食事会 2
「野菜がこんなに美味く食えるなんてなぁ……」
「これなんて、キャベツの芯だぞ。 用意したのがアリスじゃなきゃ『俺たちを馬鹿にしてるのか』って暴れるところだ」
「でも、美味しい…」
「ああ。美味いな…。 キャベツの芯なのに……」
護衛組がチーズフォンデュの鍋を囲みながらぼそぼそと話しこんでいるのでそ~~っと近づいてみると、具材として出したキャベツの葉の軸と芯が美味しいことに驚いているらしい。
「甘いでしょ?」
「ああ、この塩気の効いたチーズと合わせると最高だ…。 家畜の餌なのに……」
呆然とした様子で“家畜の餌”と呟いたイザックに、アルバロ、マルタ、エミルの3人も頷く。
「それはキャベツの芯に失礼だよ? 栄養豊富で体に良いんだから」
体が資本の<冒険者>の4人は“体に良い”と聞くと、目の色を変えた。
「体に良いのか?」
「うん。だからいっぱい食べてね! 特にマルタ! 綺麗なお肌は野菜と果物で作るんだよ」
私が芯にチーズを絡めて“パクンッ”と頬張ると、マルタはとても真剣な顔で私に向き合った。
「本当に!? 本当に、アリスのそのお肌は野菜と果物で出来てるの!?」
「え? あ、うん。(これからは)そのつもり」
今の私の肌はビジューが作ってくれたものだから少し返事に困ってしまったけど、これからは野菜と果物で維持するつもりだから、大目に見て欲しい。
「アリスさんのお国では貴族の方も野菜を召し上がるのですか?」
茹でたじゃが芋をフォンデュに入れていたサンダリオギルマスが何気なく聞くと、部屋にいた招待客が一斉に聞き耳を立てるのがわかった。
今日の招待客はこの町に来てからお世話になった人たち。
ダビを捕まえるのに協力してくれた、道具屋ヒメネスの店主さんと商業ギルドのリノさん。衛兵の隊長さんは欠席だけど、送った招待状に対する丁寧なお礼の手紙を返してくれて、冒険者ギルドからリノさんを呼びに走ってくれたベニートは依頼で出かけていてしばらくは戻らないらしく連絡がつかなかった。 その為、この大広間にいるのは、
この屋敷の主でもあるモレーノお父さまと、裁判所からウーゴ隊長とティト裁判官。
商業ギルドからサンダリオギルマスとセルヒオさん。
冒険者ギルドからはベルトランギルドマスター。
そして、この町に来てからほぼずっと一緒にいてくれた護衛組のみんな、アルバロ、マルタ、エミル、イザックだ。
全員すでに気心が知れているので、遠慮なく“聞いているぞ”アピールをしてくる。
「故郷の貴族は……、」
日本に今<貴族>はいない。代わりに世界のセレブ情報で良いかな?
「美や健康に気を使っている人たちが率先して野菜や果物を食べてたなぁ」
マクロビオティックとかを流行らせたのも海外のセレブだったし。
「でも、『野菜が体にいい』ってことは、平民の子供でも知ってたよ」
と答えると、びっくりした顔でもっと色々と聞きたそうにしているけど、“故郷”の話を続けるとどこかで綻びが出そうで怖い。
話を切り上げるために視線を逸らすと、楽しそうにパンにチーズを絡めていたモレーノお父さまと目が合った。
「モレーノお父さまも、普段はあまり野菜を食べません……、食べないよね? だったらこれなんてどうかな?」
チーズをたっぷり絡めた野菜をモレーノお父さまに差し出すと、お父さまはにっこりと微笑みながら受け取ってくれる。
「これは…。茹でたじゃが芋を生ハムで巻いたものだね? とても美味しい」
「でしょ? この人参も甘~くなるように下茹でしてるから食べてみて?」
さっきからカリッと焼いたさいころカットのオーク肉やこんがりと焼いたパンばかりをフォンデュに入れていたので野菜を勧めてみると、お父さまは素直に人参にフォークを突き刺してくれた。
「モレーノが野菜を食しておる!!」
お父さまがチーズを絡めてから人参を口に入れると、部屋の奥の椅子に置かれていた水晶からいきなり声が聞こえてきた。 <遠見の水晶>がつながったらしい。
「お早いですね。 陛下、仕事は済まれたのですか?」
「大丈夫だ! 宰相も一緒に来ておるからな。 問題はない」
……それって、仕事は終わっていないけど、宰相さんが一緒だから大丈夫ってことだよね? 後で大変なことにならないといいけど。 少しだけ心配だったけど、私が口出しすることでもないので黙っておこう。
「そんなことよりもモレーノ! そなたは野菜など好まなかったであろうにどうしたのだ!? パーティーにその様なものを出すなどと、料理人が揃って脳の病にでも伏せったのか?」
……随分と失礼な言われようだけど、これがこの国の王族の価値観なんだろうな。
ため息を飲み込むために茹でたじゃが芋にたっぷりチーズを絡めて食べようとすると、
「アリス殿まであの様なものを……」
宰相さんの慌てた声が聞こえたけど、気にせず口に入れて咀嚼をすると、護衛組が口を押さえて笑いを堪えているのが目の端に映った。
「キャベツの芯、まだあるよ?」
「「「くれっ!」」」
「食べたいっ!」
普通の野菜で王様があの反応をするなら、キャベツの芯を出したらどんな反応をするのかを見たくて護衛組に声を掛けたんだけど、予想以上に良い食いつきっぷりで驚いた。
インベントリからキャベツの芯ばかりを山盛りにしたお皿を取り出すと、
「キャベツの芯じゃと? 家畜の餌ではないか! 一体どうしたことだ!?」
王様の泡を食ったような声が部屋に響く。
面白がったモレーノお父さまが芯にフォークを突き刺すと、必死に止める声が聞こえた。
王様と宰相さんの声に、女性の声も混じっているようだ。
お父さまがそのまま“パクッ”と口に入れると、水晶からは呻き声が聞こえてくる。
「ねえ、放っておいて良いの? 説明をした方が良いんじゃない?」
マルタが心配そうに私のドレスの袖を引くけど、私には楽しんでいるモレーノお父さまを止めるつもりはさらさらない。
「放っておくしかないんじゃないかな? 私から声を掛ける訳にもいかない方達だし。 気が向いたらお父さまが説明するでしょ」
とマルタに言うと、王様が苦笑したのが水晶越しに伝わって来た。
「アリス殿は今宵も一段と美しいのぉ。 モレーノとは仲良く過ごしているか?」
「はい。おかげをもちまして、仲良くさせていただいております。 陛下におかれましても、ご機嫌麗しく…、はございませんわね。 申し訳ございません、わたくしが至らないばかりに……」
「アリス殿が至らぬと……?」
王様がきょとんとした顔を連想できるような声音で、呟くように私の言った言葉を復唱する。
よし! 王様から声を掛けてもらったから、やっと言えるぞ!
「はい。 本日のお料理は、全てわたくしが用意したものでございます。 お目汚しで申し訳ございません」
ええ、ええ。“家畜の餌”を用意してお出ししたのは私ですとも! あ~、やっと言えてすっとした!
私のことをどこかのお嬢さまだと勘違いしている王様と宰相さん主従にはすぐには理解できなかったらしく、しばらくは沈黙が続いたが、
「なんと! モレーノ殿の義理の娘ともあろうそなたが? よほど貧しい暮らしを送っておったのじゃなぁ」
と、女性の声で哀れまれた……。
う~ん。どう説明をしたものかなぁ……。
ありがとうございました!




