表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

284/763

初めての馬車旅 9

 味見を狙っているらしい、ハク、ライム、イザックの視線には気が付かないふりをしながら調理を続けていると、もうとっくに寝ていると思っていたビビアナさんが、抵抗しているサルを無理やりに引っ張りながら近づいて来た。


「相棒の不始末のお詫びに来たの……」


 気まずそうな顔で言いながらサルを前に出そうとするけど、不貞腐れているサルは謝罪するつもりはないらしく、そっぽを向いたまま動こうとしない。


 別に口先だけの謝罪なんていらないんだけどなぁ……。  思わずため息を零しながら中断していた調理を再開するのと、イザックの苛立ったような声が聞こえたのはほぼ同時だった。


「サル! お前にさんざん貢がせた挙句にお前を捨てた<コンパニオン冒険者>とアリスを一緒にするな!!」


「なっっ……!?」

「………っ!!」


「お前たちはアリスのことを<コンパニオン冒険者>だと思っているらしいが、その認識は大間違いだ! アリスはお前たちよりもずっと強い!」


「はぁっ!?」

「………」


 苛立ちを隠さないイザックが叩きつけるように2人に告げると、サルは真っ赤な顔でイザックを睨み、ビビアナさんは気まずそうな顔で視線を逸らす。


 ……<コンパニオン冒険者>って何?


 疑問を解消しようと思ってもイザックは強い目でサルを睨みつけているし、ハクはイザックの肩の上でサルたちに向かって毛を逆立てて威嚇しているので、話しかけ辛い。


 ……ちっちゃいハクが毛を逆立てていても可愛いだけなんだけどね!


「ビビアナ、お前…!?」


「!?  私は何も言ってない!」


「やっぱり図星かよ……。 <コンパニオン>にいいようにあしらわれた腹いせを無関係のアリスにぶつけるなんて、矮小な男だな」


 私が<コンパニオン冒険者>に気を取られている間にも話はどんどんと進んでいて、気が付くとサルはこぶしを震わせながら顔を赤黒く染めて、ビビアナさんは辛そうにサルの横顔を見つめ、イザックは呆れを含んだ目で2人を見ていた。


「……そんな顔だけの女に騙されているなんて、Bランク様も大したことねぇな!」


「顔だけの女って誰のことだ?  【魔力感知】で索敵ができて、【クリーン】魔法でお前の失敗の後始末をしてやり、【風魔法】で<ハーピー>を倒せる上に、剣で<オーク>を一刀両断にできるアリスのことじゃあ、ねぇよな?」


「「……っっ!」」


 サルが必死に言い募ってみても、イザックは鼻で嗤うだけだ。


 どうやらサルが私に突っかかって来ていたのは、昔振られた彼女(?)のことを思い出して、私に八つ当たりをしていただけのようだ。  ……なんて、くだらない!


 これ以上サルに意識を向けている時間が勿体ないので、止まっていた手を再び動かし始める。


 サルがまだ何かを喚いているようだけど、包丁の音に集中すると気にならなくなった。


 気に障る騒音対策として、私はいろいろな材料をひたすら切る。 


 用途が決まっている野菜は用途に合わせて、決まっていないものはひたすらみじん切りにしている間に、気が付くと不愉快な騒音は聞こえなくなっていた。


「あら?」


「ああ。何を言ってもアリスが相手にしないから、諦めてテントに戻ったぞ」


 驚く私に、笑いを噛み殺しながらイザックが教えてくれる。


「ビビアナはハクに威嚇されたことがショックだったらしいな。 気持ちはわかる」


 へぇ……。 もしかして、ビビアナさんはサルのことを詫びに来たんじゃなくて、ハクに会いに来たのかな? きちんと謝ってもらった記憶もないし。


 なんとなくハクの方へ視線を向けると、ハクはライムの上に寝そべって楽しそうにおしゃべりをしている雰囲気だった。


 うん。こんなかわいい子猫(もう、猫でいいと思う。虎の迫力なんてこれっぽっちもないし!)に敵認定の威嚇をされたら、それは確かにショックだろう。 ちょっとだけ、ビビアナさんに同情した。 …取りなしてあげるつもりはないけどね!






 みじん切りにした野菜を使って炒飯を作っていると、マップに赤いポイントが付いた。


「ハク~。スライムの退治をお願いしてもいい?」


「なんでハクに言うんだ、俺が行くぞ? もう、不安がる奴らも見ていないしな」


 たかがスライムにわざわざイザックが行かなくてもいいだろうと思ったんだけど、昼からずっと出番のなかったイザックはストレスを溜めていたらしい。 嬉しそうに飛び出して行った。


(イザックはせっかちにゃ。僕が行こうと思っていたのにゃ~)


(はくはぼくとあそぶの~)


 せっかくの出番を取られて少しむくれていたハクは、ライムに誘われるとすぐに機嫌を直し、かまどから少し離れた所でライムと一緒にころころと転がり始めた。 転がりながらの追いかけっこをしているらしい。


 可愛らしい遊び方だと感心しながら調理を続けていると、今度はディエゴがテントから出てきた。


「イザックさんは?」


「ストレス発散がてら、魔物退治に行ったわ」


「……そうか。 ……すまんなぁ」


 ❝ストレス❞が何を指していると思ったのか、ディエゴはゆっくりと私に頭を下げる。


「うん?」


「まさかサルがあんな態度を取るとは思っていなかったんだ。 だが、途中で依頼を破棄されたり盗賊に変身されると困るから、あまりきつく諫めることもできん……」


 ああ、サルに絡まれていることがストレスになっていると思っているのか。 うん。確かにストレスだけどね。


「途中でアリスが馬車を降りることが決まっているんだ。 俺だけで馬車を守るのは乗客たちも不安だろうから、あんたのしていることは間違っちゃいない。

 俺たちもまだ降りるつもりはないから、安心して寝ておけ」


 どこから聞こえていたのか、戻って来たイザックがあっさりと告げると、ディエゴは驚きながらもほっとした顔になる。


「まだ乗っていてくれるか! 助かる!」


 イザックとサルたちでは実力もだけど乗客たちの安心感が違う。 ディエゴ(ぎょしゃ)としては、心配がなくなって安心したんだろう。


 大きなあくびを漏らしながらも、嬉しそうな顔は崩れなかった。


「じゃあ、テントに戻るかな。

 ……料理上手な相棒でイザックさんは幸せだな。 とても美味そうだ」


 私の機嫌も取っておいた方がいいと思ったらしいディエゴは、出来上がった炒飯をじっと見ながらお世辞を言って、従魔たちを見て微笑んでからテントに戻って行った。


(あげないのにゃ!!)

(ぼくたちのごはん! あげない!)

「あいつ……。アリスの飯に目を付けやがった。馬車を降りて歩きにするか?」


 でも、まさか、ほんの些細なお世辞が、従魔たちとイザックの機嫌を損ねたとは夢にも思わないんだろうなぁ…。


ありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ