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常識は場所でかわる

 目の前に、目つきの鋭いおばあさんが立っている。


 村の入り口で鑑定を掛けてきた人を探した時に目に入った内の1人だけど、今、確信した。 


この人だ! 3度もの鑑定を仕掛けてきたのは、この目つきの鋭すぎるおばあさんに違いない!


(ハク、隠蔽の準備をしておいてね!)


(まかせるにゃ!)


 いくら目つきが鋭くても、ただ立っているだけの人に乱暴はできないので、警戒しながら、そのまま横を通り過ぎようとした時だった。


「うちらの村長が大変に申し訳ないことをした! この(ばば)が代わりに謝る! どうか、どうか、許しておくれ!!」


 おばあさんはいきなり土下座で謝ってきた。 土下座の文化があることにも驚いたが、村長の家の扉を蹴破って出てきた相手に、いきなり謝るってどういうこと!?


 思わず足を止めた。


「村長のことじゃ。わずかな金で治療を押し付けようとしたんじゃろ? お嬢さんの優しさにつけこもうとしたんじゃろ? 申し訳なかった!」


「私がここに来たのは『神の導き』だから、『慈悲の心』で治療をしろと言って、断ると“家に閉じ込めようと”しました」


 一応、補足説明をすると、おばあさんは目を丸くして口をパクパクさせた。


 金魚状態のおばあさんとしばらく見つめ合っていたが、正気に戻ったおばあさんは、


「旅人にただ働きをさせようとした上に、こんなに若いお嬢さんを家に閉じ込めようとしたじゃと……?」


 状況を整理するようにつぶやくと、ガバッと凄い勢いで立ち上がり、


「あの、ボケナスがーっ!!」


 一声吼えると、村長改め狸ジジイの家へと駆け込んでいった。


 やっぱり“ただ働き”だったようだ。


 おばあさんの勢いに、立ち去るタイミングをはずしてそのまま立ち止まっていると、狸ジジイの悲鳴とおばあさんの怒鳴り声に、物が壊れる音と狸ジジイの泣き声が聞こえてきた。


「治癒師様、村長が迷惑をかけて本当に悪かった。 今、マルゴが“教育”をしているから、許してもらえないだろうか…?」


 狸とおばあさんに気を取られている間に、周りに村人が集まっていた。 その内の1人が声を掛けてきたのを皮切りに、


「すまんことでした」

「ごめんよ」

「ごめんなさい」

「申し訳ない」


 村の人たちが口々に謝ってくれた。 狸はかなりのやらかし体質なのか!? 村長なのに!?


 おばあさんの勢いに飲まれた上に、怪我の痕も痛々しい村の人たちに謝られてしまっては、いつまでも怒りは持続しない。


「私は治癒師ではないですよ」


 とりあえず、否定はしておく。 誤解は窮地を生みかねないからね。


(逃げそびれたにゃ~?)


(うん、どうしようか?)


(ビジュー様を利用してただ働きをさせようとしたのは許せないにゃ! ヤツの顔はもう見たくないにゃ!)


 ハクはただ働きを『神の導き(=ビジューの意思)』だと口にした狸が許せないようだ。私も同感だな。


 ハクと話している間におばあさんの“教育”は終わったようで、外に出てくるなり、また謝ってくれた。


「お嬢さん、改めて婆が詫びる。 誠に、申し訳なかった!」


 さっきから、このおばあさんは、『村人』って感じがしないんだよね。なんでかな?


 そんなことに意識を奪われている間に、おばあさんはまたも土下座をしそうになっていたので、慌てて止めた。


「おばあさん、謝罪はもう結構です。あなたや他の方たちからも謝罪の言葉は十分にいただきました。罪のない方たちがこれ以上詫びる必要はありません」


 何も悪くないおばあさんに土下座されるなんて、なんの罰ゲームよ?


もう謝罪は必要ないと告げると、ハクが大きなため息を吐いた。


(アリスは甘いにゃね~)


(え?また? 何がいけなかった!?)


(年若い娘が監禁されそうになったっていうのに、言葉だけで許してやるなんて、甘々にゃ!)


(もしかして、賠償とかを求めたほうが良かった?)


(当然にゃ!)


 当然って……。 守銭奴・ハクが光臨しただけかと気を抜きかけたが、どうやら違うらしい。


(アリスが旅先でこの村での仕打ちを話したら、この村にはもう治癒師は近づきさえしないだろうし、きっと行商人も来なくなるにゃ。領主からの援助もなくなるかもしれないし、近くの村との交流もなくなるかもしれない。そうなったら、この村はあっと言う間に瀕死状態にゃ! 

 それを謝罪の言葉だけで許すなんて、甘々にゃーっっ)


 この世界の常識を知らなかったんだよ…。 さて、これがどう転がるかだけど……?


「本当に優しいお嬢さんじゃ…。 それをあのボケナスめがっ!」


 小声だったけど、ちゃんと聞こえた。 おばあさんの怒りはまだ収まっていないらしい。


「では、私はこれで」


 さっさと撤退だー。 歩き出そうとすると、おばあさんが前に回りこんできた。


「お嬢さん! お嬢さんは回復魔法が使えるそうじゃな!? 頼む、助けてくれ! アタシらに払えるものはなんでも払うし、なんでもする! 重症者だけで構わん! どうか診てやってもらえまいか!?」


 ………。


(だから、こうなるにゃ!)


 …………。 


 こう、転がりました……。


ありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[一言] なぜ無視して出ていかない?
[一言] そんなに偽善者気取りたいなら爺さんの所業も許すべきよな
2021/01/23 02:36 退会済み
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