試食会 2回目 2
「家で手軽にチーズが作れるのは素晴らしいな! カッテージチーズは登録だろう」
「カッテージチーズを使ったトーストをもう一度食べたいが、登録対象外なんだよな……。残念だ」
「粉スライムジェルは当然登録よね! スライムからあんなに美しくて美味しいデザートができるなんて…!」
「まよねーずは素晴らしい調味料だ! だが記憶に引っ掛かっている気がするんだよなぁ。 ……詳しく調べないといけないから保留にしよう」
「調べている間にアリスさんはいなくなるぞ? 同時に登録の準備をしておいて方がいいだろう」
「では卵サンドやポテトサラダも保留になるのかの? もう一度食べたかったんじゃが…」
「2つとも登録の方向でいいんじゃない? どこかで登録があったら、その時に却下すればいいんだし」
「アイスクリームは夢のようなデザートだ! ……氷魔法を使える引退冒険者は<冒険者ギルド>が再登録させて囲い込んでしまったな。 先を越された」
試食が終わって皆さんが何を登録候補にするか検討している時間、暇な私はキッチンを使って食事会の仕度をしていた。
野菜を切ったり肉を捏ねたりしていると、ギルマスが調理補助班を呼ぼうと言ってくれたが丁重にお断りをする。 時間的に、レシピ登録の候補を増やしたくはないからね。
ギルマスが残念そうな顔をすると、デザートを食べ終わった護衛組がお手伝いを申し出てくれた。
「今夜のお別れ会に出す料理だから、ゲストのみんなに手伝ってもらうのも…」
と躊躇していると、
「だったらなおさら手伝わせてくれよ! 俺たちだって数日間を一緒に過ごしたアリスの為に何かしたいんだぞ?」
と言ってくれたので、お願いすることにした。
「お湯を沸かしてこの切っている野菜を茹でて欲しいな。 水はこの寸胴に出して置くから」
「ここにゴーダチーズを出して置くから、全部摩り下ろしてくれる?」
「カットしているパンは、オーブンでこんがりと焼き目をつけて」
「この肉団子とオーク肉をフライパンで焼いてくれる? オーク肉は6面全てをカリッとね!」
「ハクとライムはみんなの応援係ね! がんばれーって応援するの。 よろしく!」
遠慮なくみんなに作業を割り振った後、ソースを作ったり挽肉をキャベツで巻き巻きしていると、サンダリオギルマスがリストを片手に近づいて来た。 ……私の手元を見る目が輝いている。
「それは間違いなく新作ですね!? ぜひ」
「しません!! 今日はこれ以上の登録はしないから! ……夜までにやりたいことがいっぱいで、時間に余裕がないの!」
登録をすげなく断ると、ギルマスはとても残念そうな顔になったがそれ以上は何も言わず、登録予定の料理リストを私に渡すとすごすごと席に戻って行った。
……時間がない事を理解してくれていて助かるよ! 今夜を楽しみにしていてね?
ギルマスの背中が寂しげで何となく見送っていると、モレーノお父さまが試食席に近づいて何かを話し始めた。 ベルトランギルドマスターがお父さまの為に椅子を持って行き、そのままお父さまの後ろで話を聞いている。
ドアから前回の試食会でも見た顔、レシピ班と調理補助班が入ってきたので調理途中の食材などを片付けようとすると、
「アリスさん! 先にお聞きしたいことがありますので時間をいただきます。 ギルド職員はもう少し控え室で待機していてくれ!」
ギルマスがお手伝い要員を部屋から出してしまった。
「……?」
「アリスさん! 風呂での突然死の予防について、詳しく話を聞かせてください!」
不思議に思っている私にギルマスが叫ぶように言い、幹部たちが一斉に立ちあがりこちらに近づいてくる。 …変な迫力があって、ちょっと怖い。
「ストップ! それ以上は近づかないで!」
「どうしてです!? クリーンをかけてもらった後はキッチンから出ていないので、私たちは清潔ですよ!」
ギルマスとギルマスの言葉に“うんうん”と頷く幹部たちに、調理をしながらでも話はできるからこのまま作業と続けたいこと、そして、調理の邪魔になるからあまり近くに来ないで欲しいことを説明して納得してもらった。
最初にお父さまから説明をしてもらって、その後に疑問点などを言ってもらったら私が答える形にしてもらうと、それまで私に向いていた視線が一斉にお父さまに向いた。
私は少し怖く感じたけど、お父さまは突き刺さる視線を何とも感じていないように、真摯でいて穏やかな表情で詳しく話し始めた。
調理しながら聞いていると、昨夜私が話したことをきっちりと説明してくれているので、私からは特に話す事はなさそうだ。
安心して調理を続けていると、お父様の声にギルマスの声が混じり始めた。質問があるらしい。
手ぬぐいでマスクの代わりに口元を覆うように縛り、話す準備をすませてから茹でた野菜を生ハムで巻いていると、近距離なのに叫ぶように私を呼ぶギルマスの声がした。
「アリスさん! ヒートショックとはなんのことですか!?」
「急激な温度の変化で身体がダメージを受けること。 寒い日にいきなり温かいお湯に入ったりすると起こりやすい」
「それが“かけ湯”と“水分補給”で防げると?」
「ん~…。かけ湯で体を温めておくことで、血圧の急激な変化を防ぐの。 かけ湯をしないでいきなりお湯に入ると血圧が30~50くらい上がるって言われてて、血圧が上がると血管に負担がかかって破れたり血液が詰まってしまうことがある。
この症状が脳や心臓で起こったら、体に深刻なダメージがかかって突然死の原因になるんだけど、血液そのものを詰まり難くするために前もって適量の水分を補給して血液をさらさらにしておくと、血管へのダメージが減らせるの」
ってテレビとか健康雑誌に載ってた。
「……“ケツアツ”とはなんですか? 上がると良くない理由は?」
「心臓から送り出された血液が血管の壁に与える圧力のこと。上がると血管に負担がかかる」
「なんと……。 ではその“ケツアツ”はどうやって調べるのですか?」
血圧の測り方? 病院で看護師さんが聴診器で測ってくれたり血圧計で測るんだけど……。
「私は測り方を知らないの。故郷では専門の道具を使って専門の人が計ってくれていたし…。 ごめんなさい」
肝心の血圧の測り方が分からないと困るよね……。
「……ケツアツというモノがあり、上がると危険という事は確かなことなのですね?」
「うん、それは確かな話」
高い血圧を下げる薬があったし、血圧が高いのは良くないことだってみんなが知っている常識だった。
「水分とはアルコール以外でしたね。コップ一杯程度の水と聞きましたが?」
「温かい白湯だと体の中から温めてくれるからもっといい」
「それは風呂に入る直前に?」
「ううん、お湯に入る15分くらい前が望ましい。 お風呂では意外に汗をかいているから、お風呂から出た後にもコップ一杯程度の水分を補給してね。これは好みの温度で大丈夫」
護衛組ができたものを次々に持ってきてくれてインベントリにしまう間も、ギルマスの質問は止まらなかった。
「かけ湯とは入る前に体にお湯をかけるだけで良いんですね?」
……う~ん。 かけ湯はちょっと難しいかもなぁ?
「アリスさん? どうされました?」
「ん~…。 かけ湯はね、本来は少しぬるめのお湯を心臓から遠い足元から順番に下半身を5~6杯、順に腰、お腹、肩から背中にお湯を2~3杯かけた方がいいの。
あと“かぶり湯”っていって、頭からお湯をかぶる事もおすすめなの。 かけ湯の後に10~20杯ほどを頭からかぶるんだけど……」
「ああ、それは難しいですね…。 それでは浴槽のお湯がなくなってしまう」
「うん…。でもね、かけ湯って5回以上はしないとあんまり意味がないんだ…。 2~3回だとかけ湯をしない時と同じくらいに血圧が上昇するの」
「ふむ……。 難しいですなぁ……」
サンダリオギルマスの怒涛の質問タイムが終わったら、今度は2人で頭を抱えることになってしまった。
……私の手は調理を続けているんだけどね。 気分的なもので。
それにしても、本当にどうしたものかなぁ……。
ありがとうございました!




