職業詐称? いたしません
ハクを肩に乗せて村に向かって歩き出すと、村の門から茶褐色の髪の小さな子供が飛び出してきた。
門の前で立ち止まり私に気がつくと、今度は村の中へ走って戻ろうとして……、転んだ。
「びぇぇぇ! いたいよーっ! ぎょうしょうにんさんが来たーっ! いたい~っっ!」
大きな声で泣きながら私を指差しているので、私が<行商人>らしい。
<行商人>を名乗れるほど、売り物を持っていないんだけどな。 売れるのは(美味しくない)食料しかないよ?
子供が泣いてその場から動かないので、足でもくじいたのかと思って急いで近寄ると、ぽかんとした表情で泣き止んだ。
「【診断】」
名前:ニナ
性別:女
年齢:4歳
状態:膝・手のひらに軽度の出血。 軽度の打撲。
:ヒール1回
ニナちゃん。よく走るお転婆さんなのかと思ったけど、軽い出血程度の怪我で泣いて動けなくなるなら、違うのかも。
痛いのはかわいそうだから、治してあげようかな。
「お嬢ちゃん、大丈夫? 治療をするからちょっとだけ我慢だよ~。 【ヒール】」
【ヒール】を唱えると白い光が生まれ、光は怪我をしている箇所に吸い込まれていく。 光がどんどん淡くなり、消えた時には傷も消えていた。
「もう、痛いところはない? 走ると危ないよ?」
ニナちゃんに声を掛けながらも、私は【診断スキル】に感動していた。
(【診断】すごいっ! ヒールを何回使ったらいいかも教えてくれるの!)
(スキルのリンクができて良かったにゃ~。 でも、そんなに簡単にヒールを使って良かったのかにゃ?)
(え?)
何かいけなかった? ハクの言葉に戸惑っていると、
「お姉ちゃんはちゆしさまなの!?」
目を大きく見開いたニナちゃんに腕を掴まれ、大声で尋ねられた。
ちゆしさま? 治癒師のことなら違う。 否定しようとしたら、
「ちゆしさまが来たーっ!!」
先に、さっきよりも一段と大きな声で村に向かって叫ばれた。
治癒師じゃなくて、冒険者志望だよ…。
ニナちゃんの声を聞いた村の人達が、ぽつぽつと近寄ってきた。わざわざ家から出てくる人もいる。
(早く誤解を解いたほうがいいにゃよ?)
「私は行商人でも、治癒師でもありません。 ただの旅人です!」
ハクの忠告を聞いて急いで訂正したのに、
「ちゆしさまが、ニナのけがをなおしてくれたのーっっ!」
ニナちゃんにダメ押しされた。
途端に、集まり始めていた人達がざわつき始める。
(治癒師って、評判の良い職業? 悪い職業? どっち!?)
(両方にゃ。腕が悪くて高いと評判が悪いし、腕が良くて安いと評判が良いにゃ)
ああ、うん。 当然のことだよね。
この突き刺さる視線をどうしたものかと戸惑っていると、
「あなたは、本当に治癒師様ですか? この村になんの用で立ち寄られたのですかな?」
杖を突いたおじいさんまで出てきてしまった…。
「いいえ、治癒師ではありません。こちらのお嬢ちゃんの誤解です」
とりあえず、否定しておこう。 【ヒール】と【キュア】しか使えないしね。
(否定するにゃ? レベル3の回復スキルと薬師スキルを両方持ってる上に診断スキルもあるから、腕利き治癒士を名乗っても許されるにゃよ~^^)
(ハク、なんだか楽しそう?)
(治癒師も儲かるにゃ♪ 冒険者兼治癒師になるにゃ?)
儲かるのか…。お風呂のある宿に泊まれるようになるかな? でも、
(治癒できなかった患者さんに恨まれるのはイヤだよ。せめて【ヒール】と【キュア】以外の回復魔法が使えるようになってから考える)
ハクとの心話に気を取られている間にも、おじいさんがどんどん近づいてくる。
「では、ニナが嘘をついていると?」
どうしてそうなるかな? 誤解だって言ってるのに。
「ニナ、うそなんかつかないもん! ちゆしさまがニナのけがをなおしてくれたんだもん!」
「お嬢さん、ニナの言うことは嘘ですかな? 本当ですかな?」
なに、このおじいさん。 答え難いイヤな聞き方をするなぁ。
(ハク、この村に寄らずに、次の集落へ向かうのはイヤ?)
(イヤじゃないにゃ。絶対にダメにゃ! アリスがごはんを食べられないまま旅を続けることになるのは、絶対に絶対に、ダメにゃ!)
やっぱりハクには随分心配をかけているみたいだ。 私もせめて塩は手に入れたいし…。
仕方がないか……。
「ニナちゃんの怪我を治したのは本当ですが、私は治癒師ではありませんよ」
あえて言うなら、“見習い”です。
「おおっ! 回復魔法が使えるのですか! 治療はどの程度までできるのですか?」
回復魔法を使えることを認めたとたん、おじいさんの目つきが変わった。
「っっ!」
(ハク、隠蔽!)
(にゃーっ!)
「っっっ!」
(おかわりっ!)
(にゃーっっ!)
ぞわぞわとした悪寒が続けて全身を駆け抜けた。
2回目の鑑定もやり過ごせたことに安堵していたら、
「っ!?」
(もう1回―っっ!)
(にゃーーっ!?)
まさかの3度目の鑑定を掛けられた。
全身に鳥肌が立っているのがわかる。
とっさに魔力の流れて来た方を見てみたが、今の魔力感知の精度では誰が鑑定を掛けたかまではわからなかった。
おじいさんが答えを待っているが答える気になれなくて黙っていると、
「これは失礼しましたな。わしはこの村の村長をしている、マエルですじゃ。お嬢さんは?」
自己紹介をされた。 名前を聞かれているけど、答えて大丈夫なものか…。
「個人情報です。お答えしかねます」って言いたいな~。ダメかな~?
(アリス、名前を言っても大丈夫にゃ。アリスには『隷属の魔法』は効かないし、もともと名前がわかってるだけじゃ、隷属の魔法は使えないにゃ!)
『隷属の魔法』って、なにそれ!? 物騒な!!
引いてしまう情報もあったけど、名前を名乗ることでの不都合はないらしい。
「……アリス」
ハクと話している間も、マエル村長は私が答えるのをじっと待っていたので、しぶしぶ名乗った。
「おお、アリスさんじゃな。 して、アリスさんは、この村には何をしに?」
「特別に用があって、寄ったわけではありません。旅の途中に村が見えたので、立ち寄ってみただけです」
ゆっくり眠れるベッドと解体用ナイフと調味料を求めて来ました…。 でも、もう、このまま立ち去りたいです……。
「そうでしたか。いつもなら寂れたこの村にも、いくつかはお見せできるものもあるのですが、今は少し状況が整っておりませんでな……」
「そうですか。では、お邪魔になってもいけませんので、これでお暇することにします」
(仕方がないよね? 次の集落に向かおう? ちょっと離れているけど、ここより大きな村がマップに載ってるよ)
撤退だ、撤退! 厄介ごとはごめんだよー。
さっさと出て行こうと踵を返すと、
「お待ちくだされ!」
血相をかえたマエル村長に、腕を掴まれ引き止められた。
やっぱり厄介ごとの気配?
(このおじいさんは、「どうしたんですか?」とか「なにかあったんですか?」って聞いて欲しかったのにゃ~。アリスが若くて子供をただで治してあげたから、世間知らずのお人好しと思って、もっと簡単に乗ってくると勘違いしたのにゃ。
わかってて聞いてあげないなんて、アリスも意地悪なのにゃ♪)
(“意地悪”なんて言いながら、楽しそうだね?)
(アリスがただのお人好しじゃなくて、安心したのにゃ。お人好しは儲からないのにゃ~)
ハクはブレないな……。 了解、頑張って儲けようね~。
「その手を離してください。
女性の体にむやみに触れるものではありませんよ。 怯えた女性に反撃されて大怪我しても、文句は言えませんからね?」
<鴉>に手を添え、マエル村長の目を見ながら笑ってやると、気まずそうに手を離してくれた。
「少しだけ、話を聞いて貰えませんかな?」
村長をしているからにはそれなりに狸なんだろう。立ち直りが早い。
いやでーす。お断りでーす。 心の中で拒否していたけど、
(話くらいなら聞いてあげるといいにゃ。アリスの食べられるものが手に入るかもしれないにゃ。短気は損気にゃ~)
「……暗くなる前には移動をしたいので、手短にお願いします」
ハクの勧めと、いつの間にか私のキモノの裾を握っていたニナちゃんのすがるような視線に負けて、了承していた。
仕方ない……。
ありがとうございました!




