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賠償を求める“話し合い” 7

「ほう? 年間の税収の1/5が自らの引退の回避と同等の価値だとは……。 子爵の地位は随分と安いらしい」


 それまでの丁寧だった口調を少しだけ雑なものに変えたモレーノ裁判官は、纏う雰囲気までもガラッと変えた。 穏やかに場の流れを作りリードしていたのが一転して、この場を支配するのがモレーノ裁判官だと知らしめるような威圧感が醸し出される。


「っ!? ヒィィ…」


 モレーノ裁判官と視線を合わせたソラルはわずかに残していたふてぶてしさをなくし、椅子にへたり込んでしまった。


「このことを中央で話してやったなら、複数の子息を持つ貴族家が喜んで連絡を寄越してくるぞ。 社交期(シーズン)中の話題の一つにはなるだろうな」


「それは……」

「お待ちくださいっ!」


 口の端だけで笑みを作るモレーノ裁判官はクッと喉の奥を鳴らして、慌て始めたレイナルドとソラルを気に留めることなく深く椅子に腰掛けた。


 こちらに駆け寄って来ようとしたレイナルドはウーゴ隊長に押し戻されて、ソラルはまだ椅子から立ち上がれないようだが、必死の形相で言い訳や嘆願を始める。


「そんなつもりで言ったわけでは……!」


「子爵家の跡目を他家からとおっしゃるのなら、伯爵家が目を掛けている優秀な者を養子に取らせます。なにとぞご寛恕を!」


「わし…、わたくしには優秀な息子がおります! 必ずや王家のお役に立ち、領地を見事にまとめあげるでしょう!」


「寄り親である我が伯爵家が責任を持ってアリス殿への支払いを行わせますので…!」


 しばらくの間はレイナルドとソラルの声しか響かないので、退屈してしまった従魔たちをもふって暇を潰していると、


「是非、私たちにも」


 モレーノ裁判官を初め、サンダリオギルマスにミゲルさんやベルトランギルドマスターが揃って従魔たちに手を伸ばしてきた。


 たくさんの手でもふもふ・なでなでされて従魔たちもご機嫌だし、撫で回している人たちも穏やかな顔になっているから、旅に飽きたら魔物セラピーでも始めるかな?と取り留めのないことを考えている間に、うるさかったレイナルドとソラルも静かになり、法廷内にはティト裁判官の筆の音だけが響いていた。










「モレーノさま」


 手を止めたティト裁判官から誓約書を受け取ったモレーノ裁判官は、確認をすませるとティト裁判官に向かって満足そうに頷いた。 対して、ティト裁判官はそつなく軽く頭を下げていたが、私の位置からは口元が嬉しそうにぴくぴくしているのがしっかりと見えている。


 ちょっと苦手な人なんだけど、可愛い所もあるんだな♪ と微笑ましく思っていると、目の前に5枚の誓約書を広げられた。


 モレーノ裁判官の指差す所にサインをしてから、血判を押すためにハクの目の前に指を出すとなんの躊躇もなく“かぷっ”と噛み付かれる。 


 もう何回かしている行為だからハクもライムも慣れたもので、ヒールでの治療後クリーンを掛ける前に、ライムが皮膚に残った血液を舐めに来るまでがワンセットになっている。


 モレーノ裁判官から羊皮紙を受け取ったティト裁判官が、血が乾いたことを確認してからレイナルドとソラルのサインと血判をもらいに行くと、2人からくぐもった呻き声のようなものが聞こえた。


「なぜ、国王陛下の御名が…」

「こんな物を陛下に提出などされたら、家名に傷が……!」


 よく聞こえないけど、2人にとって不都合が起こっているらしい。 


 モレーノ裁判官を見てもゆったりと微笑むだけだし、サンダリオギルマスに聞いてみても楽しそうに笑うだけなので私には関係がない話なんだろう。 2人が血判を押し終えるまで従魔たちと遊んで時間を潰すことにした。


「おいしい?」

「んにゃん♪」

「ぷきゃ~♪」

「ありすさん、わたしにも……」


 お腹が空いたらしい従魔におやつのクッキーをあげていると、サンダリオギルマスもおずおずとおねだりをするので、持っていたお皿ごと渡すと嬉しそうに従魔たちに貢ぎ始めた。


 ……てっきりサンダリオギルマスが食べるんだと思ってたよ。こんな話し合いの途中にいい度胸だな、なんて思ってごめんね? 心の中でギルマスに謝っていると、


「アリス殿、私にもいただけますか?」


 とモレーノ裁判官が手を出した。 裁判官も餌付けに参加するのかと、お皿にクッキーを出して渡すと嬉しそうに摘んで自分の口に入れてしまう。


「ああ、やはり美味しいですねぇ! さすがはアリス殿の作る菓子だ」


 モレーノ裁判官が嬉しそうに褒めてくれるので、ついついお茶も出してしまったけど……。


 あれぇ? ここでティーブレイクって有りなの?  元・日本人の感覚だと、こういった話し合いの間はお水かお茶が飾りになってる感じなんだけど…?


 この世界(ビジュー)の常識なのか、モレーノ裁判官にのみ許された行動なのかを考えていると、背中をつんつんとつつかれた。 


 振り返ると護衛組が物言いたげな視線で私とモレーノ裁判官を交互に見るので、少し多めにクッキーを盛った皿とティーポットを出してみると、護衛組は満面の笑顔を浮かべた。 これで合っていたらしい…。


 護衛組に出してギルマスたちをスルーするわけにもいかないので、もう開き直って、お茶とクッキーを用意することにする。もちろん、私たちの分だけだけど!  クッキーをバスケットに入れて出すと、何も言わなくてもマルタが受け取って傍聴席にいる法廷兵さん達に持って行ってくれた。


 控えめなどよめきが起こったので視線を傍聴席に向けると、法廷兵さん達が嬉しそうに手を振ったり頭を下げたりしている横で、領兵たちが恨めしそうな顔をしている……。 意地悪って言われてもあげないよ? あなたたちにあげる理由がないもん。 


 誰にでも見境なしに振舞うようなことをすると、従魔(ほごしゃ)たちに叱られちゃうからね! 


ありがとうございました!

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