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モレーノ邸 7

 言わなければいけないことはすべて言って穏やかな気持ちでデザートのフィナンシェと紅茶をいただいていると、ずっと黙っていたイザックがポツリと言った。


「モレーノさまとアリスって、他人行儀だよな?」


「「え……?」」


「このお屋敷の中でアリスは“お嬢さま”って呼ばれてて、執事殿も“この家のアリスさま”って言ってるわりに当の本人たちは2人して敬語だし、アリスなんてモレーノさまの事を“裁判官”って呼んでるし……。 なんか違和感が……」


 イザックが呟くように言うと、執事さんがこぶしを握って、


「イザック様! よくぞおっしゃってくださいました!!」


 小さな声で感謝を伝えていた。 どうやら執事さんも気になっていたらしい。


「そういえば、モレーノさまはアリスにだけ丁寧な口調だし、“娘”って言っていたのにまだ“さん”付けで呼んでいるわね」


 イザックに釣られたのかマルタまで疑問を口にするので、私と裁判官は目を合わせて固まってしまった。


 しばらく見つめあったあとどちらともなく笑いを浮かべ、


「えっと、おかしい…かな?  裁判官だって自分のお兄さんのことを“陛下”って呼んでるんだから普通じゃない?」


「ええ、おかしくはないですよ?」


 いきなり呼び方を変えるのが気恥ずかしかったので、2人で普通だよね~?とごまかそうとしたが、


「おかしいでしょ? せめてお互いに名前呼びとか」

「そうだな。言われてみるとよそよそしいな」

「モレーノさま! これを機に、本当の親子のように名前を呼び捨ててみては?」


 護衛組に“おかしい”認定をされてしまった。


「アリスもほら! “お義父さま”って呼んでみろよ!」


 みんなは私たちを“親子”という型に嵌めたいらしくせっついてくるけど、言われれば言われるほどに照れくさい……。


「裁判官はまだ若いんだから、どう見ても“お兄さま”にしか見えないよ~?」


 若いモレーノ裁判官を父と思うのと、父と呼ぶのとではナニカが違うというか…。 何とか話を逸らそうと頑張ってみたら、肝心のモレーノ裁判官に裏切られた。


「いや、私は兄ではなく父と呼ばれたい……」


「ほら、アリス! モレーノさまもこう言っているんだ! 頑張れ!」


「でも、この話は私たちの間だけの話で実際には養女になるわけでもないし、対外的にどうかな~?って…」


 考えてみれば、世の中には「娘には母親が必要」と言って縁談を持ち込むケースだってあるわけだし。 まだ若い裁判官のイメージにだって傷が付くかも知れないし?  


 うん、今のままがベスト! と1人納得していると、


「旦那さま! なぜでございますか?  なぜアリスさまを養女になさらないのです!?」


 客の前だというのに取り乱した執事さんが、裁判官に詰め寄っていた。


「アリスさまのお人柄、教養、美貌はどうしたって隠しようがございません!  わたくしには他家の若造がアリスお嬢さまに惚れ込む姿が容易に想像できます。  

 お嬢さまが若造に掻っ攫われてこの家にお戻りにならなくなったら、どうなさるおつもりですか!?」


「フィリップ、少し落ち着け!  ……私だってアリスさんを養女として迎えたい。 だが考えてみろ。アリスさんの実家がアリスさんを手放すと思うか?  

 今は何か事情があって旅をしているようだが、さっきまで身に付けていた装備のどれを取っても、ご家族がアリスさんを愛しているのが伝わってくる逸品ばかりだぞ」


 ……この世界に家族はいないし当然実家なんてないんだけど、今は言わない方が良さそうだな。 言ってしまうと、まだ若い裁判官が本気で私を養女にしてしまいそうだ。


 黙って2人の話を聞いているとどんどん“私”が美化されていて、別の人の話を聞いているようだった。 特に執事さんの誤解が酷い。


 支度中に初めて鏡で見た私の姿は、ビジューが創っただけあって確かに美しい髪や肌に長い手足をしていたけど、顔は元々の私の顔立ちだった。 肌質がよくなった分だけ綺麗になった印象はあるが、美貌というほどのものではない。


 人柄は普通。…悪くはないはずだけど、それでも普通。 教養はこの世界の一般常識がかけている分、あやしい。


 執事さんは誰の話をしているんだろうなぁ……?


 他人事のように話を聞いていると、マルタが呆れたようなため息を吐いて2人の話に参加した。


「モレーノさま、アリスの顔を見てください。 あれは絶対に自分のことだと思っていない顔です。

 ……アリスは自己評価が低い、というか、自分の価値を理解していないので、紐を付けておかないと危険だとアタシも思います」


 紐って…、何の紐のつもりだろう。 私はしっかりと地に足をつけているつもりだけどな!


 心の中で反論している私に構わず、アルバロ・エミル・イザックが大きく何度も頷いているのを見て愕然とした。 


 えぇぇ…、私って、そんなにふわふわしていると思われていたの!?











「あ、アリス…」


「お、お義父さま…?」


 あれから私と(食事に夢中な)従魔を除いたみんなで話し合った結果、対外にも関係を印象付けた方が良いという事になり、呼び方を変えることになった。   


 ……対内はともかく、対外的には後見人と被後見人だったはずなんだけどなぁ。


 で、みんなの見守る中、呼びかけの練習中なんだけど…。


「……それは発音が違う」


「で、では、お父さま……?」


「お父さまと呼ばれたぞっ…!」


「よろしゅうございましたねぇ、旦那さま!」


 これが思った以上に恥ずかしい! でも、モレーノ裁判官主従の嬉しそうな反応をみてしまうと、もう元には戻せそうになくて……。


「アリスさん、もう一度、父と呼んでください」


「裁判官が私を呼び捨てにされるなら…」


 といった具合に、しばらくはお互いに呼びかけ続けることになった。


 何回呼んでも、やっぱり照れくさいなぁ……。


ありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[一言] 「アリスもほら! “お義父さま”って呼んでみろよ!」 養子縁組もしていないのに、「お義父さま」と呼んでもおかしくないの?愛称のような感じなのかな。
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