賠償を求める“話し合い” 5
「では、レイナルド殿がアリス殿の価値を理解した所で、賠償の話をしましょう。
1、町長の財産の全て
2、町長の共犯者たちから領主が摂取する予定の財産の全て
3、領主隊の流した噂を否定するために使用する水晶の使用料
4、領主隊・隊長であるソラル子爵の給与と領の税収などを過去1年間分現金で一括支払い
5、ガバン伯爵家とソラル子爵家及び両家に連なる者は、今後一切アリス殿との関わりを持とうとしない
以上が当初のアリス殿の要求です。
ここに先ほど使用した<真実の水晶>の使用料も含めて全てを本日より1週間以内に支払ってもらいましょう」
穏やかに要求を告げるモレーノ裁判官に、レイナルドは顔色を蒼白にしながら懸命に反論する。
「お、お待ちください! 確かに我が領主隊とソラル子爵はそこの娘に賠償を払わなければいけないことは認めます。
ですが! モレーノさまのおっしゃる要求はあまりにも高額すぎますし、<真実の水晶>の使用は我らには関係が」
“ない”と言いたかったんだろうが、レイナルドの言葉を遮るようにモレーノ裁判官が言った。
「領主隊の流した卑劣な嘘を認めようとせずに、悪あがきをした結果ですよ? 領主隊の捏造話が真実であるかのように言ったのは誰でしたか?
レイナルド殿が悪あがきをしなかったら、アリス殿が秘匿していたスキルには触れずにすんだのです。 責任は取ってもらいますよ……。
使用料は1千万メレです」
表情を消して淡々と話すモレーノ裁判官は結構怖い…。 でも、この怖さが私の為だと思うと頼もしく思えるから、私の感性も勝手だなぁ。
「なっ…、待ってください! 確かにその娘は“たかが旅人”ではないことを認めます。 それでも“平民”であることは変わりません!
貴族が平民に対してそれだけの賠償を行うなんて前代未聞です! この要求を呑んでしまうと、中央でガバン伯爵家が笑いものになってしまう! 今後の領地運営にも障りが出てしまいます!」
レイナルドが必死に反論するのを聞いて、モレーノ裁判官・サンダリオギルマス・ベルトランギルドマルターが一斉に鼻で笑った。
「なっ……!」
モレーノ裁判官は気色ばむレイナルドに向かって大きなため息を吐くと、
「レイナルド殿はまだアリス殿のことを平民だと思っていたのですか? もっと見る目を養わないと、それこそ中央でのお付き合いが厳しいものになりますよ?」
穏やかで優しくさえ聞こえる声でレイナルドに忠告をする。 ちらっと見えた横顔は冷たい表情を浮かべていたけど……。 でも、私は平民なんだから、レイナルドの認識に間違いはないよね?
「ギルマス、中央って王都のことですか?」
「王都の社交界に集まる貴族たちのことだ。 面倒だから、中央って呼んでいるようだな」
マルタがベルトランギルドマスターに質問しているのを何となく聞いていると、突然四方を囲っていた衝立が撤去されて、モレーノ裁判官から名前を呼ばれた。
驚いている私に優しく微笑みかけたモレーノ裁判官は席を立ち、座ったままの私に手を差し出してくれる。
……どこかで見たようなしぐさだなぁ。 ああ、昔映画で見た、華やかな社交界で紳士が令嬢をダンスに誘うときのしぐさだ! と納得した瞬間に、
「レディ? お手を…」
と言われて、反射的に映画の中の令嬢のようにモレーノ裁判官の手に指先を乗せてしまった。
自分の行動に内心びっくりしている間にモレーノ裁判官が満足そうに笑い、私を自然なしぐさで立たせてくれたかと思うと、そのままレイナルドの前までエスコートされる。
何が始まるのかと内心ビクビクしている私に優しく微笑みかけた裁判官は、
「レイナルド殿はアリス殿のどこをみて、“平民”だと勘違いをしたんでしょうね?」
小首をかしげて私に問いかける。
勘違いも何も私は平民だよ? と私も小首をかしげてモレーノ裁判官を見上げると、
「その宝石はターフェアイト! …まさか!!」
レイナルドがうなり声を上げ、
「その髪飾りに、変則的だがすばらしく意匠の凝ったドレス…。 まさかモレーノさまの婚約者なのですか!?
いや、でも身分が……!」
頓珍漢なことを言い出した……。
「私はアリス殿の後見に名乗りを上げただけ。 第一、アリス殿がこの町に来てまだ8日目なのに、どんな魔法を使ったらこれだけのドレスをそんな短期間で仕立てることができるのか、教えてもらいたいものですねぇ…。
このドレスも彼女にとってはただの旅装ですよ」
モレーノ裁判官も呆れたのか、大きなため息を吐きながら相手をしている。
……モレーノ裁判官が私の後見に立候補したなんて私も初耳だけど、今は聞かない方がいいんだろうなぁ。
黙って成り行きを見ていると、
「これだけのドレスが平民に…、いや、我が伯爵家でも…。 これが旅装? そんな…」
酷くショックを受けた様子で、レイナルドがぶつぶつと呟き出した。
存在を忘れられていたソラルは何を思ったのか、私に手を伸ばそうとしてエミルに手を叩き落とされている。
ギルドマスター2人と商業ギルドの幹部は、
「いやいや、これが嫡男とは」
「お若いですな~」
「いくらなんでも、アリスさんが持っている剣を見ればその価値がわかるでしょうに…」
目の前なのにこそこそ話すといった意地悪を展開し、
護衛組は、
「俺たちでもひと目でわかったことがわからなかったなんて、どんな節穴だ?」
「この領はこの先大丈夫なのか?」
まるで世間話をしているように、普通の声の大きさで話している。
……いつの間にか身分が詐称されていて、居たたまれない気分なのは私だけらしい。
このタイミングで「私は平民です」って言っても、聞いてもらえないんだろうな~。 きっと…。
ありがとうございました!




