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モレーノ邸 4

 モレーノ裁判官の声にバツが悪い思いで振り返ったけど、裁判官はにこにこと穏やかに笑っている。


「実は私も緊張しているのですよ」


 どう見ても裁判官が緊張しているようには見えないけど、裁判官の後ろに控えていた執事が微笑みながらティーカップを用意するようにメイドに指示を出してしまった。


 食事が遅くなっても良いのか? 用意をしてくれている料理人たちは困らないのか? と戸惑っていると、お風呂上りにすぐに食事をするつもりは初めからなくて、この時間に食堂に集まったのは、食前のワインタイムの為だったと裁判官が教えてくれたので、安心してお茶を注ぐ。


「ああ、やはり爽やかないい香りです。 食前のお茶もいいですね」


 モレーノ裁判官が嬉しそうに微笑むと執事も興味を覚えたらしく、ほんの少しだけ目元が動いた。


 余計なお世話かな?と思いながらもカップを一組取り出してお茶を注ぎ、きっと主人とは同席しないだろうと思い、立ったままの執事にカップを差し出した。


「わたくしにでございますか?  過分なことゆえお気持ちだけ頂戴いたします」


 案の定、執事は受け取ろうとはしなかったけど、裁判官が「おまえも味を覚えるといい。私の最近の気に入りのものだ」と言うと素直に受け取ってくれる。 


 主人の新しい好みを覚えるのが嬉しいのか目をキラキラさせているのに、みんながお茶を口にしても執事さんは穏やかな表情でカップを手にしたまま口をつけようとしない。 


(ありすは飲まないのにゃ~?)

(ん? 飲むよ~。 …あっ!)


 やっと思い当たって急いでカップを口に運ぶと、執事さんもお茶を口にした。  


 う~ん、職業意識が高いな! 気が付かずに悪いことをしてしまった。 今度からはもっと気をつけよう……。


 心の中で反省していると、執事さんが“ほうっ”っと深く息を吐く音が聞こえる。


「なんともやさしい味わいのお茶でございますね。 甘い香りに淡い色合いでご令嬢やご夫人だけでなく、疲れを感じている方にも喜ばれましょう。 

 ……どちらでお買い求めになったかお聞きしてもよろしいですか?」


 執事さんはたったの一口でカモミールティーの分析をする。 カモミールティーの色々な効能の中でも有名な“リラックス効果”は執事さんの思ったとおり、疲れを癒してくれるだろう。


 優秀な執事さんが入手しようとしていることからも、カモミールティーが“売れる”と手ごたえを感じて嬉しくなった。


「まだ販売はされていないのですが、遠くないうちにネフ村から販売されるか情報が登録されると思います」


 綻ぶ口元を隠せないままに執事さんに答えると、


「なるほど。これがネフ村を豊かにするのですね? 村長の姉一家が忙しくなるかもしれないというのはこの件ですか……。 近いうちに信頼できるものを視察に向かわせましょう」


 モレーノ裁判官がピンと来たようだ。 私が返事をしようとするのと同時に入室してきたメイドさんに、


「お食事の支度が整いました」


 と声が掛けられたので、先に食事をすることにした。











 食事はコース形式になっていて、モレーノ裁判官がきちんと指示してくれたらしく従魔たちの分も用意されていた。


 序盤からメインとなりそうなボリュームの皿が出てきたので、イタリア形式なのかな?


 ここ(ビジュー)に来て始めてのコース料理なので量の予想ができないけど、この町で係わった人たちの食事から推測して、それなりの量が出てくると思われる。


 ビジューから貰った【太らない体質】に感謝をしながら料理を堪能していると、小さな声で私の名を呼んでいるのが聞こえた。


「アリス……、アリス…!」


「…どうしたの?」


「あたし、こんな食事は初めてで、マナーとかよくわからないのよ…っ!」


「……?」


 これまで一緒に食事をしてきて、マルタのテーブルマナーを悪いと思ったことはない。 普通にナイフとフォークを使って食事をしてきたのだから、何も問題はないと思うんだけど…?


 不思議に思いながら護衛組を見てみると、イザックもマルタと同じ困ったような表情で私を見ていた。


 改めてテーブルと料理を眺め、何が引っ掛かっているのかを考える。


「もしかして、どのカトラリーを使ったらいいのか迷ってる?」


 小さな声で聞いてみると、こっくりと頷きが返ってきたので安心した。 フランスのフルコースほど多くないから大丈夫だ。


「お皿がくる毎に外側から順番に使えばいいだけだよ。 それでも不安なら、この場で位が一番高いモレーノ裁判官が何を使っているかを見ればいいの」


「この骨が付いている魚は?」


「これも裁判官の手元を見て真似すればいいの。 2人とも普通にカトラリーを使えるんだから、難しく考えなくても大丈夫!

 …知能のある魔物の討伐と一緒だよ。 どこを見ているかわからないように観察するの。そして真似をするだけ。 ただ手元を見るのが不自然だったら、何か話題を振ると自然に相手に注目できるよ」


 言いながら、ことさらにゆっくりと魚の身を切り分けて見せる。


「「……」」


 モレーノ裁判官ではなく私の手元をじっと見ている2人に、意識的にゆったりと笑いかける。


「出された食事を美味しくいただくことと、一緒にいる人に不愉快な思いをさせないこと。この2つは2人とも自然にできていたから、今日は普通に食べていて大丈夫だよ。

 だって、ここはモレーノ裁判官のお家だもん。 ここには少しの失敗をあげつらうような意地悪で根性の曲がっている人はいないよ?」


 言い終わるなり魚を口に運んでゆっくりと味わう。 2人から感じる視線はしばらく放置で、魚を飲み込んでからワインをゆっくりと一口。


「うん、おいしい♪」


 味に満足して微笑むと、あちこちから小さなため息の気配が……。 あれ?


 視線を上げると、メイドさん達が居住まいを正す姿が目の端に映った。


「……申し訳ございません、お嬢さま。 はしたなくもお嬢さまとお客さまの会話を聞いてしまったメイドたちは、お嬢さまから信用していただけたことを喜び、当家の食事がお嬢さまのお口に合ったことに安堵したのでございます。 

 無作法をお許しくださいませ」


 執事さんが頭を下げるのと同時に部屋に控えていたメイドさん達も頭を下げる。


 小声で話していたから大丈夫だろうと思っていたんだけど…。 マルタとイザックが恥ずかしい思いをしていないかと2人を見ると、特に気にした様子はなく、魚の身を切り分けるのに集中していた。


 2人の様子に安心して、気にしなくてもいいよ~とメイドさん達に微笑んで見せるのとほぼ同時に、私のお皿から魚がなくなった。


「……お嬢さまの笑顔の美しさに見惚れただけの者もおりますが」

「あっ、こら! ハク、お行儀が悪いよ!」


(おいしく食べるのにゃ♪)

(はく、はんぶんこしよ?)


 ハクを叱っている時に執事さんが何かを言っていたようだけど、よく聞こえなかった。 


 執事さんを見ても、表情を消して静かに佇んでいる姿からは何を言ったのかはわからなかったけど、モレーノ裁判官が楽しそうに頷いているのが見えたから、きっと2人の会話で私には関係のない話だったんだろう。 気にしないことにする。


 ……ハク? 今回のお行儀の悪さは見逃せないよ? 今夜はお説教だからね!


ありがとうございました!

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