初めての馬車旅 14
素直になった盗賊たちから私の殺害依頼の経緯やここまでの移動手段などを聞いていると、逃げていた馬車がゆっくりと戻ってくるのがマップに表示された。
「もう、戻って来たのか?
……アリス、悪いが奴らを少し足止めしてきてくれ。 もう少し聞きたいことがある」
(……僕は残るから、アリスはライムを連れて行くのにゃ! 気を付けていくにゃよ?)
まだ盗賊に用があるらしいイザックとハクの意向を汲んで、私は馬車の足止めに向かうことにした。
ハクがこういった形で私から離れるのは初めてだから、よっぽど自分の耳で聞きたいことがあるんだろう。 イザックが聞きたいこととかぶっているといいんだけど。
足止めするならなるべく離れた所の方がいい。 意識を切り替えた私はライムを肩に乗せて馬車に向かって走り出した。
馬車の進路を塞ぐ形で立っている私を見つけたディエゴは、まだ動いている馬車から飛び降りて私に駆け寄って来た。
「無事だったのか!? あの人数を相手によく無事で! ……イザックさんも無事なんだよな?」
「当然でしょ? イザックが負傷していたら、私はこんなところであなたたちを待ってなんかいないわよ。
あ~、とりあえず、全員馬車から降りて」
❝時間を稼げ❞って言われたけど、どのくらいの時間を稼げばいいのか……。 とりあえずは馬車から降りてくる一人一人を観察しているフリをしながら考える。
「おねえちゃん!」
ぶつかるように抱きついてきたペーター君を軽く抱きしめ返して頭をなでていると、ペーター君のご両親に続いて、最後に御者をしていたクルトが降りてきた。
誰も怪我をしている様子もなく元気そうだ。
ペーター君をお母さんの手に戻し、ゆっくりと馬車に近づくと、警戒しているそぶりを見せながら<鴉>を抜いて鞘で幌を跳ね上げる。
……当然誰も乗っていない。 マップのポイントの数でもわかっていることだけど、他に時間稼ぎを思いつかなかったんだ。
「なんだよ! 俺たちを疑ってんのか!?」
案の定サルが食ってかかってきたけど、これは想定内だ。いかにも❝呆れた❞というように睨んでやる。
「当たり前よ! どうしてこんなに早く戻って来たの?」
言いながらゆっくりと馬車に乗り込んで、一度奥まで歩いてから戻る。
馬車から飛び降りるなり、サルやクルトが口々に、
「お前たちを心配して戻って来てやったんじゃないか!」
「なぜ俺たちが疑われないといけないんだ?」
と文句を言うが、私は鼻で嗤ってやった。
「心配? あんた達が心配するのは私たちではなく、依頼主と乗客でしょう? 護衛対象を危険に晒すなんて、護衛失格ね!
クルト! 自分は関係ないって顔をしているけどあなたもよ? 襲って来た盗賊たちの人数を考えたら、まだ交戦中でもおかしくない時間よね? そんな時間にのこのこと戻ってくるなんて、わざわざ人質になりに来るようなものだとは思わなかったの!? 他の乗客まで危険に巻き込んでどうするの!」
お腹に力を入れて目いっぱいに怒鳴りつけてやると、2人はやっと黙り込んだ。
その代わりに、
「俺が戻ろうって言ったんだ…。 少しでも助けになるかと……。すまん」
「わしもだ……。子供があんたを心配して泣いているのを見て、遠目に無事を確かめるだけなら、と思っちまったんだ」
禿頭のおじさんが謝り、続いてお腹の出たおじさんも謝った。
「すまん。 俺が止めるべきだったのに、止められなかったんだ」
「私たちが浅はかだった…。 すみません」
ディエゴとビビアナも頭を下げる。 2人はきちんと乗客にも頭を下げてお詫びしたので、私がこれ以上言うことはない。 ペーター君のご両親も困ったように笑っているしね。
とりあえず、
「あまりにも早く戻ってきたから、この馬車が盗賊の仲間に乗っ取られたのかと心配したけど、みんなが無事でよかったわ」
とにっこり笑っておく。
……辻褄はあってる、よね? うん。大丈夫なハズ!
乗客たちを馬車に乗せ、馬車の後ろをサルとビビアナに任せた私は先導する形でゆっくりと歩く。
これ以上の時間の引き延ばしは私には思いつかなかったので、仕方なく現場に戻っているところだ。
「イザックさんもアリスさんも、俺たちが雇った冒険者じゃない! 野営を手伝ってくれてはいるが、客には違いないだろう!? 心配して戻って何が悪いんだよ!」
移動中もクルトはディエゴのお説教をこんこんと食らっていて、とうとう切れてしまった。
「イザックさん達は今回、お客であると同時に護衛も引き受けてくれた冒険者なんだ。 どんなに心配でも、彼らの為に他の乗客を危険に晒すべきではなかったんだ」
ディエゴが私に遠慮をしながらも息子を諭そうとするが、クルトにはクルトの考えがあるようで、なかなか納得しない。
「じゃあ、親父は、俺たちが逃げる為にイザックさん達を見捨てろって言うのか? 俺に卑怯者になれっていうのかよ!」
でも、クルトは最初に思っていた印象とは少しだけ違っていたようだ。 ただの❝お馬鹿で嫌な奴❞だと思っていたけど、本気で私たちを心配してくれていたらしいので、<お馬鹿だけど、ちょっといい奴>にランクアップする。
❝見捨てる❞対象だった私が側にいるせいか、ディエゴは「そうだ」と言い辛そうだし、私も<冒険者>のスタンスがまだよくわかっていないのでうかつに何かを言うこともできない。どうしようかと思いながら黙っていると、
「そうだ! あの場合は❝見捨てる❞が正解だ。 お前たちが戻って来たってなんの戦力にもならないばかりか、皆殺しか人質になるのが関の山だろう? 俺たちにとっては邪魔なだけなんだよ!」
私たちを迎えに来てくれていたイザックの声が響いた。
「イザック! 終わったの?」
「ああ。 もう、危険はないから安心していいぞ!」
イザックがみんなに声をかけると幌の中から歓声があがり、ディエゴがゆっくりと馬車を止める。
乗客たちが次々に馬車を降りてきてイザックを囲む中、ディエゴは話を聞かれていた気まずさからか少しだけ離れた所からイザックに頭を下げた。
「イザックさんとアリスさんのお陰で、みんなが助かった。 ……大人数をたった2人に任せちまってすまなかった」
「それが俺の指示だっただろう? あんたはそれに従っただけなんだから気にするな! ちゃんと余禄もあるからな!
それより、みんな無事でよかった。 クルト、親父さんの言うことはきちんと聞いておけよ?」
イザックがディエゴの謝罪を受け取らず、クルトの肩に手を置いて言い聞かせるように言うと、クルトはしばらく考えてから頷いた。
「さっきアリスさんにも言われたことだけど、あんたたちの邪魔になるなんて考えてもいなかった。 親父がいつも言う通り、俺は半人前だな…」
と反省するクルトを見て、ディエゴがもう一度イザックに頭を下げていたことにクルトは気が付いたかな?
ささやかだけど息子に成長の兆しが見えて、嬉しそうに微笑んでるんだけど……、気が付いていないよね~。
うん。今はいっぱい反省させておこう! 今はお馬鹿だけど根はいい奴みたいだし、きっと良い御者になるんだろうな♪
ありがとうございました!
誤字報告をくださる皆さま、ありがとうございます! とても助かっています^^




