初めての馬車旅 31
「へぇ。 あっさりとした見た目なのに、意外にジューシーだな。 美味い!」
((おかわり!)にゃ!)
スライムの皮ごと氷水で冷やしておいたハーピー肉は、しっとり食感のジューシーなハムに仕上がった。
「気に入ってくれてよかったよ」
夕べから(正確には昨日のお昼から)待たせてしまっていた分、期待を外したらどうしようかとハラハラしてしまったけど、従魔たちもイザックも美味しそうに食べてくれていて一安心だ。
安心して、ハーピーハムを使ったサンドイッチやサラダを作っていると、眠たそうな顔をしたディエゴとクルトが起きてきた。
「腹でも減ったのか? 夜明けまではまだ少し時間があるぞ?」
いつも2人を起こしに行くイザックが声をかけると、遠慮なく大きな欠伸をしながらこちらに向かって歩いてくる。
「順調に行けば、今日の夕方にはスフェーンとの分岐に着くんだ。 ……アリスさんは本当にそこで降りてしまうのか?」
❝このまま一緒に街まで行って欲しい❞と顔に大きく書いて、ディエゴが私に確認を取る。 クルトも真剣な顔をして私を見ている。
「うん。予定は変更なしだよ」
と答えると、あからさまにがっかりとした顔になるので少しだけ迷いが出るけど、やっぱり私は森へ行って、レベル上げと食材などの確保をしておきたいと思う。
「乗客たちを不安にさせないだけの配慮はしたと思うんだけど?」
ここで譲ってしまったら、何の為にサルとビビアナに花を持たせたのかわからなくなるしね。 きっぱりと断ると、
「乗客たちが安心できても、俺たちには安心できる内容ではなかったが……」
馬車の方を見ながら小さく呟かれた声を私は笑顔でスルーした。
最初の護衛はサルとビビアナだけだったけど、そこにBランクのイザックが加わるんだから十分だろう。 もう、昨日のように魔物が群れで襲ってくる確率も低いだろうし。
私に譲る意思がないことを悟ったディエゴとクルトはとても残念そうに「どうにかならないのか?」とイザックに視線を送るけど、イザックも静かに首を横に振って、
「諦めろ。 俺たちは元々客なんだから、そこまでの期待をされても応えられない。 俺は街まで乗っていくからそれで納得しておけ」
私の意志を尊重してくれた。
「そうか…。 そうだな。無理を言ってすまない。 イザックさんは街までよろしく頼みます」
私たちが意思を変えるつもりはないと理解したディエゴとクルトは残念そうにしながらも、改めてイザックに頭を下げる。クルトまで文句を言わずに頭を下げるのを見て、最初の頃との態度の違いに少しだけ感心した。
この短期間の旅路で少しずつ成長している姿は、見ていてなんとなく嬉しい。 私の視線に気が付いたクルトが照れ臭そうに視線をそらしたから、言葉にはしないけど。
夜間は何事もなかった代わりとでも言うように、昼の移動中はポツポツと襲ってくる魔物に睡眠の邪魔をされた。
イザックや私が出ていくほどの魔物じゃなかったけど、馬車が急に止まったり、急に速度を上げたりするたびに浅い眠りからたたき起こされて、なんだか眠った気がしない。
「昼夜逆転生活を元に戻せってことかなぁ…」
ため息を吐きながら自分の中で折り合いをつけていると、やはり起きてしまったイザックが心配そうに私を見ていた。
「やっぱり俺も一緒に」
「来ないでいいから! イザックはディエゴ達に『街まで乗っていく』って言ってたでしょ? 口約束でも約束は約束だよ」
心配のあまり最初の約束を忘れたのか、私と一緒に来ようと考え始めたイザックを慌てて止めると、膝の上のハクが尻尾をゆらゆらと揺らしながら小さく鳴いた。 ハクに続くようにライムも「ぷきゅきゅ~!」と鳴いて存在をアピールする。
「そうか…。 おまえたちが付いているから大丈夫だな? だったら、アリスはもう少し寝ておけ」
うちの従魔たちの有能さを思い出したのか、イザックは渋々と納得する。
私の肩をポンポンと叩きながら睡眠を促してくれるけど、タイミングが良いのか悪いのか、馬車は休憩の為に速度を下げて停車してしまった。
「アリスの作る美味い水をがぶ飲みするなんて、贅沢だぞ!」
丁寧に世話をしながら、イザックが馬たちに話しかけている。 世話の仕方も堂に入っていて、馬たちも気持ちよさそうにしていた。
「お水はこのくらいあれば足りる? あとは、そのまま食べられる果物だけ先に渡しておこうかな? クッキーも傷みにくいから先に渡しておこう。 ああ、馬たちの餌も渡しておくね」
私はその間に、ラリマーに着くまでの間のイザックの食料を準備しておく。
「ああ、野営食セットも追加しておくね」
「あの湯をかけるだけでできる飯だな? 助かるよ。
……今までが快適過ぎて、湯を沸かして入れるだけのことが面倒に感じそうで怖いな」
「あれ? 言っていなかった? お湯を沸かすのが面倒だったらお水を入れるだけでも食べられるようになるよ。 冷たいご飯でも気にならないなら、何時間か前から水を入れて放置しておけば?」
夜番の間に進んで調理を手伝ってくれていたイザックが、お湯を沸かすのが面倒だと言い出したのが面白くて、「だったら水をいれるだけでいい」と伝えたら、馬のブラシを放り出す勢いで振り返ったので驚いた。
「水を入れるだけで飯になるのか!?」
「え? ああ、うん。 冷たい状態で食べるのが嫌じゃなければ、だけどね? お湯よりも時間はかかるけど、ちゃんと食べられるようになるはずだよ」
日本で非常用に売っていたアルファ化米はお水でも調理できたから、きっとこのアルファ化米も大丈夫なハズ。 …多分、……きっと? ………検証してから言った方が良かったかな?
確証のないことを言ってしまったと後悔し始めた私に気が付かないのか、イザックが興奮したように私の肩をつかんだ。
「それを試食会できちんと説明したのか!?」
「してないけど……。 あのね、イザ」
「ちゃんと説明しないとダメだろう!? あの飯がただ水を入れておくだけでできるなんて、どれだけ凄いことなのかわからないのか!?」
「いや、あのね、イザ」
「いいか!? ジャスパーのギルドからレシピ登録の確認の連絡が入ったら、ちゃんと説明するんだぞ? 忘れるなよ?
ハクとライムも、ちゃんと覚えておいてくれ。 アリスのレシピの価値が上がる、大事なことなんだ」
「にゃん!」
「ぷきゅ!」
……検証していないから、って言おうとしたのに、イザックは聞く耳を持ってくれない。 2匹までその気になってしまったので、もう、力業でいくしかないかな?
私はイザックの両頬を手で挟んで固定してから、大きな声で話しかけた。
「イザック! 聞いて!!!」
「お、おお!? な、なんだ? どうした?」
至近距離で大声で話しかけられてびっくりしているイザックに、畳みかけるように告げる。
「ごめん! さっきは水でもできるって言ったけど、まだ、ちゃんと検証してないから聞かなかったことにして欲しい。 できるとは思うんだけどね? 確実じゃないんだ」
「あ? ああ、そうか。 ……だったら俺が検証してやるよ。水でもきちんと食えるものができたら、ラリマーの商業ギルドに言付けておいてやる。
そうだなぁ…。 きちんと食えるものができたら〇で、とんでもなく不味かったり、食えるものにならなかったら×でどうだ?」
私の心配は、あっさりと解決してしまった。
イザックが楽しそうに提案してくれることにただ頷くだけなんだから、楽過ぎて申し訳なくなるよね?
……イザックの好きなものって他に何があったかな? 別れる時に追加で渡しておこう!
ありがとうございました!




