初めての馬車旅 3
馬車は町を出発してから一度の休憩を挟んだだけで、今夜の野営予定地に着いた。
日中の襲撃はなく、穏やかと言えば穏やかな、退屈と言えば退屈な馬車での移動だった。
幌のお陰で周りの景色が見られなかったのが地味に辛かったが、今夜の為に眠る努力をするにはちょうど良かったのかもしれない。 私はライムのぷにぷにクッションのお陰で何とか眠れたが、イザックは大丈夫だったのかな?
(今のところ、私の魔力感知にはスライム1匹しか魔物の反応はないけど、ハクの方はどう?)
(今のところは大丈夫にゃ! スライムを狩って来るにゃ!)
ハクがお墨付きを残して楽し気に走って行ってしまったので、私はイザックとこの後の段取りを確認することにする。
「じゃあ、イザックも私と一緒に起きているの? きっと退屈だよ?」
「当たり前だ! 何ならアリスの料理を手伝うぞ? って言うか手伝わせてくれ。料理の練習になる」
「とりあえずはおむすびとかサンドイッチとか、歩きながら食べられるものを作るからあんまり参考にはならないと思うけど…」
(どうして他の乗客たちは馬車から降りてこないのかな?)と不思議に思いながら話していると、ディエゴが小走りに、その後をサルがニヤニヤ笑いを浮かべながら歩いて来た。
「ここで野営をするので、イザックさんたちはこの辺りに危険がないかの見回りをしてきてくれ!」
「率先して見回りにも行けないなんて、Bランクと言ってもたかが知れているな」
ディエゴは少し焦った顔で、サルが嘲るように見回りを要請するが、
「「必要ない」わよ」
イザックと私の声が重なった。
「この辺りに攻撃力の高い魔物はいない」
「今この辺りにいるのはスライムが1匹だけよ」
私たちの揃った見解を聞いて、ディエゴは「Bランク冒険者はそんなこともわかるのか?」と疑い交じりだが感心したような声を出し、サルは「いい加減なことを言いやがって!」と疑い100%の声を出す。
(アリスーっ! 投げるから受け取るにゃ!)
そこへタイミング良く戻って来たハクが、繁みの向こうからスライムを投げて寄越したので、私はインベントリを開きっぱなしにしてそのままスライムを受け取った。
「はっ!?」
「な、何が!?」
「スライム。 見ての通り退治したから、今はこの辺りは安全よ?」
(ハクーっ! ありがとうね! いいタイミングだったよ~。 さすがだね!)
(みんなの前で飛べないから仕方なしに投げたのにゃ。 ちゃんと落とさずに収納したアリスも偉いのにゃ!)
心話でハクとお互いを褒め称えながらディエゴ達には簡単に事実を伝える。でも、
「アリス、こいつらは何が起きたのかが理解できていない。 きちんと説明してやれ」
とイザックに注意されたので、追加の説明をすることにした。
「この野営地付近で魔力感知に反応した魔物はスライムが一匹だけ。 イザックや私が行くまでもない小物だったから、私の従魔が退治しに行ったの。
で、私の従魔は体が小さいから、せっかくの獲物に余計な傷を増やさないために私に向かって投げて寄越した。後は見てたでしょ? 私がアイテムボックスに直接受け取っておしまい」
「わざわざ見回りに行って退治するような魔物は他にはいない。 俺たちがここを離れる必要はないってことだ。 護衛対象から離れないと安全確認もできないお前とは違うんだよ」
イザックがサルをせせら笑うように告げる。
……イザックはよほどサルが嫌いなようで随分と好戦的だけど、私も可愛い従魔をバカにされたので、止めるつもりは微塵もない。 内心では拍手喝采だ。
戻って来たハクとじゃれ合うライムを眺めながら、(今夜はイザックがどんなに手間のかかるものをリクエストしても、喜んで作ろう!)と心に決めた。
サルが悔し気に離れて行ったので、ディエゴにこれからの予定を確認する。
馬車のステップの横でこちらを見ていたクルトに手を振って合図をしたディエゴは、私たちに向き直ってハクの働きを褒めてから、予定の説明を始めた。
今からはしばらく休憩。馬車から降りた乗客たちがそれぞれに食事を済ませて眠る支度を済ませるまでは、私の料理もお預けらしい。
馬車の中で眠るのは、幼い子供のいる親子3人と、お腹の出たおじさんと禿頭のおじさん。 御者親子と護衛の2人は外でテントを張って寝るらしい。 もちろんイザックと私は約束通りに不寝番だ。
空が白み始めたらすぐに御者親子を起こして欲しいと頼まれたのをイザックが了承した。
朝起きたらそれぞれで食事を済ませて、夜明けと同時に出発するらしい。 で、馬車が動き始めたらサルたちに護衛を任せて、次の野営地に着くまでが私たちの休憩時間。私たちが眠る時間でもある。
ガタガタと揺れる馬車の中で眠るのは辛いものがあるので、料理がしたいからと言って野営を引き受けてしまったのは私のミスだな。ライムの補助もないイザックに悪いことをしてしまったと謝ると、
「俺はあの程度の揺れなら眠れるから気にするな。 ただ、サルたちの護衛じゃあ安心できないから、熟睡はできないけどな」
じゃれ合う従魔たちを眺めながら笑ってくれた。 ……乗り心地最悪で熟睡なんてできっこないのに、そんな風に笑ってくれるイザックには本当に感謝だ。
「俺たちの飯の時間はみんなと一緒でいいんだろう?」
「ああ、もちろんだ。 …飯を食いながらでも【魔力感知】ってのは使えるのか?」
「問題ない」
「そのことを他の乗客に話してもいいか? 魔力感知を使いながらあんたたちが落ち着いて飯を食っているのを見たら、他の乗客たちも安心してゆっくりと飯を食える」
……能力を不特定多数に公開するのはどうかと思ったけど、【魔力感知】を使えることを知られて困ることはないように思う。 判断をイザックに任せると、イザックも、
「【魔力感知】は上位ランク冒険者なら、持っていないヤツの方が少ないからな。かまわない」
と了承していた。 ディエゴが嬉しそうに離れて行った後に、
「アリスのものほど性能は良くないんだけどな。 俺のは魔物の気配しかわからん。
今回は魔力感知が得意なアリスがいたからここに立ち止まっていたが、いつもなら見回りに行っていた」
小さく笑いながら言ったことはご愛敬だ。
ああ、だからジャスパーで盗賊を待ち伏せしてた時に、イザックは反応しなかったんだな。 さっきからの疑問が解けてすっきりだ。
さて、遊び疲れた従魔たちも期待してこちらを見ていることだし、晩ごはんにしようかな♪
ありがとうございました!




