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初めての馬車旅 4

 乗客たちが焚き火の近くでそれぞれに落ち着くのを見届けてから、私たちも食事の支度を始める。と言っても料理はまだできる時間じゃないから、インベントリからストックを取り出すだけになるけど。


 焚き火からは少し離れた位置になったので、暖を取るためにかまどを出して鍋でお湯を沸かすことにした。


「これ、アルバロから預かってきた。アリスが持っていた方が有効に活用できるだろうってな」


 かまどのそばで帆布と毛皮の敷物を敷いてくれていたイザックが取り出したのは、ジャスパーで食事の時に使っていたテーブル代わりの天板だった。


「アルバロはパーティーリーダーだったよね? 使うものじゃないの?」


「アルバロのパーティーには【クリーン】を使えるメンバーはいないからな」


 ああ、そうか。 敷物の上に履物を脱いで座るなら、【クリーン】を使わないとスメルハラスメントが起きてしまう。 ありがたく受け取っておく。


「町に戻ったら、お礼を伝えてね?」


「ああ、わかった」


 みんなにクリーンを掛けてからブーツを脱いで敷物に上がると、いくつかの強い視線を感じた。


 感じた視線をたどってみると、馬車の乗客や御者親子と護衛の2人……、私たち以外の人たちが、目を丸くしてこちらを見ていた。


 私と同じようにみんなの視線に気が付いたイザックがニヤリと笑い、


「今、この辺りには俺たちを襲ってくるような魔物はいない。 ゆっくりと飯を食っていていいぞ」


 と伝えると、みんなの視線が期待と疑いの入り混じったものに変わる。 その中で、


「ほんと!? ほんとに魔物はいないの? ゆっくり食べていてもいいの?」


 子供だけが無邪気に笑って私たちに駆け寄ってきた。


「ああ、本当だ。 俺たちは2人とも【魔力感知】っていうスキルを持っているんだ。 だから安心して、よく噛んで食べるんだぞ」


「【まりょくかんち】……? おじちゃんとお姉ちゃんはすごいんだね~!」


「俺はまだ❝おじちゃん❞じゃねぇぞ!」


 きっと【魔力感知】が何かをわかっていないだろうに無邪気に喜んでいる子供につられたのか、他の乗客たちの顔にも安心したような笑顔が浮かぶ。


「こんな所でゆっくりと飯にできるなんてなぁ…」


「ああ、Bランクの冒険者ってのはすごいんだなぁ。 旅先で安心して飯を食えるなんて想像していなかったぞ」


 禿頭のおじさんがしみじみと呟くと、太ったおじさんも嬉しそうに頷く。


 旅先ではどんな食事なのかと疑問に思ったのがわかったのか、


「食っている最中に魔物に襲われたら、貴重な食いもんを放って逃げる羽目になるからな。急いで詰め込むのが普通なんだ。 

 ……アリスはいつでものんびりと食っていそうだな?」


 イザックが苦笑しながら教えてくれた。  うん。私はハクのお陰で、魔物の陰に怯えることなく食事をしていたな。 ……調味料なしの肉はあまりにもおいしくないからそんなに食べられなかったけど。


 私の旅に安心をくれていたハクとライムに感謝のももふもふをしていたら、イザックもブーツを脱いで敷物に上がった。


「今夜は何が食べ」

「飯時だってのに、臭い足を晒してんじゃねぇよ! 飯を食う気が失せる! ただでさえ獣臭いっていうのによぉ!!」


 ……晩ごはんのリクエストを聞いている私の声にかぶせるように、サルの悪意のこもった声が響いた。


 いつも清潔にしているハクとライムが獣臭い!? 私たちはともかく、可愛い従魔たちを貶されて一瞬で頭に血が上ったが、


「え? おじちゃんは臭くないよ? 猫ちゃんたちもちっとも臭くない!」


 無邪気な子供の声で落ち着いた。


 子供…、とても可愛らしい顔をしているので今まで迷っていたんだけど、多分男の子。は、イザックをクンクンした後にハクやライムをクンクンして、そのまま私の方に顔を寄せてくる。


 いや、私をクンクンするのはやめて? いたたまれないから……!


 私の心の声が男の子に届くことはなく、男の子は遠慮なく私をクンクンした後にぱっと嬉しそうな笑顔になると、


「お姉ちゃんはいい匂い! 甘い匂いがするよ!」


 サルに向かって大きな声で叫んだ。 インベントリから取り出したカモミールティーの香りかな?


「……チッ!」


 私たちとは利害が絡まない子供がサルの言葉を否定したことで、サルがただ私たちに絡んだだけだということが他の乗客たちにもわかったらしく、乗客たちは不審そうな視線をサルに向ける。


 馬車の護衛が、お金を支払って乗っている私たち(じょうきゃく)に絡んでいるんだから、まあ、当然の反応だろう。今日半日のサルの私たちへの態度も見ていたわけだしね。


 それに気が付いたサルは舌打ちを残して、逃げるように少し離れたところへ歩いて行った。


 ここで「すまん」とか言えていたら、乗客たちの視線も変わっただろうにね。


「ペーター! 食事にするから戻って来なさい」


「はーい!」


 ペーターと呼ばれた男の子はハクとライムに興味津々の視線を向けていたが、父親の呼びかけにすぐに反応して駆け出した。 両手を広げて待っていた母親に抱き着いて甘えている。


「まさか足の臭いを嗅がれるとは思っていなかったな…」


 イザックが男の子の背中を見ながらポツリと呟いたけど、それは私も同じだ。 っていうか、私の方が100倍は恥ずかしかったと思う……。


「【クリーン】って本当に凄いよな。 ……本気で手に入れるか!」


 イザックがニヤリと笑う。 ……スライムがたくさん討伐されることが確定したらしい。


 スライムはいろいろと使い勝手がよさそうな魔物だから、絶滅させないで欲しいな……。


ありがとうございました!

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