賠償を求める“話し合い” 4
「これらはアリスさんが登録を見合わせている品々のほんの一例です。 彼女のレシピが1つあれば店が繁盛し、5つあれば町が潤う。 このリストの数があれば領全体に影響が出るだろう事は……」
サンダリオギルマスが途中で切った言葉を、レイナルドは無言の頷きで肯定した。
それに満足したのか、ギルマスはにっこりと笑い、
「アリスさんのレシピはこれだけではないですよ。
モレーノさま、入廷の許可をいただけますか?」
モレーノ裁判官の許可がでると、法廷兵に入り口の扉を開くように依頼する。
扉の先に立っていたのは<商業ギルド>の薬品担当幹部のミゲルさんと、<冒険者ギルド>のギルドマスターだ。
「彼の者らは?」
誰かが入廷する度に自分たちが不利になっていくことに気が付いたレイナルドは、2人同時に入廷してきた彼らを警戒しているようだ。
「<冒険者ギルド・ギルドマスター>のベルトランです」
「<商業ギルド・薬品部門担当>のミゲルです。 わたくしから先にお話いたしましょう」
ミゲルさんは、私たちの側の一番前のテーブルの上に4本の小ビンを置いてからレイナルドに向き合う。
「これらはアリスさんがわたくし共の懇願に負けて預けてくださった4種のポーションで、それぞれが新レシピによって新しい効果を有しています。
<初級ポーション>は通常よりも強力に、<解毒薬>は魔物と植物の両方に効果が、増血薬は格段に飲みやすくなり、植物活性薬は効果が出るまでの時間が短くなりました。
残念なことに、これらも登録を拒否されていますが……」
ミゲルさんが思わせぶりに黙り込むと、後をギルマスが引き継いだ。
「最後のページはご覧になりましたか? ……アリスさんが他のギルドで登録をされた場合のこちらの領の税収がマイナスになる可能性を算出したものです」
「なぜ、税収が減るのだ!? 他の領のギルドへ行かれてもこのレシピの分の税収が増えないだけで、減ることなどないだろう?」
レイナルドの意見はもっともだと私も思う。 なのに、サンダリオギルマスだけでなくミゲルさんやモレーノ裁判官にベルトランギルドマスターまでもが深く頷いている。
「アリスさんはご自分のレシピの価値をご存知なかったですね…。 少し説明しましょうか」
びっくり顔の私に気が付くとサンダリオギルマスは苦笑を浮かべて体ごと私に向き直り、疑問を呈したレイナルドのことは放置して説明を始めた。
……疑問の内容は私と同じだから問題はない、かな? 今にも「無礼な!」とか言い出しそうな顔でこっちを見ている気がするけど、こちら側の席の人間は誰も気にしていないから私の気のせいなんだろう。
ギルマスの説明は、
<商業ギルド>はこの地方、この国だけではなく世界中にあり情報も共有しているので、登録者がどこで登録をしてどこに移動しても、きちんと利益が入るような仕組みになっている。
だが、通信手段は<特別な水晶>を除くと、伝書鳥に任せるか馬などに乗った人間が伝令に走らないといけないので、全ギルドに広まるまでにはどうしてもタイムラグが生じる。 その間は登録を行ったギルドが利益をほぼ独占状態になる。
その為、登録をしたギルドがある土地に情報やレシピが根付くことが多い(特産品のような扱いかな?)し、目ざとい商人たちが集まってくるので、町全体の経済が活発になる。
今回のように一度に複数の料理のレシピが登録されると「美食の町」「食い倒れの町」として町全体が発展するだろうことは過去の例を見ても十分に予測でき、そうなると周辺の領からの移住者が増えることはほぼ確実で領全体の税収が上がることになる。
ただし、周りの町や領からすると、税を納めてくれる住人や商人が減るという事を意味する。
…らしい。
話を聞いて私は感心するだけだったが、レイナルドは顔色を変えて何度も書類を見直していた。
しばらくは書類をめくる音だけが響いていたが、顔を上げたレイナルドが何かを言おうと口を開こうとした瞬間に、それまで黙っていたベルトランギルドマスターが先に口火を切った。
「ポーションや解毒薬、増血薬は<冒険者>たちには必需品です。 それが改良されたのであれば、冒険者たちはこぞって買い求めるでしょう。
あと、ここでの話にはまだ出していないようですが、アリスさんは素晴らしい<携行食>を開発されたとか。 なんでも“日持ちする上にとても美味しい”と商業ギルドの幹部が揃って大絶賛したらしいですね?」
ベルトランギルドマスターが振り返って私に確認するのでとりあえず頷くと、
「…携行食」
レイナルドが呻くように呟いた。
「携行食は行商人や旅人だけでなく、冒険者にとっても切り離せないものです。 ランクが上がれば上がるほど遠征が必要な依頼が多くなる。 携行できる上に味がいいとなれば、きっと買い占める勢いで飛びつくことでしょう。
もしも、これらの品々…、改良された増血薬や解毒薬、味がいいと評判の携行食がどこか遠くで売りに出されたなら、冒険者たち、特に稼ぎがよくて食に貪欲になった上位ランクの冒険者たちはそれらを求めて、すぐに手に入る土地へ移動するでしょう。 冒険者たちはレシピが広まって商品が供給されるまでのタイムラグを待てるほど気が長くない者が多いし、上位ランクの冒険者はどこに移動しても依頼に困らないだけの実力がある。
上位ランクの冒険者たちの存在が、治安の維持にどれだけ役立っているかは、……ご存知ですね?」
そう言ってベルトランギルドマスターが口を閉じると、
「そんな治安の悪い土地では商売が成り立ちませんな。 商人や住人も減るでしょうし、商業ギルドとしても、こちらの支部の縮小を考えなくてはいけなくなりますね」
サンダリオギルマスが追い討ちをかけるように、いかにも残念そうな口ぶりでレイナルドに告げる。 ……どんな表情で言ってるんだか。
「あ…」とか「うぅ…」とか呻いているレイナルドが少し気の毒になってくるよ。 ほんの少し、砂一粒程度だけどね!
ありがとうございました!




