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初めての馬車旅 23

「くそっ! アリスがすると簡単そうに見えるのに!」


 サンドイッチの為に丸パンをカットしながらイザックが呻っている。 


 普通の包丁で柔らかいパンを薄くスライスするのって、慣れていないと難しいよね。 パンカットガイドがあればいいんだけど、ないものねだりをしても仕方がない。


 お湯で絞った手ぬぐいをイザックに渡して、包丁を温めてから使うように言ってみる。


「さっきよりは綺麗に切れるが……」


 それでも少しがた付きが出てしまうのが、気に入らないらしい。


「料理は慣れだよ。 練習あるのみ!」


「そんなこと言ったって、このボロボロのパンはどうするんだ……。 ライムだって失敗したのばかりじゃなくて、ちゃんとしたものを食いたいだろう……?」


 失敗したパンを見ながらイザックが情けなさそうに言うけど、ライムは(いっぱいたべられてうれしい!)とご機嫌だ。 でも、失敗した=苦手って意識させない方がいいかな?


「クルトンにするから大丈夫。ちょっと貸してね」


 失敗したパンを賽の目に切ってフライパンにバターを落としながら言うと、イザックが不思議そうに聞いた。


「クルトンってなんだ? そんなに細かく切ってどうするんだ?」


「カリカリにしてスープに浮かべたり、そのまま食べるんだけど…」


「なんでわざわざ硬くしてスープに入れるんだ? 硬いパンなんて野営時以外に食いたかないだろう?」


 イザックにとって硬いパンは『傷みにくいのだけが利点』の美味しくないパンのことらしい。


 「今回はバターを使うけど、そのまま焼いたものはスープの合間に食べて、味覚をリセットするのに使うんだよ」と答えると「貴族ってのは面倒なことをするんだな」と呆れられた。 


 イザックは誤解を解く気がないのかな? わたしは貴族じゃないって、何度も言ってるんだけど……。


「野営時じゃなくても、スープの中にパンが入っていたらアクセントになるし、腹持ちも良くなるよ?」


「普通、飯の時にはパンか米を食うだろう?」


「はい、味見! まずはスープだけ。次にスープと一緒にクルトンを掬いながら飲んでみて」


 説明が面倒になったので、バターでカリカリにしたクルトンをスープに浮かべてイザックに渡す。 始めは❝訳が分からない❞という表情(かお)をしていたけど、


「……美味い」


 ゆっくりと味わって、クルトンの必要性に気が付いてくれたようだ。


(僕にも!)

(ぼくも~!)


 おねだりする従魔たちの分も注いであげてから自分も味見する。 


 うん。入れたばかりのサクサクの食感も、少し時間をおいてスープを吸わせた優しい味わいも、悪くない。


((おいしい)にゃ!)


 うちの仔たちも気に入ってくれたようなので、スライスに失敗したパンを全て賽の目に切って❝普通に焼いたもの❞❝バターで焼いたもの❞❝油で揚げたもの❞の3種類のクルトンを作っておいた。


『失敗しても大丈夫』と思ったのが良かったのか、単に作業に慣れたからか、イザックが綺麗にパンをスライスできるようになり、具を挟んでサンドイッチを作り始めた時、


(アリス! マップにゃ!!)


 ハクが鋭い声で私に警告を発した。


 マップを確認してみるとぽつぽつと赤いポイントがあるけど、それぞれスライムだったりホーンラビットだったりで、ハクが警告するような危険な魔物は見当たらない。


(どうしたの?)


(囲まれたにゃ! ハーピーに包囲されているにゃ!)


(え?)


 びっくりしてマップを見直す。じっと見ていると少しずつ赤いポイントがマップの範囲に入り込んで来た。


「イザック! ハーピーが近づいて来てる!」


「! 何頭だ!?」


「少しづつ増えてる…。 囲まれているみたい」


 私のマップではまだそこまでの数は確認できていないけど、ハクが言っていたから間違いない。


「!! 起きろっ! ハーピーの襲撃だ! 全員起きやがれっ!!」


 イザックがみんなを起こして護衛以外を馬車に誘導し、私はライムをハウスに避難させてから出していたものをインベントリに回収する。


「ちっ! なんて気配だっ……!」


 焚き火の火を消して【ライト】の魔法を発動し、いくつかを空に浮かべて夜が明ける直前のまだ暗い空を明るく照らす。


 まだ姿を肉眼では確認できていないけど、私のマップには私たちを中心に円を描き、円を(せば)めるように近づいてくる多数の赤ポイントが映っているし、魔力感知には四方八方からその存在を示す魔力を感じることができた。


 イザックの魔力感知にも反応が出たようで、少し焦りの色が見える。


 まだ何も感じないらしいサルとビビアナが困惑の顔を見せているけど、


「ハーピーに囲まれているんだ! ボサッとしているとウインドカッターが飛んでくるぞ! お前たちは馬車を守れ! 乗客を死なせるなよ!」


 イザックの指示で気合が入ったようだ。 それぞれが馬車を挟むように位置取りをする。


「……チッ」


「イザック?」


 珍しく焦りの表情を見せたイザックに声を掛けてみると、私に身を寄せたイザックが耳元で囁くように言った。


「俺の武器と戦闘スタイルは、空中から魔法で攻撃してくる魔物と相性が悪い。 多数のハーピーに囲まれている状況で、馬車を守り切れるか……」


 確かに、剣で戦うイザックは、空中にいる状態のハーピーとは相性が良くないだろう。 サルとビビアナを見てみると、サルは剣、ビビアナは杖を構えている。 ビビアナは魔法を使うのかぁ。


「ビビアナ! お前の魔法は何だ?」


「水! でも、ハーピーを打ち抜くだけの威力はないっ」


「水か。 風よりはましだし攻撃に回すか…? いや、ダメだ。まだDランクにこの状況の単独行動は荷が重い…」


 イザックが状況を整理している間にもハーピーはこちらに迫って来ている。 ……とりあえずは馬車を守らないといけないんだよね。


(ハク? 馬車を魔法攻撃から守る結界を張ってもらえないかなぁ?)


(アリスも馬車の中に入るのにゃ?)


(入らないけど……)


(僕はアリスを守るために存在してるのにゃ!)


 ハクがふわふわの胸毛を見せつけるように胸を張って宣言する。 …くっ、可愛い! 可愛いんだけど、今は見入っていたらダメだ!


(そこを何とか! 明日の夜はから揚げにするから!)


(………ライムといっぱい食べてもいいにゃ?)


 ハクとライムが“いっぱい”って、いったいどれくらい? 不安だけど、この際は仕方がない!


(お手柔らかにお願いします……。 あ、馬車に乗っている人には気が付かれないようにお願い!)


(わかったにゃ♪)


 ハクがご機嫌に結界を発動するのを確認してから、イザックに声を掛ける。


「馬車は魔法攻撃を防ぐように結界を張ったから、物理攻撃だけ気を付けたらいいよ」


「! ()()結界か!?」


 ジャスパーで領兵に攻撃された時に使っていた結界を思い出したらしい。 イザックの顔に余裕が戻った。


「今回は魔法攻撃しか防がない。 …物理攻撃も防ぐ?」


「……いや、魔法だけで十分だ。 奴らの仕事がなくなるからな! あ~…、けが人が出たら…」


「治療してあげるけど、口止めはイザックに任せるからね! 本当は怪我をさせないのが一番なんだけど……」


「休む暇がなくなるくらいの護衛依頼が殺到するようになるな」


 だよね…。 人の命がかかっている状況で自分勝手は重々承知だけど、それはイヤ! 


「サル! ビビアナ! 馬車に対するハーピーからの魔法攻撃は対策済みだ! 物理攻撃だけ防げ! できるな!?」


 イザックが私から離れながら2人に指示を出すと、2人も少し安心できたようで体のこわばりが取れたように見える。


「っ!!」

 ❝ザシュッ!❞


 イザックが横に跳んだと思ったら、直後にイザックがいた場所の土が抉れた。


 大きくて狙いやすい馬車じゃなくて、指示を出しているイザックを狙うなんて、ハーピーは耳もいいのかな?


 でも、まあ。 せっかく【ライト】で姿が確認できる距離まで来てくれたんだから、精いっぱいのおもてなしをしないとね!


ありがとうございました!

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