初めての馬車旅 21
出発してから一度目の休憩時間、私たちがミルクプリンを食べていると、禿頭のおじさんが遠慮がちに近寄って来て、「昨日の盗賊たちの装備を見せて欲しい」と言った。
話を聞いてみると、禿頭のおじさんは<鍛冶屋>だったらしい。 おじさんのとっても太い腕は鎚を振るうためのものだったんだ。 うん、納得!
武器屋ならともかく、鍛冶屋がどうして盗賊たちの武器を見たがるのかと聞けば、❝折れた剣❞や❝明らかになまくらな武器❞があれば、自分に売って欲しいと言う。
「もちろん、価格は街に着いて査定を出してからでいいんだ。 その査定額で売ってくれないか?」
「わざわざそんなものを仕入れてどうするんだ?」
イザックが訝し気に聞くと、おじさんは髪のない頭をかきながら照れ臭そうに笑った。
「俺はラリマーで工房を構えているんだが、今回ジャスパーにいる弟弟子の息子を預かることになってなぁ。 盗賊たちのなかでも三下の使う剣ならたいていなまくら剣が多いから、潰して練習用にするのにちょうどいいかと思ってな」
「へぇ? あんたは工房の親方だったのか」
「裏通りの小さな工房だ。親方なんて柄じゃないんだが、まあ、頼まれちまったからには仕方ない。 どうだ? 売ってくれるか?」
「アリス、どうする?」
判断を私に振ったイザックの顔には「売ってもいい」と書いてある。 街で査定を出してからの販売ならこちらが大きく損を出すこともないだろうし、私もおじさんに売って良いと思う。 従魔たちを見てもミルクプリンに夢中だし、反対ではないんだろう。
了承の返事代わりに、インベントリから盗賊たちから回収した武器を取り出した。
遠慮なくエアカッターを放ったせいか、❝破壊不可❞の<鴉>で打ち合ったせいか、折れた剣やナイフがそれなりにある。
今回の戦利品にはイザックの欲しがる装備がなかったので、折れた物とおじさんが❝なまくら❞認定したものをイザックのアイテムボックスに移し、他のものは私が預かっておいて、街に着いてから売ったお金の半分をそれぞれの口座に振り込むことになった。
馬といい壊れた武器といい、盗賊(と暗殺者)たちからの戦利品はなかなか人気の商品だ。
(アリス! 起きるにゃ!)
移動中にライムに凭れてうつらうつらとしていると、ハクの嬉しそうな声で起こされた。
(から揚げにゃ!)
私の肩をタシタシ叩くハクの頭をなでなでして落ち着かせながらマップを見てみると、一直線に馬車に向かってくる赤いポイントが2つ。 2体のハーピーが襲ってくるようだ。
「イザック、ハーピーが2体近づいて来てるよ。どうする?」
「2体か…。 サル! ビビアナ! ハーピーが2体近づいて来ている。 お前たちだけで対処できるか!?」
今は昼間の馬車移動中だから、対処はサルたちに任せるつもりらしい。
「当然だろう? やってやる!」
というサルの返事を聞いて、ハクはとてもざんねんそうだけど仕方がないよね。
ハクの背中をゆっくりと撫でながら、私は再びうとうとと微睡み始めた。
「バカ野郎!!!」
ぐっすりと眠っていた私はイザックの怒鳴り声で目を覚ました。
「ディエゴ、馬を急がせろ! 一刻も早く、少しでも遠くに逃げるんだ!」
「わ、わかった! お客さん達、舌を噛まないように気を付けてくれ!」
イザックの指示で、走っていた馬車のスピードがさらに上がり、馬車の揺れがひどくなる。 ライムのお陰で揺れが軽減されている私でもちょっとしんどいから、乗客のみんなは辛いだろうな。
「なんだよ! ハーピーは俺たちがちゃんと追い払ったんだから、文句なんかないだろう!?」
「アリス! この馬鹿どもを含めて馬車の臭いを消してくれ! できるか?」
サルが文句を言っているが、イザックには聞く気がないようだ。 私はイザックの言う通りに馬車全体に【クリーン】を掛けて、【ウインドカッター】を放つ要領で、走っている馬たちにも【クリーン】を掛けた。
馬車を引かせている馬を変えながら馬たちの限界まで逃げ続けて、やっと休憩の為に馬車を止めた時には、乗客はもちろん私たちもみんなへとへとになっていた。
温かいカモミールティーで気分を落ち着かせながら事情を聴いてみると、サルたちはハーピー2羽を退治したわけではなく、手傷を負わせて追い払っただけらしい。 追い払えたんだから十分だと思うんだけど、話はそんなに簡単じゃなかった。
ハーピーを普通に追い払ったのなら何の問題もなかったんだけど、サルたちはハーピーの顔に傷を負わせて逃がしたらしく、その❝顔の傷❞が問題だった。
ハーピーは総じて綺麗な顔をしているのだが、その❝綺麗な顔❞がハーピー内の序列にも影響するほど大切なものだったのだ。
だから、顔に傷を負ったハーピーは序列を下げる。 そのことを恨みに思うハーピーは、自分の顔に傷をつけた相手をしつこく追い回すらしい。 それも、仲間のハーピーを引き連れて、だ。
序列の下がったハーピーに仲間を引き連れるだけの力があるのかと不思議だったんだけど、そこは女の団結力(?)というもので、仲間の❝顔❞に傷をつけた相手は自分たちの敵だと認識して、相手に報復するまでは群れでしつこく追い回すのがハーピーたちの習性のようだ。
だから、ハーピーに襲われたらきっちりと止めを刺すか顔以外を狙って追い払うのが定石で、今回のように顔に傷を負わせた上で逃がすのは、護衛依頼中の冒険者がとる方法としては下の下。 してはいけないことだったらしい。
空を飛べる相手から逃げ切るのは難しい上に群れで襲ってくるハーピーの退治はかなり大変だと、イザックは乗客のことを考えてサルに怒っていた。 事情を知ると納得なんだけど……、
「ふんっ! 大げさに言いやがって!」
サルには反省するそぶりがない。 イザックを憎々し気に睨みつけて反論している。
「傷を負わせて追い払ったんだ。 そんなに簡単に俺たちを追いかけてなんか来られるものか! いくらBランクだからって、退治を手伝いもしなかったくせに偉そうに」
❝パンッ!❞
「もう、やめて!」
『悪いのは自分じゃない』とイザックに怒鳴り続けているサルの頬を、いきなりビビアナが引っ叩いた。
「「…え?」」
びっくりする私たちを他所に、ビビアナはサルに向き合って言い放つ。
「パーティーを解散しよう!」
「「「「「は……?」」」」」
いきなりの展開に、私もイザックも、ついでに周りの乗客たちも話についていけない。
肩で息をしながらサルを睨んでいるビビアナを、ただ見つめることしかできなかった。
ありがとうございました!




