旅立ちの前はすることがいっぱい!
約束の時間より少し前に商業ギルドに着くと、試食会会場のキッチンではなくギルドマスター室に通された。
部屋の中にはサンダリオギルマスと不動産部門のセルヒオさん、ティト裁判官とウーゴ隊長が待っていて、私たちが椅子に座るなり“清算”が始まった。
まずはセルヒオさんが盗賊団の首領の家の売買契約書を取り出し、契約を締結させる。
「家の状態は最後にわたしが見た時と変わらずに維持されていたので、最初の査定額の1,650万メレから壁の修理費の150万メレを引いた1,500万メレです」
と言ってセルヒオさんがテーブルに置いたのは、300万メレが入った5つの皮袋。 1人1袋ずつ受け取って終了。 分ける手間もかからずにスムーズだった。 さすがはセルヒオさん!
次に話し出したのはティト裁判官。 盗賊たちを犯罪奴隷として売却したので、その売り上げを持ってきてくれたらしい。
「アリスさまを襲った盗賊団から死亡した2名を除いて43名と盗賊宿で捕縛されていた2名と首領の愛人。この女は愛人というだけではなく盗賊団の情報収集係でもあったので、犯罪奴隷になりました。 そこにダビとアリスさまを襲った冒険者1名で合計が48名。
アリスさまが盗賊たちの怪我を治療されたので、鉱山行きの犯罪奴隷の値の満額の1人10万メレを48人分で合計480万メレです」
そう言ってティト裁判官がテーブルに乗せたのは大きな皮袋。 分けやすいように細かいお金で用意してくれたらしい。 モレーノお父さまが目をかけるだけあって、ティト裁判官もなかなかの気配り上手だ。
「じゃあ、ダビとアリスを襲った冒険者はアリスの取り分で20万メレ。 残りの460万メレを頭割りで92万メレね」
マルタが手早く分けてくれた私の取り分112万メレを受け取って、インベントリに放り込む。
「これって、一応冒険者としての稼ぎだよね? まだ登録前だけど」
「ああ、盗賊退治は冒険者の仕事でもあるぞ! 実感が沸いたか?」
ここの所は冒険者活動以外での収入が続いていたから、なんだか新鮮な気分だ。
「うん。 <治癒士>でも<商人もどき>でもない、<冒険者>としての稼ぎは久しぶりだよ。 ……ネフ村で魔物肉を販売したのは冒険者の仕事でいいんだよね?」
「自分で倒した魔物の肉だよな? 大丈夫だ、アリスは立派に冒険者だぞ! 後は登録するだけだな」
アルバロが、一瞬だけ微妙な顔をしたけど大丈夫だと言い切ってくれたので、今回の仕事は“久しぶり”の冒険者らしい仕事だと認識しておく。
最初は冒険者なんてできるのか!?って思っていたのに、今では冒険者として働きたいと思っているんだから不思議なものだ。
自分の心の動きがおかしくて笑ってしまうと、サンダリオギルマスが残念そうなため息を吐いた。
「商人や治癒士の何が気に入らないのか…。 アリスさんは冒険者にどんな思い入れがあるのでしょうなぁ…」
商業ギルドのギルドマスターとしては、片手間に商売をされるのは嬉しくないんだろうなぁ。 …黙って笑っておこう。
私が応えるつもりのないことを悟ったギルマスは、一つ咳払いをしてから護衛組に向き直った。
「では、次は皆さんに商業ギルドで<登録>をしてもらいましょうか!」
「「「「は?」」」」
“理解できない”と顔に書いた護衛組を見て、ギルマスは楽しそうに説明を始める。
一番初めに情報登録した“ミルクの殺菌の方法と効果”や“殺菌という概念”の情報の取り扱いが、最初の想定とは違う方向に動き始めたらしい。
町ぐるみでミルク製品を特産化する動きがあるために情報の買い取りではなく継続的に使用料が入ってくる形になるので、冒険者としてではなく商人としての口座を作っておいた方が、パーティーリーダーであるアルバロとマルタはパーティーメンバーとの確執の可能性を潰せるとギルマスは考えたらしい。
納得したみんなはあっさりと登録作業を終えてしまう。
(針で指を刺すのがイヤだってゴネたアリスとは大違いにゃ!)
……うん、言われると思った。 みんなに比べると私は注射を嫌がる子供みたいだった自覚はある。 でも、嫌なものは嫌なの!!
ギルマスの話に区切りついた所で、モレーノお父さまはティト裁判官とウーゴ隊長を部屋から出した。
“試食会の開始がもう少し遅れると幹部たちに伝える”という名目だが、2人を一緒に行かせたことで内緒の話が始まることは明白だ。
「先に裁判所へ戻る」と言ったティト裁判官にお父さまが「キッチンで待っていると良い」と言っていたから、ティト裁判官も試食会に参加することが決定した。
“私を聖女として教会に”と画策していたことがバレてしまったティト裁判官はバツの悪そうな顔をしていたが、悪意があったわけではないようだし、私は自由を奪われることなくモレーノお父さまという後見人を得ることができたので、問題はない。
にっこりと微笑みかけると安心したように表情を緩めたティト裁判官は、笑いを噛み殺しているウーゴ隊長と一緒に部屋を出て行った。
モレーノお父さまがネフ村のカモミールティー生産のことや村長の事を含めた村の現状の話をしている間、サンダリオギルマスは黙って最後まで聞いていた。
最後まで聞いてからいくつかの確認をして、しばらく考え込むと私の顔を見てため息を付く。
「アリスさんは女神からどれだけの寵愛を受けて生まれたのか……。
アリスさんにとっては些細なことが、村を大きく発展させるんだということを理解していますか?」
「……? 村を大きくするのはマルゴさん一家とルベンさん一家が中心となってすることだから私には関係ないし、その辺に転がっている情報がマルゴさんやギルマスのように才能のある人が見て初めて価値を持っただけのことでしょ?」
マルゴさん達がこれからする努力までが私の手柄にされたくないので、きっちり否定したけど、ギルマスは聞いているのかいないのか…。 お父さまと視線を交わして何か頷きあっているので、今は追及しないことにする。
「サンダリオ、君はどう思う?」
「村長とその取り巻きの幹部たちは、利を得ることに手段を選ばない性質のようですな…。
マルゴ殿やルベン殿の権利を守る為には、マルゴ殿とルベン殿の名で仮登録をすませた方がよろしいかと…」
仮とはいえ、当人たちに連絡もしないで勝手に登録をして良いものかと一瞬だけ迷ったけど、ギルマスの説明を聞いて納得した。
このギルドで実績のある私が仮登録をすることで、マルゴさん達が本登録に来るまでの時間を通常より長く待ってもらうことができるらしい。
仮登録を行うことで村長やその一派が登録に関する権利を盗もうとしてもできなくなる。 これはミルクの殺菌の情報をヘラルドたちから守ったことで実証されている。
そして、私が心を動かしたのは、村長一派が権利を盗もうとしない限り、私が仮登録をしていることをマルゴさん達が知ることはないということだ。
窓口にマルゴさんかルベンさんのどちらか一方でも来たら、そのまま普通の登録手続きをしてくれるらしい。
村長一派が何もしなければ、私が余計なことをしたとマルゴさんに知られることはないし、村長一派がしでかした時には、念の為だったんだと言い訳ができる。
また、モレーノお父さまが叙爵したら執事さんが領主交代のふれを出しに村へ行くので、その時に理由を付けてギルマスが同行し、直接カモミールの栽培を見てからマルゴさん達に登録を勧めてくれることで、私が仮登録をしたことがマルゴさん達に知られることなく、スムーズに話を終える可能性が高くなるという事だ。
ほんの少しの迷いには目を瞑って、カモミールの件に関する仮登録をすませた。
さて、ここから先は商人としてのお仕事だ! がんばるぞ~♪
ありがとうございました!




