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初めての馬車旅 6

 急いで野営地に戻ってみると、敷物の上でのんびりと横になっているイザックしかいなかった。 


 乗客たちは?と辺りを見回すと、馬車の御者台にディエゴ(ぎょしゃ)親子が見え、馬車の幌の中からこちらを覗いているペーター君と目が合った。


「お疲れさん! …けがはないよな?」


「うん、楽勝♪ …って言いたいけど、少し勘が鈍ってた。 3頭とも仕留めたけど、毛皮の質が落ちちゃったよ」


 簡単な報告を済ませると、馬車から飛び出してくる人影が……。


「お姉ちゃん! 一人でハウンドドッグを追い払ってきたの!?」


「えっ!? ああ、ちゃんと倒してきたから安心してね? また、しばらくは安全だよ」


「え~~っ! お姉ちゃんは本当に強いの!?」


 一直線に私に向かって駆けてきたペーター君の目が、なんだかキラキラしている。


「本当に、娘さんだけでハウンドドッグを退治できたのか?」


「3頭もいたって聞いたぞ?」


 ペーター君の後を追うように、馬車の中からゾロゾロと乗客が出てきた。 ……サルとビビアナさんまで馬車に乗っていたのにはちょっとびっくりだ。 どうやって馬車と乗客を守るつもりだったんだろう?


 どういう状況かを確認するためにイザックへ視線を投げると、


「アリスが1人で犬を3頭退治しに行ったって言ったら、みんなビビっちまってなぁ」


 口調だけは淡々と、目元には皮肉気な色を隠しきれていない様子で答えてくれた。


 ……私の実力が疑われていたってことか。で、ハウンドドッグが姿を見せたらみんなで馬車で逃げる準備? まあ、仕方がないかな? 登録もまだの状態だしね。


 納得して軽く頷いて見せると、サルの嘲笑交じりの声が響いた。


「ハウンドドッグが3頭もいたってのが、そもそも怪しいよな! そんな見た目だけの女に追い払えるわけがない!」


 ……あの男は私になんの恨みがあるのかなぁ?。 こんなくだらない絡み方をされると、


「あなたはたかが犬3頭に手こずるの? そもそも犬が3頭、ここへ近づいていたことにすら気が付かなかったなんて、Cランクって言っても大したことはないのねぇ?」


「……なっ、なんだと!!」


 思わずせせら笑ってしまう。 


 ……素直な子供(ペーターくん)の前ではこんな大人げない姿は見せたくなかったんだけどね。 依頼主の前で嘘つき呼ばわりされているのを放置するほど、間抜けにはなれないよ。


「…クククッ! まあなぁ。 Dランクを卒業したばかりでも、あと一息でBランクって奴でも、一括りに❝Cランク❞だからな。 色々いるさ」


 私が喧嘩を買う気になったのがそんなに嬉しいのか、イザックが私を見て楽しそうに笑いながら口を開く。 …サルはDランクに毛が生えた程度の実力だろうって解釈でいいのかな?


「そうなの? でも、たかが犬3頭を退治できない人が、馬車の護衛なんてできるの? 危なくない?」


 本気で心配してしまうと、サルが顔を真っ赤にして怒鳴りだす。


「本当にお前がハウンドドッグを退治したって言うなら証拠を見せてみろ! 討伐証明くらいは取って来ているんだろう? ここに出して見せろっ!!」


「え…? ここに……?」


 本当にここに出すのかと困惑している私を見て、サルは調子づいた。


「嘘だったんだろう? 連れの男に『たまには顔以外にも役に立つ女』だって思わせないと、いつ捨てられるかわからないからなぁ!

 でも、自分の見栄の為に乗客を怖がらせるってのは、話が違うんじゃねぇか!?」


 と、自分の言ったことが真実だと思い込んで、説教もどきまで始める始末だ。 イザックが、


「おまえはバカか? ハウンドドッグが3頭近づいて来ていたことは俺の<魔力感知>にも反応があったんだぞ? 第一、アリスが俺に見栄を張る必要はどこにもないが?」


 と言っても、


「こんな顔だけの女に騙されて寄生させている男の言うことなんかアテになるかよ!」 


 わけのわからない理屈をつけて嘲笑う始末だ。


 少し後ろでサルを止めようとしていたビビアナさんは、サルのあまりの難癖のつけように眉を寄せて黙り込んだが、クルト(ぎょしゃのむすこ)が疑いを持ったようだ。


「ここで言い合っていても埒が明かない。 もしもハウンドドッグの討伐を証明できるものを持っているなら、出して見せてくれ」


「早く戻って来たかったから、退治した犬をそのまま持って来たんだけど?」


「だったら、早く出してくれよ」


「ここで!? 今!?」


「どうしたんだ? やっぱり嘘だったのか?」


 逡巡する私に疑いの目を向けるクルトとサルを見て、イザックが大きなため息を吐いた。


「アリス。もういいから、依頼主の希望を叶えてやれ。 出して見せろと言ったのはそいつらだ。アリスに非はない」


「いいの?  ……わかった」


 イザック(せんぱいぼうけんしゃ)が「依頼主の希望を叶えろ」って言うんだから、叶えましょう!


 ペーター君のご両親に視線を向けると、お母さんが慌ててペーター君の目を両手で塞いだので、安心してインベントリを開く。


「後始末は別料金だからね!」

「何が始まるんだ? は!? や、やめろーっ!!」


 馬を馬車から外して世話をしていたディエゴ(ぎょしゃのちちおや)が、私がインベントリから犬を引っ張り出そうとしていることに気が付いて慌てて止めようとしたが、私がそれを認識したのは犬を土の上に出し終わった後だった。


「内訳は?」


「うん?」


 内訳ってなんだろう?とイザックを見ると、「どういう攻撃で倒したんだ?」と言い直してくれた。


「直線で並んで走ってきたから、先頭の1頭にウインドカッターを。 ウインドカッターが2頭目まで届いて2頭目が横にずれたから、3頭目を串刺しに……、したんだけど、犬が思ったよりも重たくて、そのまま肉を切り裂いちゃったんだ。 で、その間にハクが2頭目に止めを刺してくれたの」


 インベントリから出した瞬間からドクドクと血を流し始めた犬の死骸を眺めながら説明をすると、ビビアナさんが犬に近づいて死骸の検分を始めた。


「説明通りの倒され方をしてる。 サル、あなたの誤解だったみたい。謝らないと……」


「う、うるさい! こんなのたまたまだろ!」


 どうしても自分の非を認めようとしないサルにため息がこぼれると同時にディエゴの叫び声が聞こえた。


「そんなことはどうでもいい! どうしてここでそんなものを出すんだ!? さっさとしまってくれ!」


 ここで退治した魔物の死骸を出すことの意味を理解して焦りながら怒っているディエゴにイザックがことの成り行きを説明している隣で、私はさっさとハウンドドッグをインベントリにしまい終わった。


 野営地の真ん中の土にハウンドドッグの血がいっぱい染みついているこの状況。


 ディエゴは一体どうするつもりなのかなぁ?


ありがとうございました!

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