初めての馬車旅 29
ハクとライムを背中に乗せて、なんだか楽しそうに見える馬たちに朝ごはんを与えていると、お腹の出たおじさん改め商人さんがにこにこ笑顔で近づいてきた。
「いやぁ、今朝の煮ボアもとても美味しかったです! 煮ボアを乗せて食べると、携帯用の不味いパンも美味しく食べられましたよ」
当たり障りのないお世辞から始まった商人さんの話は、❝私の持っている魔物素材で食材以外のものを譲って欲しい❞とのことだった。
昨日、解体したハーピー肉を唐揚げ用に漬け込んでいるのを見て、他の素材なら売ってもらえるかと思ったらしい。
「もしや今朝のボア肉もお嬢さんが狩ったものではないですか? でしたらスフェーンへ行く前にアイテムボックスの容量を空けておく為にも、毛皮などの邪魔になるものを処分されてはどうでしょう?」
「昨日、サルたちからハーピー素材を買い取ってなかった? そんなに容量に余裕があって商売っ気もあるのに、どうして他の商品を持ってこなかったの?」
旅先で仕入れようとする姿勢を不思議に思って聞いてみると、商人さんのアイテムボックスに余裕があるわけではなく、私が降りた後のスペースに荷物を積めると算段しているらしい。
「新しく狩った素材を入れる容量を空けておくために、今ある不用品を手放しておくのが賢いと思いますよ」
「その気遣いは不要だ。 アリスのアイテムボックスの容量はかなりでかい上に、アリスは<冒険者(予定)>であり<商人>でもある。
魔物素材は<冒険者ギルド>で売らないと昇格ポイントが付かないし、それ以外は商品になるからな」
どう言って断ろうかと考えていると、後ろからイザックの声がした。
「同業者でしたか! レベルの高いアイテムボックスに自分で魔物を狩れる腕があるなんて羨ましい…。 どうです? 私と共同経営を」
「しない。 ほら、もうすぐ出発だ! もう準備はできているのか? 俺たちはまだだから邪魔しないでくれ」
イザックに追い払われた商人さんが、苦笑いをしながら馬車へ戻って行く。
「そうなの?」
「あ? ああ。もうすぐ出発だ」
「じゃなくて」
「…あいつと共同経営をしたかったのか?」
「そうじゃなくて! 魔物素材は冒険者ギルドで売らないとポイントが付かないって話」
<商業ギルド>に登録している身としては、討伐証明部位以外は商業ギルドで売った方がいいのかな?と思っていたんだけど、
「ああ。昇格するには『ギルドへの貢献』も必要だからな。依頼をこなすだけじゃランクアップできないんだ。
値段だけなら商業ギルドで売った方が高値が付くんだが、冒険者ギルドを潰さないためにも魔物素材はギルドへ売って、ギルドを儲けさせてやらないとな。 これがランクアップへの近道にもなる」
と言われて考えを改めた。
自分で使わない魔物素材は冒険者ギルドへ売って、それ以外を商業ギルドへ売ろう。
「アリスは素材を大事に持っておいて、<冒険者登録>を済ませたら依頼ボードの納品依頼とアイテムボックスの中身を照らし合わせろ。 依頼件数をこなせる上に、普通に売るよりも依頼料が上乗せになってお得だぞ。
それがわかっているから、ジャスパーの商業ギルドのギルマスも幹部の奴らも、食い物やレシピ以外の素材を売れとは言わなかったんだろうさ」
言われてみると、サンダリオギルマスは私に魔物素材を売れとは一言も言わなかった。 料理に使っていたオークもボアもハーピーも、私が狩ったものだと知っていたのに。
私が<冒険者>になることを知っていたから気を使ってくれていたんだと、今頃になって気が付く。
ちょっと困ったちゃんな幹部たちも、私のことをきちんと考えてくれていたんだなぁ。 気が付けて良かった!
教えてくれたイザックに感謝を伝えていると、ディエゴの呼ぶ声が聞こえる。出発の準備が整ったようだ。
私たちにとっては睡眠の時間。 今日はいい夢を見れそうだ♪
今日は何事もなく穏やかな行程だった。 途中でハウンドドッグ2匹と遭遇したらしいが、ただ遠巻きに見ているだけでこちらを襲ってくることはなかったようだ。 平和って、素晴らしいよね!
でも、眠って起きたらごはん、眠って起きたらまたごはんでなんだか胃が重い気がする。
従魔たちやイザックは何ともないようで、おいしそうに晩ごはんを楽しんでいるけど、私は無理だ。 ミルクアイスをちびちびと舐めていると、ハクとライムが寄って来た。
(大丈夫かにゃ?)
(ごはんたべないの?)
大好きなごはんを中断して心配してくれる従魔たちがとってもかわいい♪ 嬉しいけど、あまり心配をかけるわけにはいかないな。
「大丈夫だよ~? ずっと寝ていたからお腹が空いていないだけ。 夜中にいっぱい味見をする予定だから、心配しないでね?」
にっこり笑って頭を撫でてあげると、嬉しそうに食事を再開する。 こんなに食べているけど、きっと味見もするんだろうな~。 おいしく作ろう♪
「…………という訳だから、目に付いた魔物を片っ端から狩っても、森から魔物が消えることはない。 一時はいなくなったとしても、魔物はすぐに増える」
順調に行けば、明日の夕方には私は馬車を降りる事になる。 一人でスフェーンに行く私を心配してくれたイザックが、自分の知っている情報を私に講義してくれることになった。
もちろん、調理をしながらの受講だ。
「魔物を活性化させたり生み出したりするのが❝魔素❞で、魔素は自然に発生する上に、魔物の血液や死骸などからも発生するし、人間の負の感情からも生まれたりするんだっけ? ……なかなか節操がないね?」
「節操……。 ああ、まあ、そうだな。 あと、魔物は魔物同士の生殖行為でも生まれるから、なかなか絶滅しない。安心して狩り倒していいぞ!」
スフェーンの森はラリマーから近い位置にあるので、ラリマー所属の冒険者たちの恰好の狩り場だと聞いて、一度に狩るのはどのくらいの数で押さえたらいいかと聞いた私に、イザックはお腹を抱えて大笑いしながら答えてくれる。
私が森の魔物を狩り尽くし、後から入った冒険者たちが呆然と立ちすくむ姿を想像したらしい。 そんな節操のないことをしない為の質問だったのに失礼だなぁ。
自分の実力と相談しながらのんびりと「おいしそうな魔物を中心に狩ることにする」と伝えると、イザックは「アリスらしいな! その獲物で作る料理が食えないのが残念だ」と本気で悔しそうに顔を歪めた。
「イザックやみんなのお陰でお財布にも少し余裕ができたから、おいしくなさそうな魔物は出会いたくないな。 ゴブリンとかに遭ったら逃げてもいいよね?」
「ダメだ!」
「え?」
ゴブリンの肉は食べられないし、たいしてお金になる魔物じゃないから「逃げちまえ!」って返って来るかと思っていたイザックの返事は、まさかの❝否❞だ。
驚く私に向き直り、真剣な表情でイザックが口を開いた。
「ゴブリンを見たら、雄だろうが、雌だろうが、小さな赤ん坊だろうが、その場で退治しろ。 一匹も逃がすな!」
ありがとうございました!




