村長より、村長らしい人
「家にあるもんは何でも持って行ってくれ! 大したもんは何もないが、頼む!」
「母から貰った髪飾りがあるの! 売ればいくらかにはなるから、これでなんとか!」
「俺の畑から無事な作物を、あるだけ全部持って行ってくれっ!」
「孫娘の結婚用に縫った服がある! まだ袖を通していないから綺麗じゃ! これと引き換えに治療を!」
(どうするにゃ? 貰っておくにゃ?)
(いやいやいやいや…。とても貰えないでしょ? 花嫁衣裳とか、多分形見の髪飾りとか…)
(ワザとかもにゃ~?)
(そうかもね~……)
でも、本当に、それがこの村の精一杯なのかも知れない。
………仕方、ないな。
「いくつか条件があります。それを全て呑んでいただけるなら、怪我人を診てみましょう」
「……条件を言うてみてくれ」
おばあさんは真摯に、でも、慎重に聞いてきた。
「私がこの村にいる間、狸村長を私に近づけないこと」
「大丈夫じゃ。ヤツはしばらくベッドから出られん」
「……私は治療しませんよ?」
「ああ、当然じゃ。 ヤツのことはいないものと思ってくれ。もしも、お嬢さんの目を汚すようなら、アタシが責任を持って、ベッドに放り込む」
おばあさんの言葉を聞いても、村の人達は顔色を変えることなく頷いている。 本当はこの人が村長なんじゃないの?
(ヤツが顔を出さないなら、僕はしばらくこの村に泊まってもいいにゃ~♪)
ハクの機嫌が直った^^
「まずは怪我をしているすべての人に会います。 その上で、私が治療する順番を決めますが、異論は一切認めません」
「……金を多く払える者から治療するということか?」
「どう思っていただいても構いません」
「治癒師としては当然じゃな。わかった」
治癒士じゃないけどね。
「治療を行う際には、必ず対価をいただきます。 対価は私が希望するものをいくつか挙げますので、その中から患者さんや、支払いする人が払う対価を決めてください」
「お嬢さんの希望するものがない場合や、お嬢さんの希望する対価を拒んだら?」
「治療はしません」
「こちらから代わりのものを提案することは可能かい?」
「提案していただくのは歓迎しますが、それを対価として認めるかは、私の一存です」
おばあさんはしばらく考え込んだ。私が何を欲しがるかわからないのに、安請け合いすることがないのは信頼できる。
しばらくじっと考え込んでから、おもむろに周りの人たちの顔をひとりひとり見て、頷いた。
「わかった。それでいい」
「治療の際に回復魔法の練習や治癒薬の品質向上を狙いとする投薬を行うことがあります。結果は同じですが、患者さんの心証としてはよろしくないかもしれません」
「結果的に治るなら、多少のことでは文句は言わんよ。 だが、対価に見合うだけの治療は頼みたい」
「わかりました」
暴利を貪る気はないよ。出来るだけのことはする。
「私は治療師ではありません。ですので、私を<治癒士>と呼ばないでください」
「回復魔法だけじゃなく、薬まで作れるのに<治癒士>ではないのか?」
「違います」
「修行中ということか? ならば<治癒師>とは呼ぶまい。 <治癒師ギルド>がうるさいからな。お嬢さんの立場を悪くするようなことはせんよ。 皆もそれでよいな?」
「「「わかった」」」
<治癒師ギルド>はうるさい所らしい。 あまり近づかないでおこう。
「患者の数によっては、治療は1日で終わらないでしょう。数日間、村に滞在することになりますが」
「アタシの家に泊まるといい。この村には宿屋がなくてね。本来なら村長の家に泊まってもらうんだが」
「いますぐ出て行きます」
(いますぐ出て行くにゃ!)
「ああ、わかっているよ。だから、アタシの家に泊まってもらう。亭主は開拓のまとめ役として息子と一緒に村を離れているからね、遠慮はいらないさ」
「では、そうさせてもらいます。
次で最後です。 これは無理なら断ってもらって大丈夫です」
「なんだい。言っておくれ」
「今、この村に、魔物の解体をきっちりと出来る方はいますか?」
「いるよ」
「その方に、“私が狩った魔物の解体の手伝いと解体方法の教授”をお願いをさせてもらえますか?」
もともと、村に寄ったのは、解体を教えてもらう為だったからね~。
「ああ、わかった。教えよう」
「え?」
「アタシが丁寧に教えてやるよ。怪我人の治療の前にするか? それとも後でいいのかい?」
「おばあさ」
「マルゴだ」
「あ、私はアリスです。
マルゴさんが魔物の解体を?」
その、ほっそい体で? オークとか、結構大きかったよ?
「意外かい? この村では肉屋をしているよ」
お肉屋さん! いきなり解体のプロに出会った♪
「では、時間は後で相談させてください」
「ああ、わかった。アタシの家に泊まってもらうから、ちょうど都合がいいね」
交渉成立! 私とマルゴさんは握手を交わした。 握手の習慣もあるようだ。
話が決まったなら治療は早い方がいい。
「重傷者がいるとのことでしたが、すぐに命に関わるような状態ですか?」
「今すぐ、と言うわけでもなさそうだが、このままだと命に関わるだろうね」
「患者は何人くらいです?」
「軽症を含めて27人だ」
ふむ…。変則トリアージ、してみようか。
「では、これから患者さんがいる家を1軒ずつ回ります。原則として、今日は診察だけで治療は明日以降にします。 マルゴさんとどなたかもう1人、一緒についてきてくれますか?」
「人選の希望はあるかい?」
「対価の物色を兼ねるので、村で信用がある人がいいですね」
「わかった。 ルベン、一緒に来ておくれ」
ルベンさん、さっき狸の愚行を謝ってくれた人だ。
「では、村の入り口から順に奥へと向かいましょう。案内はお任せします。
あ、なにか、書くものはありませんか?」
「ルベン、村長の家から、紙と台紙になるものとペンとインク壷を取ってきておくれ」
「ああ」
ルベンさんは言葉少なに、狸の家へ入って行った。 物資の提供があっても治療はしないよ?
「これでいいか?」
持ってきてくれたのは、本当に紙だった。 品質はあまり良くないけど、ちゃんと紙がある!
「はい。ありがとうございます。 では、行きましょう」
感動を隠しながらインク壷だけをインベントリに入れて、村の入り口に向かった。
ありがとうございました!




