メイドさんとの攻防 1
「おかえりなさいませ、旦那様。お嬢さま」
「私はこのまま裁判所へ向かう。 アリスや皆のことを頼んだよ」
モレーノお父さまは私を馬車から降ろしてくれてから執事さんにいくつか指示を出すともう一度馬車に乗り込み、慌しく出て行ってしまった。
やっぱり急に休みを取ることは難しかったみたいだ。
『家主不在のお宅にお邪魔するのは敷居が高いなぁ』と躊躇いを感じていると、
「さあさあ、お嬢さまとマルタさまは湯浴みをなさいませ」
笑顔のメイドさん達に周りを囲まれてしまう。 もう案内の必要もないのに、昨日よりメイドさんの人数が多いのはなぜだろう…?
「私は先に今夜の準備をすませたいから、マルタだけ」
「もちろん手伝うわっ!!」
料理などはもうほとんど準備出来ているからマルタに手伝ってもらうことはあまりないんだけど、マルタの目が「うんと言え」と言っているので、とりあえずは頷いておいた。
今夜の食事会の会場として案内されたのは“大広間”で、昨夜食事をいただいた“晩餐室”を予想していた私は少しだけ驚いた。 ダンスをするようなパーティーをするつもりはないんだけど……。
戸惑いながら部屋へ足を踏み入れた私は、さらに驚いた。
キラキラと煌めく何灯ものシャンデリアの下には毛足の長い絨毯が引かれていて、絨毯の中央付近には肌触りの良さそうな布が広げられている。 そしてその布の真ん中に足の短い細長いテーブルが置かれていて、まるで旅館の宴会場のようだ…。 もちろん畳じゃないし、こちらの方がとても豪華なんだけど。
私のお願いの通りに、部屋の隅には食器などを載せたキッチンワゴンが何台も置かれていて、グラスもカトラリーもくすみ一つ残さずにピカピカに磨かれている。
「旦那さまから、お嬢さまのお好みの食事スタイルをお聞きしてご用意いたしました。いかがでしょうか?」
この国には室内で靴を脱ぐ習慣はないし、椅子ではなく床に座ることはあまり行儀のいいことではないと聞いている。
今までの食事は屋外や臨時の拠点などだったから多少行儀が悪くても許されていたと思うけど、この屋敷はモレーノ裁判官……、王弟であり公爵位に戻ることが決まっている人の屋敷だ。
「この部屋はとても私の好みになっていますが、この国の常識から見るとマナーから外れているのでは…?」
椅子とテーブルでも構わないと伝えると、執事さんはにっこりと笑い、
「旦那さまの所有の屋敷内でお嬢さまが催される食事会でございます。 お嬢さまの好みのスタイルでなんら問題はございません。
……旦那さまは最近、室内で靴をお脱ぎになる快感に気が付かれたそうでございます」
何の問題もないので好きなようにすればいいと言ってくれるので、今回は甘えておくことにした。
メイドさんにお手伝いして欲しいことが増えたことを伝え、動線を考えてキッチンワゴンを配置しなおして使用する食器を選ぶだけで、この部屋ですることは終わってしまった。
料理の仕上げにキッチンに移動している途中、執事さんが控えめに咳払いをしたので注意を向けてみると、言葉が丁寧になっていたことをこっそりと注意された。
使用人に丁寧な言葉を使っていることが他家に漏れると、この家とモレーノお父さまが侮られてしまうらしい。
……貴族の考えはよくわからないけど、気をつけよう。
キッチンでは簡単な仕上げの作業をするだけで、後は出来上がっている料理をお皿に盛りつけたり、ワインを冷やしたりするだけですぐにすることは終わってしまった。
盛り付けの終わった料理をインベントリにしまい終わると、いつの間にか集まっていたメイドさん達からの無言の圧力がかかる。 ……この力の入りよう、なぜかはわからないけど怖い。
時間を稼ぐわけではないけど、給仕担当のメイドさんを大広間に呼んでもらいお願いしたい仕事を伝えると、みんな面白そうに話を聞いてくれる。 ……主従って、どこか似るんだな、と少しだけ実感した。
そのまま今夜のメニュー表を作成していると、同じものを複数書いていることに気が付いた給仕担当のメイドさん達に「もう少し仕事を任せて欲しい」と懇願されて、訳が分からないままに紙と書きあがっているメニュー表を渡すと、さっきから物言いたげに後ろをついてきていたメイドさん達にふたたび取り囲まれた。
「さあ、お嬢さまとマルタさまは湯浴みの時間でございますわ!」
なぜか笑顔に圧力を持たせているメイドさん達に、浴室まで連行されることになった。
「ねえ、アリス! このメイドさん達が怖いのはあたしだけ?」
こっそりと聞いてくるマルタに、私もこっそりと頷くしかできない。
だって、マルタの言葉が聞こえているはずなのに、笑顔を欠片も崩さないメイドさん達が、本当に怖いんだもん!!
浴室に着くとなぜかまたメイドさんが増えていた。
昨日同様に、お風呂は自分たちだけで入りたいことを伝えてみたが、今回は物凄くいい笑顔で却下され、恥ずかしがったマルタが「みんなも服を脱ぐのなら公衆浴場に行ってるつもりで我慢するけど、そうじゃないならイヤ!」と叫んだ途端に、メイドさん達が迷いもなく一斉にメイド服を脱いでしまったので、私たちに逃げ道はなくなってしまった。
メイドさん達の笑顔の圧力を感じて戸惑っている私たちを置いて先に浴室内に入っていった従魔たちのご機嫌な鳴き声を聞きながら、とりあえずは時間稼ぎのためのお茶を飲むことにする。
「あ、みんなも飲んでね? ほら、遠慮しないで!」
このお茶の時間が終わったら、メイドさん達が落ち着きを取り戻していますように!!
一糸纏わぬ姿を気にすることもなくお茶を飲み始めたメイドさん達を横目に見ながら、マルタと2人、目を見交わすことしかできなかった。
ありがとうございました!




