旅立つ前には準備がいっぱい 2
「まあ、多少舐められたって、その始末さえきちんとつけられたら問題はないんだけどな? 舐めてかかられた方が仕事がやりやすい場面もあるから、そこは臨機応変に考えろ」
私に“舐められるな!”と言い続けていたアルバロが、笑いながら今更なことを言い出した。 思わず目が据わる。
「アルバロ…?」
「ああ、そんなに怒るな! もちろん、面倒ごとを避けるって意味では舐められない方が良いに決まってる。 だが、アリスにはちょっと難しそうというか…。
俺は…、俺たちは、アリスが冒険者になってもアリスらしさを失わないでいて欲しいんだ」
「甘いくらいに優しいのは、冒険者としては不利なんだけどね。 でも、アリスなら何となく大丈夫な気がするのよ」
「まあ、丁寧な物腰は身に付いているものだから仕方がないとしても、口調は気をつけるといい。 少しくらい乱暴な口調でも、アリスの個性なら下品にはならないから安心していいぞ」
まだ呆けているイザック以外の上位ランク冒険者が「口調以外はそのままで良い」と言う。
誰か他の人が言ったことなら、私を潰すために言っているのかと疑っただろうけど、数日間を一緒に過ごした冒険者組の人間性はわかっているつもりだ。 素直に受け止めることにした。
「そう? だったら随分と気が楽になるね。 まあ、私がおバカなことをしでかしそうになったら、ハクとライムが止めてくれるだろうし?」
「そうだな。 あの2匹がいれば、どうしようもないことにはそうそうならないだろうし、何よりも、今のアリスにはモレーノ様の後見がある。 大概のことなら大丈夫だろう」
アルバロに視線を向けられたお父さまは、ゆったりと微笑むと私の頭を撫でながら言った。
「アリスが私の目の届く所にいたなら、どんなことをしてでも助けてあげられるけど、目の届かない所へ行かれるとそれも難しくなる。
だから、これを持って行きなさい」
お父さまは私に3通の手紙と10枚の羊皮紙を渡してくれた。
「手紙は私がアリスの後見役だという事を証明するためのものだ。 どこかのバカ貴族に絡まれたときに使いなさい。 家名が惜しければ、それ以上は絡んでこないだろう。
羊皮紙は裁判所で受付に見せると『遠見の水晶』を置いている部屋へ通してくれる。 もしもトラブルに巻き込まれて困ったり、私に何か頼みたいことができた時に使いなさい。 水晶がつながっているのは裁判所間だけだが、私はほぼ毎日裁判所へ通うので問題はないだろう。
使用料はもう支払っているから心配はいらないよ。 だけど、手続きに前金で20万メレ必要になる。 つながりさえすれば戻ってくるが、つながらなかったならそれはそのまま支払うことになるからね。 あまり早い時間や遅い時間は避けた方がいいね」
お父さまがにっこりと微笑んで言ってくれるので聞き流しそうになったけど、手続きで20万メレも掛かるなら、使用料は一体いくらになるのか…。
気になって聞いてみたけど、お父さまは笑って答えてくれなかった。
まあ、どうしても知りたくなれば、どこかの裁判所で聞けば良いかな。 今はそれよりも、お父さまに言わなくはいけないことを思い出してしまった。
「お父さまに言っておかなければいけないことを忘れていたの…」
水晶の使用許可証と一緒に渡された手紙。 これと似たものを私はインベントリに持っている。
「なんだい?」
どこまでも穏やかに聞いてくれるモレーノお父さまには少し言い難いんだけど……。
「私には、お父さま以外にも後見をしてくれる人がいるの」
「「「「えええっ!?」」」」
私がそう言うと、正気に戻ったイザックと護衛組は驚きの声をあげたがお父さまは落ち着いたまま、
「ほう? それはネフ村のマルゴのことかい?」
と楽しそうに聞いてくれた。
う~ん、惜しい! その家族!
「マルゴさんの旦那さまの『オスカー』さん。 旅をしている最中に知り合って、その流れで…」
「その言い方だと、ネフ村で会ったわけではないんだね?」
相変わらず鋭いお父さまは、微笑みながら先を促す。
「うん。 ネフ村を出た後に偶然に出会って、その時にお2人の息子さんが怪我をしていたので治療をすると、後見を買って出てくれたの」
「そうか、それは嬉しいことだね。 そのオスカーという人物を詳しく知りたいのだけど、手紙を読ませてはもらえないかな?」
うっかりしていて今まで言えていなかったけど、お父さまが気を悪くした様子はない。 微笑を浮かべていて安心したけど、どこか心配そうな目をしていることに気が付いた。
何が心配なんだろう? 旅先で出会って治療しただけなのにお礼に後見役っていうのは珍しい? それともマルゴさんの旦那さまだという事が嘘の可能性? それは確認をしたつもりだけど……。
私が考え込んでいる間も、お父さまの心配そうな表情はそのままで……。
オスカーさんは手紙を“冒険者ギルドで自分を知っている人”や“貴族ともめたらその町のギルマスに渡せ”と言っていたけど、ここでお父さまに見せても問題はないだろう。
インベントリからオスカーさんの手紙を取り出して渡すと、お父さまは慎重に手紙に目を走らせて、……突然笑い出した。
「……お父さま?」
「この手紙を読んだなら<冒険者ギルド>は君を粗雑に扱うことはないだろうし、無理難題をふっかける貴族からも守ろうと動いてくれるだろう。
ああ、私の娘はなんて運がいいんだ!」
「モレーノ様! その手紙、俺たちにも見せてください!」
興味を持ったらしい護衛組がお父さまにねだると、お父さまはあっさりと手紙を渡してしまう。
「……嘘だろ?」
「女神は随分とアリスがご贔屓らしいな…」
手紙を受け取ったアルバロ達の反応が気になったので私も見せてもらおうとしたら、楽しそうに笑うお父さまの質問攻めにあい、手紙どころではなくなった。
だから、オスカーさんとの出会いからマルゴさんとの出会い。2人の人柄や周りにいる人のこと。2人が住んでいる村の現状などを聞かれるままに答えている私の後ろで、
「すげぇな…。 この国の貴族のトップと冒険者ギルドの英雄の後見だぞ。 多少のトラブルなら起こした相手が泣いて逃げちまうだろうな」
「でも、後見が強力過ぎて、逆にアリスの活動の邪魔にならない?」
「大丈夫だろ? なんせアリスだ」
「そうだな。 アリスだから大丈夫だろう!」
といった会話がされていることにはちっとも気が付かなかった。
「朝食の支度が整いました」
ハクとライムを抱っこしたメイドさんが朝食に呼びに来てくれたのと同時に、気配を消して壁に同化するように立っていた執事さんが存在を表した。
「フィリップ、器用だね。 それどうやってるの?」
思わず聞いた私に、執事さんは悪戯っぽく笑って、
「長年の訓練と……、気配遮断のスキルの賜物でございます」
と小声で教えてくれた。 気配遮断のスキルなら、インベントリの中に水晶を持っている!
「レベルは?」
「4でございます」
レベル4でこれだけ気配が消せるなら、育てれば十分に狩りや討伐に使えるスキルだ。 育てよう!
私の決意が伝わったのか、楽しそうに微笑んだ執事さんが私たちを食堂へ案内しようと動き始めたので、慌てて止めた。
「これ、話していた物ね。 こっちがみんなので、こっちがお針子たちへの追加の分。 そしてこれはフィリップ、あなたに。 短い時間だったけどお世話になったわ。 ありがとうね!」
この屋敷のみんなに何かお礼をしたいと相談した私に、執事さんは最初「昨夜の食事で十分でございます!」と言って辞退したが、私が「今後も世話になるだろうから」と言うと、嬉しそうに微笑んで「では、甘味を頂戴したく存じます」と提案してくれたので、みんなにはアーモンドのキャラメルがけを。お針子さん達には追加でドライアップルを。そして執事さんには追加でドライアップルと生キャラメルを用意した。
執事さんが嬉しそうに受け取ってくれたので、安心して食堂へ向かう私の横にイザックが並んで、
「アリス、本当にありがとうな。 ヤツ等への見舞金はありがたく受け取らせてもらう。 俺が責任を持ってヤツ等の元へ届けるからな」
と言って笑った。
……イザックの目が充血して潤んでいたことには気が付かなかったよ。
ありがとうございました!




