モレーノという男性(ひと)… 2
モレーノ裁判官は今の王様の同母弟だが、王様とは親子ほど年が離れているものだから、随分と可愛がられて育ったらしい。
幼少の頃から優秀だったモレーノ王子には条件の良い縁談が降るようにあったが、当人は同盟国の王女との恋を大切に育んでいた。
王女の国は同盟国ではあるが小国だった為、父である当時の国王は自国の有力な貴族の令嬢との婚約をまとめようとしたが、モレーノ王子は年に一度、自身の誕生パーティーで会えるだけの王女への想いを変えることはなかったので、当時すでに王太子だった兄王子(現国王)が「自分が国を富ませるから、弟には政略結婚は必要ない!」と父王に掛け合ってくれて、無事に王女との婚約がまとまった。
王女との婚約に力を貸してくれた兄王子に感謝していたモレーノ王子は、兄王子が王になった時に役に立つ人材になろうと自分を磨き続けたのでますます自身の価値を上げることになり、結婚前から側室候補が列をなすほどだったが、モレーノ王子はどんなに美しく賢い令嬢にも心を奪われること無く、一途に王女だけを想い続けていた。
月日が経って王太子だった兄王子が国王になる頃には、モレーノ王子はその実力を国内外に知らしめるほどになり、何もかもが順風満帆だった。
兄王に溺愛されるだけでなく、国王の補佐として重臣たちにも頼りにされる充実した日々の中、最愛の王女との結婚の為に王女の部屋、庭、衣装、使用人などを全て揃え、後は愛する王女が嫁いでくる一月後の結婚式を待つばかりの頃、幸せに包まれていたモレーノに一通の連絡が届いた。
王女が原因不明の病に罹り、危篤状態だという。
周囲の反対を押し切って王女のもとへ駆けつけようとしていたモレーノだったが、城を出た所で王女の国の使者から続報がもたらされた。 ……王女が亡くなったというものだった。
そのまま王女の国へ馬を走らせようとしていたモレーノを、当然周囲は止めた。
「移る病だったらどうするのか」と言われ、己だけなら王女と同じ病に罹って死ぬのも本望だったが、幼い頃より自分を可愛がってくれている兄王、国をより良くしようと共に励んできた重臣たち、王家が守るべき民のために、王子は身を切る思いで最愛の王女に別れの挨拶に行くことを諦めた。
王女を亡くした失意の中、喪に服しながらも国の為にと懸命に働くモレーノだったが、周りは優秀で現王に溺愛されている王弟のモレーノを放っておいてはくれなかった。 公務で訪れる先々に自薦他薦の妃候補が待ち構えていて売り込み合戦が始まる。
妻となる予定の女性を亡くした男への気遣いなど欠片も無くあの手この手で近づいてくる女性に好意など持てるわけもなく、心が休まる暇もないモレーノはどんどん追い詰められていった。
そんな時に、王家所有の領地で隠居生活を謳歌していた父が突然王宮に現れ、とある令嬢との縁談を勝手に進め始めた。 父は末の息子の優秀さに目をつけ、令嬢は王妃と呼ばれたい、令嬢の父は国王の外戚になりたいという欲を隠すことなく、兄王の息子を押しのけてモレーノを王太子として立てようと画策し始めた。
兄王の第一王子はモレーノによく懐いていたし、モレーノも第一王子のことを可愛がっていたので、父たちの行動は許せるものではない。
さっさと継承権を返上するために臣籍降下を兄王に願い出た。 王弟として王家に残って欲しいと願う兄王を説得するのは大変だったが、最後は“他国に出奔する”と脅してやっとの事で王位継承権を放棄したが、それでも公爵夫人になりたいと望む令嬢は後を絶たず、公爵位すらも返上して裁判官となり、この町に赴任してきた。
という事らしい。
王様の発言に驚いた私・マルタ・イザックの為に宰相が話してくれた内容は私には切なく腹立たしく感じるものだったが、モレーノ裁判官が穏やかな表情をしていたので、何とか冷静に最後まで聞けた。
「だからアリス殿が王弟の守り宝石であるターフェアイトを身に付けているのを見て喜んで早合点をしてしまったのだ……。 どうか、許されよ」
王様がシュンとしたままで謝ってくれる。 悪気があったわけではないからもういいかな?と思っていることを王様に伝えようとしたら、こちらを向いていたモレーノ裁判官の口元が動いているのが見えた。
「………ヒドイワ、コノクニノオウハオトメゴコロヲモテアソブノネ?」
「うっ! ゴフッ!! コンコンッ! あ、いや、すまぬ! 申し訳なく思っておる!」
「……モレーノサイバンカンノイシモカクニンセズニイキナリソンナハナシヲスルナンテ、ミガッテガスギルノデハナイデスカ?」
「そ、そうであるな! 先に確認をすれば、モレーノの心の傷を掻き毟ることも、アリス殿の心を煩わせることも無かった。 本当に申し訳ない!」
「アリス殿、我が国の王が本当に申し訳ないことをしました。 愛する弟の為にと気が逸ってしまっただけで、陛下に悪気は無かったのです」
王様はあたふたしながら謝ってくれるし、宰相も一緒に謝ってくれる。 少しだけ気の毒になってきた。
「シャザイヲヨウキュウ…? いや! もう、十分に謝ってもらったので、いいです。 許してあげましょう!?」
「は!?」
「な…!?」
「ふふっ、アリスさんはやっぱり甘いですね? こんな時はきっちりを詫びをして貰わないと損をしてしまいますよ?」
「モレーノ!?」
「モレーノさま!?」
どうやら裁判官も怒ってはいないらしい。 私を腹話術の人形にして遊んでいただけのようだ。
これ以上の賠償なんて要求したら働かずに遊んで暮らすことを覚えてしまいそうだったから、裁判官の冗談で本当に良かったと胸を撫で下ろした。 が、
「モレーノが言わせていたのか! アリス殿に許してもらえたのは嬉しいが、予の反省はきちんと何かで表さないとな。
そうだ! 王都に屋敷を用意しよう!」
「陛下、屋敷には使用人も必要です。 使用人はわたくしが用意いたしましょう!」
王様と宰相が立て続けに私の心に爆弾を投下する。 もう、いい加減にしてほしいなぁ………。
ありがとうございました!




