初めての馬車旅 18
「馬を?」
「ああ。 あんたらは馬の餌なんて持っていないだろう? 3頭もいたらその辺の草だけでは足りないだろうし、悪い話じゃないと思うんだが……」
馬の話をしてるけど、ディエゴの視線はごはんに釘付けだ。 そんなにお腹が空いてるのなら、ごはんを食べ終わってから来ればいいのに。
「餌か……」
今、盗賊のものだった馬たちは辺りに生えている草を食んでいるが、ディエゴの馬たちは干し草のようなものを食べている。 うっかりしていたけど、馬にも餌が必要だった。
「俺も十分な量を持っているわけじゃないんだが、あいつらの分を少しづつ分けてやることはできる。
街に着くまでに途中の村には寄るが、そこで売っても安く買い叩かれるだけだぞ?」
「だが、お前に売っても買い叩かれるよな?」
「……痩せ細らせて安く買われるよりはましな金を払う。 今はそこまでの手持ちがないから街に着いてからになるがな」
ディエゴの話だと、どっちにしても安く買われることに違いはなさそうだ。でも、イザックは、
「なかなか良い馬だから1頭は俺が飼うつもりだったんだが……。餌がなぁ…」
と悩みだした。
「アリスはどう思う? 俺は1番良い馬を俺がもらって、残りの2頭を街で売ってからアリスの口座に入れる形でどうかと相談しようと思っていたんだが…。
でも、餌がなぁ…。 道草だけでなんとかならんかなぁ……」
「餌ねぇ…。 やっぱり草じゃないとダメかな?
りんごとレタス、人参、サツマイモ、ぶどうに木苺、オレンジとかなら馬も食べられるんじゃない? いっぱいあるから、しばらくはそれで持たせられないかなぁ?」
「……は?」
「馬たちに食わしても、この先アリス達が困らないだけの量があるのか!?」
「うん。 だから3頭ともイザックの思うようにしたらいいよ」
「はあ……っ!?」
「「ディエゴ、うるさい」」
馬たちの分も十分な量の食料があると聞いて目論見が外れたのか、さっきからうるさいディエゴを黙らせて、イザックには私たち(イザック含む)と馬たちが食べても十分な量の食料があると話して安心させてあげる。
せっかく手に入れた馬を安く手放して、どこかで高く買うことになるなんてバカバカしいもんね。
「と、いうことだ。 悪いが安く売る必要がなくなった」
「そ、そうか。 …いや! ちょっと、ちょっとだけ待ってくれ!?」
話は終わったと思ったけど、ディエゴにはまだ言いたいことがあるらしい。 でも少し考えがまとまらないのかな? 視線だけをあちこちに流しながら黙り込んでしまった。
じっと待っているのも暇なので中断していた食事を再開すると、ディエゴの視線もまたごはんに移る。 ……じっと見てるけどあげないよ?
みんな視線を気にした風もなくおいしそうに食べてくれるので、私も気にしないことにした。
「ああ、キャベツもあるね。やっぱり丸ごとかじるのかな? 見たい!」
おかわりのオークカツの横にたっぷりと千切りキャベツをよそいながら言うと、
「馬はキャベツを食わねぇぞ。 それにあまりでかい状態で食わせると喉に詰めるから、丸かじりはさせねぇな」
とあっさりと否定された。 …葉っぱの代表みたいな野菜なのに食べないのか。 キャベツ丸かじりとか、迫力があって楽しいと思ったんだけどな。
「そっかぁ。 じゃあ、どのくらいの大きさに切ってあげるの?」
今夜からの餌の準備の為に詳しく話を聞いている間に、ディエゴの考えもまとまったようだ。
「まずは馬のことだが。 1頭はイザックさんが飼うにしても、残りの2頭は街で売るんだろう? だったら見積もりを取ってその金額で俺に売ってくれ。 これならあんたらに損はないし、俺は通常の売値より安く買えて得をする。
その代わりに移動時、あんたらが寝ている間は俺たちが馬の面倒を見る。 ……どうだ?」
条件としては悪くない。イザックも不満はなさそうだし、良いんじゃないかな。
でも「まずは」って、他にも何かあるの? ごはんを食べ終わってからにしてくれないかなぁ?
「わかった、それでいい。 まだ話があるなら飯の後にして」
「アリスさんは、どうしてそんなに食料をいっぱい持っているんだ!?」
イザックも私と同じ考えで、先に食事をさせて欲しいと言おうとしたのに、ディエゴは話すら最後まで待てないようだ。 今度は私に向かって話しかけてくる。
……ハクやライムの世話で忙しいんだけどなぁ。
「旅をするなら食料を多めに持っているのは当然でしょ」
「だからといって、普通は馬3頭に食わせるほどの量の野菜は持ち歩かないだろう? いくらアリスさんのアイテムボックスが時間経過が遅い大容量の物でも、入れ過ぎだ。
……もしかして、旅先で食い物屋でも開くつもりなのか?」
「料理屋は開かないけど、商品になる予定の食材は多めに持ってるの。 これでも商人だか、ら……っ!?」
「飯を売っているのかっっ!?」
❝商品になる予定の食材❞と言ったとたんに、ディエゴは身を乗り出してきた。
「なあ、飯を売っているのかっ!?」
「おい!! 少し落ち着け! って……、なんだ!?」
ディエゴを落ち着かせようとしてくれたイザックだったけど、何に気が付いたのか驚きの声を上げる。
とっさにマップを確認して魔力感知を発動させたけど、特に魔物の存在はない。 何かと辺りを見回すと、話を聞いていたらしい乗客たちがこちらを凝視していた。
「飯を売っているんだな!?」
「ああ、そういうことか! ……美味そうだろ? 美味いぞ!!」
ああ。なるほど。 ごはんを売って欲しかったのか。 でも、まだ町をでて2日目だし、食料に困っている様子はないけど?
そのことを聞いてみると、御者がお腹を壊したら大変だから、調理をしている食べ物は初日だけで、2日目からは食あたりを起こしにくい状態にしている携帯食に切り替えているらしい。
そんな中、調理しているごはんを食べている私たちの姿は❝目の毒❞だったと。 ああ、休憩の度に何かを食べているのも気になっていたと。 うちの仔たち、食いしん坊だからね。
「売ってくれるのか?」と聞かれて思わず頷くと、イザックがすかさず「旅先なんだ、当然高いぞ?」と一言添えてくれる。
……うん。オスカーさんにも念押しされてるからね。旅先のごはんは高値にするよ。
「「「「いくらだっ?」」」」
って、揃って聞かれても、まだ値段を決めてないし……。 でも、期待に満ちた視線は無視できない。
仕方がないので、急遽メニュー表を作ることにした。
……でも、私たちがごはんを食べ終わるまでは待ってね? そのくらいは待てるよね!?
ありがとうございました!




