父との攻防 どうしても勝てない…
立ち寄った酒屋では、店員からモレーノお父さまの来店を告げられた店主が慌てて奥から飛び出してきた。
お父さまの屋敷に出入りの酒屋だったようだ。
普段は御用聞きに屋敷まで行っているのに、その屋敷の“旦那さま”がいきなり店に来たらびっくりするよね。店の隅で店員が「なんかやらかしたのか? 出入り禁止…?」と青い顔で呟いているのが聞こえたので、急いで店主に声をかけた。
「安くてそれなりに美味しい白ワインを10本ほど欲しいの。 それとあなたが『おいしい』と自信を持って言えるワインを赤と白5本ずつ。こちらのランクはモレーノ裁判官がお客さまにお出ししたとしてもおかしくないランク…、だと、いくら位になるの?」
“裁判官”と呼んだことで拗ねてしまったお父さまの所に従魔たちを行かせ、この場で一番若い私が口を開いたことでびっくりしている顔を隠せない店主に返事を促すために、にっこりと笑いかける。
「っ! …白でお求め易いものですと、大銅貨3枚から5枚ほどのものがございます。 わたくしのお勧めはこちらの大銅貨3枚と中銅貨2枚のものです。 まだ若いワインでございますが、良い出来ですので寝かせてみるのも面白いかと…。
モレーノさまがお客さまにお出ししても恥ずかしくないワインですと……、1本で大銀貨1枚程度のものでしょうか?」
すぐさま平静を取り戻した店主のお勧めをテイスティングさせて貰うと、確かに美味しいワインだった。 これが3,200メレならかなりお買い得だと思う。 少し数を増やして15本貰うことにした。
「では1本の上限を大銀貨1枚までとして、あなたが自信を持っておいしいと思うワインを選んでくれる? 今回は内輪の集まりなので、値段のランクではなくて味のランクを重視したいの。 銘柄は統一でなくてもかまわないわ」
1本100万メレのワインは私が買うには高すぎると思うけど、王弟であるお父さまの屋敷を使わせてもらう以上、それなりの“格”は必要だろう。 ワインの味は値段で決まるって言う人もいるしね。
それに、この店主の“舌”なら、値段に見合った良いワインを選んでくれそうだ。
ハクとライムが(お風呂の付いた宿代…!)と心話を送って来ているけど、ここは必要経費として諦めてもらおう。
店主は私の言ったことを反芻すると、モレーノお父さまを振り向いた。 お父さまが手の平で私を示すと、店主は私に向き直り頭を下げる。
その家の主が側にいるんだから、意向を確認するのは当然だ。 『私は気にしていない』と伝えるために微笑みながらゆっくりと頷くと、店主はとても嬉しそうな顔でもう一度頭を下げてから、おもむろにお勧めワインの説明を始めた。
「“白”ですと、こちらは中銀貨6枚とは思えないほどの熟成ができておりまして、こちらの中銀貨4枚の物はとてもフルーティーな味わいになっております。
“赤”ですと、こちらの中銀貨7枚の物がわたくしの一番のお勧めとなります。 叙爵して間もないご当主が作らせたものですが、知名度が低いだけで味は素晴らしいのです! 今がお買い得の一品でございます」
上限を100万メレと言ったのに、店主が勧めてきたのは上が70万メレから下が40万メレのワインだった。
上限ぎりぎりの高いワインを持ってこなかったことに好感を持てる。
「では、中銀貨6枚の物を3本、4枚の物を6本、7枚の物を10本貰おうかな」
予定より多い本数を求めた私に、店主は嬉しそうに笑いかけてすぐに表情を曇らせた。
「申し訳ございません、お嬢さま。 こちらの赤ワインは7本しか取り扱いがございません…」
と言う事らしい。 残念だけど仕方がない。
店にある7本全てを貰うことで納得して、合計の9,148,000メレを支払おうとすると、
「代金は取りに来てくれ」
自分が支払うと言いだしたお父さまに手を止められた。
今夜は私がおもてなしをする約束だったと訴えても、「娘が家の格にあわせたワインを購入するなら支払いは当然父である自分だ」と言い張る。
焦る私にアルバロが「これも親孝行だ」と訳のわからないことを言い出したので、思わず店主に助けを求める視線を送ったが、店主は私と視線を合わせないように顔を背けると、目に入ったワインのラベルを撫でることで参加を拒否した……。
話し合いの末に今夜の食事に出す分はお父さまが、最初の予定より多めに追加した私の分は私が支払うことで話が付いた。
私が飲む分なら、なおさら父である自分が支払うと言うお父さまを説得するのには骨が折れたけど、何とか説き伏せることに成功した。
私たちの攻防を黙って聞いていた店主が料理用に買った3,200メレの白ワイン15本の代金を負けてくれた上に、同じランクの赤ワインを10本もプレゼントしてくれたのは思わぬ余禄だったけど、ありがたく受け取った。
結局私の支払いは260万メレになり、喜んだハクとライムがお父さまにへばりついて懐き倒していることは言うまでもない。
お風呂付きの宿代はちゃんと残っていたんだけど…。
従魔と戯れているお父さまが嬉しそうに笑っているから、素直に甘えておこうかな。
ありがとうございました!




