛び出してきたゴブリン達を狙って立て続けに風の刃を放ち続ける。
身を隠した繁みの中からの攻撃は、ゴブリン達に避ける暇を与えずに次々と命を奪ったが、さすがに異変を感じ取ったらしく、ゴブリンたちは次第に洞窟から飛び出してこなくなった。
「【マップ】! ハク、私たちの周りに防臭の結界を張ることはできる!? 動くから無理かな?」
「顔の周りだけならできるにゃ! 任せるにゃ!」
ハクの力強い返事を聞いて安心した私は、<鴉>を鞘から引き抜いて洞窟の中に飛び込んだ。
【マップ】で確認した通り、出入り口付近に殺到したのはゴブリンばかりだったので、手当たり次第に<鴉>を振るう。
ゴブリン達は断末魔の声を上げながら次々と倒れていき、❝Y❞の字の分かれ目にあった空間には多くの死骸が転がっている。
「どっちに行くにゃ?」
「…………右へ」
この先は分かれ道。左には名前のない赤いポイントが、右には多くのゴブリン達がいる空間がある。 閉鎖された場所で挟み撃ちをされるのを避ける為に、そして、ゴブリンを逃がすことのないように先に殲滅させた方がいいだろう。
数の少ない左側の赤いポイントが気になりながらも、私は分かれ道を右へと進んだ。
進んだ先には30匹弱のゴブリン達。 雄ゴブリンに守られるように固まっている雌ゴブリンや子供のゴブリン。そして小さな赤ん坊のゴブリン達がいた。
緊迫した雰囲気を感じ取っているのか火がついたように泣く赤ん坊や、恐れを感じて涙を浮かべている子供のゴブリンを見て、一瞬だけ私の体が強張るが、
「こんな所で死にたいのかっ!?」
常にないハクの緊迫した声と頬に感じる鋭い痛みが、自分の状況を教えてくれた。
「死なないっ! こんな所では死ねないよっ!!
もっときれいな景色を見に行きたいし、おいしい物もいっぱい食べたいし、もっともっと楽しんでから出ないとビジューに合わせる顔がないもんっ」
「それでいいのにゃ!」
<鴉>を握り直す私を見て、満足そうにハクが笑った。 ……今度はちゃんと❝にゃ❞が付いているので、さっきはとても心配をかけてしまったんだと猛省する。
私を敵認定したゴブリン達に襲い掛かられながらも出入り口を背に、1匹も逃がさないように<鴉>を振るい、ウインドカッターを放ち続けた。
長かったような、あっと言う間のような奇妙な戦いの時間が過ぎ、【ライト】で照らされた空間には流れた血液や体液が飛び散り、たくさんの死骸が転がっている。
生きているのは私とハク。 そして壁際で鳴き声を上げている、小さなゴブリンの赤ん坊……。
「僕が始末をしてくるにゃ」
そう言って宙を歩き出したハクを、私は両手で包むようにして引き留めた。
「私が行くよ」
心配そうに私を見るハクに頷きを返してゆっくりと地面に下ろすと、ハクは私の体を肩まで駆け上がってきた。
「一緒に行ってくれるの?」
「当然にゃ!」
私の質問に力強く頷いて頬にぐりぐりと頭を擦り付けてくるハクの頭をひと撫でしてから、壁際に歩を進める。
「魔法は使わないのにゃ?」
「………うん」
足元で鳴き声を上げる小さな命。 私はしばらくだけ赤ん坊をみつめてから、おもむろに<鴉>を振り下ろした。
「アリス……」
「……大丈夫。 …大丈夫だよ」
この部屋のゴブリンを全て屠った後、私は込み上げてくる嘔吐感を我慢しきれずに胃の中の物を吐いてしまった。
いくらハクが頼りになると言っても、安全が確保されたわけでもない場所で何をしているんだと思いながらも、胃の中が空になるまで私はその場を動けなかった。
「もう、大丈夫だよ…。 警戒を任せっきりにしてごめんね」
なんとか立ち上がった私に、ハクが心配そうに頬を寄せてくれる。
「もう、ここを出るにゃ?」
「ううん。もう一つの方の空間にも何かがいるからね。 見に行かないと」
「また、赤ん坊だったらどうするのにゃ?」
「……小さくても魔物は魔物。 ………お金になる魔物だったらいいね!」
「……そうにゃ! いっぱい稼ぐのにゃ!」
傷ましそうに私を見るハクの視線には気が付かないふりで笑って見せると、ハクも一緒に笑ってくれる。
色々なことを感じたり考えたりするのは後回しにして、私とハクは最後の空間に向かって歩きだした。
お読みくださってありがとうございました!




