食事会 3
「それにその貧相なドレスはどうしたことじゃ? スカートが全然膨らんでおらぬではないか。 もっとましなドレスはなかったのかや?」
野菜を“平民の食べ物”“家畜の餌”と思っているこの国の王族にどう説明をするかを考えている間に、王様の側にいる女性にドレスまで貶されて、私の機嫌は一気に斜めに曲がってしまった。
別に説明しなくても良いよね? 貴族や金持ち以外は別に困らないし。
チーズフォンデュの鍋から離れてテーブルに戻ると、マルタが困惑した声で、
「このドレスってそこまで貧相には見えないんだけど……」
と囁いてきたので、
「価値観は人それぞれだから仕方がないよ。 私はこのシンプルなドレスを気に入ってるし、貧相だとは思わないけどね」
謎の女性とは意見が合わないことを、にっこりと笑って宣言する。
優雅に見えるように意識しながらゆっくりとその場に座るとメイドさんが近づいて来て、出しておいたサンドイッチの皿が空になったことを教えてくれたので、新しいお皿をメイドさんに渡した。 具沢山でどれもおいしいと好評らしく、もう2回目のおかわりだ。
それを皮切りに、メイドさん達が次々に来客のリクエストを取りに来てくれる。
トマトの肉詰めチーズ乗せ、ロールキャベツ、トマトと卵のふわふわ焼き、フルーツヨーグルト、オニオンソースをかけたサラダにポテトサラダといった野菜メニューと、一見すると野菜に見える料理ばかりがリクエストされていて、この食事会の参加者たちが言外に、私の言ったこと『野菜は体にいい』を信用していると伝えてくれている。
お陰で、推定王妃か王女の言葉でささくれていた私の心が少し穏やかになった。
「ねえ、さっき聞かれていたことには答えなくていいの?」
側に座ったマルタが耳打ちしてくれたけど、
「何のこと? 大きな独り言は聞こえたけど、質問なんてされてないよ?」
さっきの失礼な声には反応しないことを伝えると、マルタも、
「…そうよね。あたしの気のせいだったわ」
と、あっさりと引き下がってくれた。
この態度を「無礼者」と咎められたら、私に合わせてくれたマルタのことは全力で庇おうと密かに決意していると、
「アリス、このメニュー表には<野菜たっぷりのクリームシチュー>が載っていないが、今日は食べられないのかな?」
水晶に背中を向けて人の悪い笑みを浮かべたモレーノお父さまが近づいてきた。
私のメニューには<野菜たっぷりのクリームシチュー>なんて元々存在しない。 あるのはただの<クリームシチュー>だけだ。 わざわざ『野菜たっぷり』と言ってくれるお父さまの気持ちが嬉しくて、自然と口元に笑みが広がるのがわかった。
今日、ここに集まってくれた人たちはみんな優しいな……。 みんなと過ごす最後の夜なんだから、機嫌を悪くするのはもう止めよう。
にっこりと笑って少し小さいお皿にシチューを注いで渡すと、それを見ていたみんなからもリクエストが入った。
予備のキッチンワゴンの上に鍋ごと取り出して後をメイドさんに任せると、今度はハクとライムが近づいて来て、
(から揚げが欲しいのにゃ!)
(ちーずにつけてたべる~)
ガッツリと肉のリクエストをする。 うちの従魔たちはマイペースだ。
「ハクとライムもおめかししているね。似合っているよ」
「んにゃ♪」
「ぷきゅ♪」
お父さまの言うとおり、2匹はお針子さん達が作ってくれたお揃いのベストを着ている。 ハクは尻尾にリボンまで結んでもらっていて、2匹ともとっても可愛い!
「この屋敷のお針子たちはとっても優秀で、このドレスも、2匹の衣装もあっという間に縫ってくれたの!」
「そうか。後で褒めてやらないとね」
水晶越しに貶されたけど、私は気に入っているんだと遠まわしに伝えると、お父さまはきちんとメッセージを受け取って微笑んでくれた。
さっきから水晶越しに、自分の存在を無視されて憤っている女性の声とそれを宥めている宰相さんの声、女性を窘めている王様の声が聞こえているけど、この部屋の中はとっても和やかで『不敬罪? なんだそれ?』といった態度のみんながとても頼もしかった。
もしもこの国を追い出されたら、みんなで新天地を目指すのも楽しそうだね!
以前にサンダリオギルマスが言っていた、『発展していない国へ行って町づくり』を想像しながら楽しい気分になっている時に、
「アリスさんの知っている野菜と果物の素晴らしさを、わたしとギルドに教えてください」
と言われて、浮かれた気分のままネフ村でマルゴさん達に話したことをギルマスにも話してしまった私は、ちょっとうかつだったようだ。
私の話を紙にまとめたギルマスは、私がその内容を確認すると同時に部屋を飛び出して行った。
「え、どこへ…?」
「控え室だよ。 サンダリオは商業ギルドとの緊急連絡用に、別室に冒険者を待機させていたんだ。
今のアリスの話をギルドに送って登録をする準備をするんだろう」
呆然とギルマスの後ろ姿を見送った私に、お父さまがくつくつと笑いながら答えてくれる。
私はまだ登録の許可を出していないのに?とびっくりしていると、バタバタと足音をさせながらギルマスが大広間に飛び込んできて、私の顔を見るなり叫んだ。
「アリスさん! 今の情報を是非<商業ギルド>で登録してください!」
「いまさら確認するのっ? 遅くない!?」
ギルマスの手元を見れば、何も持っていない。 草案を渡された冒険者がすでにギルドに向かっているはずだ。
「んっとねぇ。 イヤ!」
思わず笑ってしまったけど、こういうフライングをたびたびされては困ってしまうので一応拒否の姿勢を示してみると、
「なんじゃ、登録せぬのか? 肌が美しくなるのであろう? ならばわらわが社交界で広めてやろう。
ふふっ、皆が喜ぶであろうなぁ」
得意気に話す声が水晶から聞こえてきた。
…………はあっ!?
ありがとうございました!




