試食会 2回目 6
「私の娘が私の為に作ってくれたレシピなのだから、まずは我が家だけで商売を行う。
レシピの扱いだが……。 <商業ギルド>が検証実験の手伝いをすることを条件に<秘匿登録>をする。その後期限が切れる前に<公開登録>に切り替える予定だ」
モレーノお父さまが少し考えてからギルドの皆さんに告げると、
「「「「「お手伝いさせていただきます!!」」」」」
サンダリオギルマスや幹部たちだけでなく、職員さん達の声が揃った。
皆さんの返事を聞いて、お父さまが微笑みながら続ける。
「希望があれば<商業ギルド>と<冒険者ギルド>へ商品として卸そう」
「「よろしくお願いします!」」
両ギルドのマスターの声も揃う。
部屋の隅のテーブルで“入浴の手順”の草案を作っていたミゲルさんが手を挙げて、
「商品の性質を考えると<治癒士ギルド>も放っては置かないと思いますが…」
ちょっとだけ嫌そうな表情で提言してくれる。お父さまはチラッと私の顔を見てからミゲルさんに向き直った。
「私の娘はこの飲み物で利益を出そうと考えているが、暴利を貪ろうとは思っていないだろう。 レシピ次第だが、私もこの飲み物は」
“ぽしょぽしょぽしょ”
「本当に? 本当にそれだけで体に優しい飲み物になるのかい?」
耳元でスポーツドリンクのレシピを説明すると、お父さまは少し驚いた顔をした。
「はい。 でも、この飲み物は普段から水やお茶のように飲むことは勧められません。 汗を掻いた時や、風邪や疲れによる発熱、食べ過ぎなどによる下痢などの時だけにしておいた方がいいと思います。
レシピにする時に、改めて詳しく説明しますね」
私が肯定を返すとお父さまはにっこりと微笑んで頷き、話を続ける。
「私はこの飲み物を砂糖入りの紅茶や果物のジュースなどと同程度か安価に設定して、必要とする者の元へ届けたいと思っている。
<治癒士>ギルドについては……、アリスはどう思う?」
モレーノお父さまが多くの利益よりも領民のことを考えていることが伝わってきて、従魔たちとほんわかした気分をわかちあっていると、いきなり意見を求められた。
……治癒士ギルドかぁ。
「個人的な見解ですが……。 たかが【リカバー】魔法の1回に最低1千万メレからの値段をつける組織を、好ましくは思えません」
「【リカバー】はたかがな魔法ではありませんが……」
幹部の1人が首を横に振る。 うん、確かに表現が乱暴だったかも。
「女神ビジューが、地上で生きる者たちの為に与えてくれた大事な能力だという事は理解してるけど、魔法は魔力がある限り使えるし、魔力は生きている限り回復するでしょ?
私が知らないだけで、リカバーを使える治癒士たちは、1年に1回しかリカバーを使えないくらいに魔力の回復が遅いの?」
「……魔力の回復にそこまでの時間が掛かると聞いたことはありません。 通常、1日休めば魔力は完全回復しますし、MPポーションもありますから」
私の疑問には治癒士たちと係わりが深いミゲルさんが答えてくれる。やっぱりちゃんと回復するんだ。
だったら、ひと月に1人治療をすれば1年で1億2千万メレ、10日に1人治療すれば3億2千万メレになる。
「治癒士にだって生活があるし、安くしすぎてしまうと治療の希望者が増えすぎて治癒士の身が持たないだろうから、ある程度は高額になってしまうのは仕方がないと思うけどね。
でも、『教会』…、教会は『女神の仮の家』でしょう? その教会で治療を行うなら、もう少しやりようがあるでしょう!?」
皆さんが目を丸くして私を見ている。 …少し興奮してしまった。
落ち着け、私! と1人で反省会をしていると、それまで調理をしながら静かに聞いていたエミルが笑い出した。
「ああ、なるほど! そこが気に入らなかったのか」
「ん?」
「わたしがアリスなら<冒険者ギルド><商業ギルド><治癒士ギルド>にそれぞれ登録をして、依頼を受けて魔物を狩って討伐報酬を受け取り、その魔物素材を商業ギルドに直接売って、空き時間に教会で荒稼ぎ、くらいのことを考えそうなんだが、アリスは“自由がない”“縛られるのがイヤ”だと、頑なに治癒士ギルドに近づこうとしなかったからな。 不思議に思っていたんだ。
そうか、女神の御名を穢すやり方が気に入らなかったのか!」
エミルの解釈を聞いていたハクは私に飛びかかってくると嬉しそうに頬を舐めまわし、ハクに釣られたのか、ライムは私の足にすりすりと擦り寄ってきた。
部屋の中の人たちも、頷いたり手を打って納得したり、「さすがは聖女…」とか言ってキラキラした目で見つめてくる人がいたり……。
「そんなんじゃない」って否定しても、もう誰も納得してくれなさそうな雰囲気ができてしまっていて、私は赤くなってしまった顔を伏せるしかできることがなかった……。
「では、治癒士ギルドが欲しがったなら、こちらの決めた上限以上の値段にしないことを条件に卸すことにしよう。 ただし、どのギルドも『公衆浴場』への販売は禁止する。
アリス、これでどうだい?」
「……いいと思います。 販売できる所は多い方が、必要とする人の手に渡りやすいから」
「そうだね。アリスの想定している“この飲み物を必要とする人”は、きっとすぐにでも飲みたいだろうから」
お父さまの言葉を聞いて、家に常備できるように“粉末”にすることを思いついたけど……、難しいかなぁ。
粉末にしたら転売するのが簡単になってしまうし、成分がどうなるのかがわからない。 携帯用のスープとは訳が違うし。 でも、具合の悪い時にわざわざ買い物に行くのも辛いだろうなぁ……。
1人悶々と悩んでいると、私の様子に気が付いたお父さまと護衛組が事情を聞いてくれた。
「ああ、それなら大丈夫じゃないか? 金のあるヤツは誰かに買い物を頼むだろうし、金のないヤツ等は横のつながりが深いから、誰かが代わりに買いに行く。
アリスが心配しているのは金のないヤツ等の方だろう? アイツらはいつ必要になるかわからない物を“買い置き”なんかしないからな」
「そうね。普段は飲まない方がいいんでしょ? だったらあたしも買い置きはしないわ。 メンバーの誰かが必要になったら、ギルドかお風呂に行けばすむんだし」
そう言って笑う護衛組と頷くギルド職員さんたち。 庶民代表の意見が聞けて心強い。
「もう、心配なことはないかい?」
と聞いてくれるお父さまに、安心して詳しいレシピや取り扱いの注意点を説明する。
ギルドにはお父さまが登録してね! 検証実験の続きもよろしくです!
実は【鑑定】の結果で、ちゃんと効き目があることはわかったんだけど……。
頑張って走ってくれたギルド職員さんのこともあるし、この検証実験で効果を実感した方がいいよね?
ありがとうございました!




