試食会 2回目 4
走りに行ってくれた職員たちが戻ってくるのを待つ間、調理をしながら皆さんといろいろな話をした。
ミゲルさんに預けていた解毒薬と同じものを他の薬師に作らせたら、同じレシピを使って精製しても、植物の毒にしか効き目がないものができるらしい。 薬師スキルのレベルなのか純粋に込める魔力の量なのかは不明だが、レシピを公開しても実質は私の独占販売となりそうだ。
クリーン魔法をかけた水やミルクは、クリーンを掛ける人によって味のばらつきが出るが、それでも普通の水よりは美味しくなるらしい。 味にばらつきは出ても、雑菌のない安全な飲み物になることは変わらないだろうから問題はないだろう。 …多分。
あと、“入浴時のかけ湯と水分補給”について、サンダリオギルマスがいつも以上に熱心だったのにも理由があった。
幼い頃に自分をとても可愛がってくれていた叔母さまが、入浴時に倒れてそのままそのままお亡くなりになったらしい。 冷え込みの厳しい冬の朝だったそうだ。
叔母様の事を思い出して悲しげに視線を伏せたギルマスに、モレーノお父さまが、
「この情報を夜までにまとめて登録することができたら、今夜のディナーで陛下に買い取っていただく予定になっている」
と伝えると、ギルマスだけじゃなく、幹部たちが揃って色めき立った。
「国王陛下がお買い上げ!?」
「こうしちゃおれん! ミゲル、面貸せ! アリスさん、あの端っこのテーブルを使わせてもらうぞ!」
「私たちは先行登録がないかを確認してきますので、試食の料理ができる前には呼びに来てください! いいですね!? ちゃんと呼んでくださいよ!!」
しんみりしていた空気は霧散して、キッチンは慌しくも活気溢れる空間になっている。
「……お父さま、さすがです」
「見直したかい?」
「見直さないといけない所が見当たりませんが? お父さまへの尊敬は積もっていくばかりです」
「…………屋敷では敬語はやめておくれ」
お父さまは話の途中で急に黙り込み、少しだけ赤い顔で私の頭を撫でてから席に戻って行った。 ……変なの。
少し気にはなったけど、ベルトランギルドマスターと話している様子はいつものお父さまなので、人数分のカモミールティーの入ったティーポットだけを持って行って、後は調理に没頭することにする。
作りたいものが一杯ありすぎて、時間が足りないよーっ!!
サンダリオギルマスの指示で用意された12個のピッチャーの内6個にスポーツドリンクを、残りの6個にクリーン済みのおいしい水を入れてからしばらくすると、
「も、もどり、ましたーっ」
ギルドの周りを走りに行っていた職員たちが次々に戻って来た。
ギルマスは、最初にスポーツドリンクをおいしいと言った6人とおいしくないと言った6人を3人ずつに分けて4つのグループを作る。
おいしいと言った組とおいしくないと言った組の1組ずつにスポーツドリンクのピッチャーを、残りの2組には水の入ったピッチャーを1人に1つずつ渡して、それぞれが“おいしい、飲みたい”と思うだけ飲むように伝えた。
「美味っ! なんだこの水!?」
「なんだこれ!? いくらでも飲めそうなほど美味いぞ! こんなの初めてだっ」
外を走ってきた12人は訳が分からないなりに、それぞれグラスの中身を飲み干してはピッチャーからおかわりを注いで飲んでいる。
「もう満足か? 遠慮しないで、ピッチャーを空にしても良いんだぞ」
「そんなに水ばかり飲めませんよ~」
「いや、もういいです。 なんか美味くない…」
ギルマスが勧めても誰もグラスを手に取らなくなると、ピッチャーの中の残りを記入し始める。
みんなの視線を集めながら記入を終えると、ギルマスはとてもいい笑顔で、
「よし。 じゃあ、あと10周走ってきてくれ」
と職員さん達に告げた。
「は!?」
「俺らは今、戻って来たばかりっすよ!」
「ひ、人でなし! 人でなしがいるわ!!」
理由も聞かされずにただ走れと言われた職員さんたちはさすがに文句を言うが、
「この検証実験次第で、支部に臨時ボーナスを出せるか出せないかが決まるのになぁ~」
ギルマスがボソッと呟いたのを聞くと一斉に立ち上がり、機嫌良くキッチンを飛び出して行った。
……がんばれ~~っ!
それぞれのピッチャーを満たしてからまた調理に没頭していると、席に残っていた幹部の一人が近づいて来て声を掛けてくれた。
「随分とたくさん作るんですね? さっきからずっと動きっぱなしではないですか。 良かったらギルドの調理班を手伝いに呼びますよ?」
「ありがとう! これは登録とは関係のないものだから、気持ちだけもらうわ」
さっきまでひたすら取り組んでいたりんごの皮むきも終わり、今はクッキーの生地を捏ねているだけだ。焼くのはアルバロがしてくれているし、アイスとシャーベットはエミルとイザックがそれぞれ冷凍庫をフル稼働させて作ってくれているし、卵液に浸したままインベントリで放置していたたっぷりミルクのふわとろトーストはマルタがすっかり慣れた手つきで焼いてくれている。
頼りになる護衛組が手伝ってくれているから十分だ。
「アルバロ! そのクッキーが焼けたら次はトマトの肉詰めを焼いてくれる?」
「クッキーはもういいのか?」
「生地を少し休ませた後にまた焼いてほしい」
幹部は肉詰めされたトマトを運ぶアルバロの背中を見ながら、また口を開いた。
「アリスさんは先ほども、調理をしながらギルマスの質問によどみなく答えていたが…。 先ほどアリスさんが話してくれた情報は、アリスさんにとっては片手間に話せる程度の話だということですか?」
「……真剣に聞いてくれていた皆さんに対して失礼だったわね」
改めて言われてみると、今夜の食事会まで時間がないというのは私の都合であって商業ギルドには関係のない話だ。
相手の顔も見ずに話をするなんて、話を聞いてくれている人たちを前に取る態度ではなかった。 ……今もだけど。
手を止めて幹部さんの顔をじっと見つめると、幹部さんは慌てて顔の前で手を横に振った。
「いいえ。事情はギルマスやモレーノさまから聞いています。 今夜の食事会の料理と、明日からの旅の為の携帯食を作っているのですね? ……携帯食というにはあまりにも豪華ですが。
この試食会もアリスさんが予定していたものではなく、うちのギルマスが無理を言ったと聞いていますよ。 ですのでどうぞ、遠慮なく手を動かしていてください」
幹部さんは私の非礼を咎めに来たわけではないらしい。言葉通りに受け取って、遠慮なく煮ボアの鍋の様子を見に生かせて貰う。
えっと、入浴方法の話だったかな?
「先ほどお話した内容は、故郷ではほぼ常識だから。 温泉や公衆浴場に注意書きとして書いたものを貼り出している所もあったし、かけ湯用のお湯場…、入浴用のお湯より少しだけ温度が低いお湯場が浴室の入り口付近にあるのも珍しくなかったの」
うん、いい味になってる♪ 煮ボアの味見をしながら説明をすると“故郷では常識”と言った事に衝撃を受けたらしく、幹部さんが固まってしまった。
「だから、私の名前で登録するのも、ちょっとおかしな話っていうか…。 ズルイ話なんだよね…」
自嘲気味に笑ってしまうと、ちょうど焼きあがったクッキーを持ってきてくれていたアルバロが私の肩に手を置いた。
「常識ってことは、みんなが知ってるんだよな? それは誰か個人のものじゃないってことだろ? ここでは、そういう場合は“早いもの勝ち”なんだよ! ここじゃあ、子供でも知ってる“常識”だぞ?
ハクとライムも聞いておけ。これがここの常識だ! アリスが登録をしないと、アリスの話を聞いた誰かが自分のものとして登録して金を手に入れるんだ。
ご主人さまが登録を渋ってたら、おまえ達が背中を蹴ってやれ!」
「にゃん!!」
「ぷきゅっ!!」
アルバロの言葉に幹部さんは大きく頷き、従魔たちは力強い鳴き声を上げる…。
やめて、アルバロ! そんなことを言ったら、この仔たちは本当に私を蹴りにくるから!!
ありがとうございました!




