ミーティング…?
「おかわりっ!」
「水はここまで美味くなるのか……」
裁判所に着いて門をくぐる前に水のリクエストをされたので、道の端に寄り水分を補給する。
ご通行中の皆さま、どうかお気になさらず……。
護衛組は通行人の視線を集めていることにも無頓着に水をおかわりしているし、従魔たちはもともと人目を気にしない。 何となく気恥ずかしさを感じているのは私だけらしい。
「こんな所で何を…?」
後ろから苦笑交じりの声を掛けられて振り向くとウーゴ隊長が立っていた。 すっかり顔なじみになっている護衛組は説明よりもお誘いを優先する。
「隊長も飲むか?」
「いや、ありがたいが、私はモレーノさまの後にいただこう。
アリスさま、商業ギルドのサンダリオギルドマスターがお待ちですが、どのように?」
……そういえば、領主隊のしでかしたことの賠償の話し合いの席にギルマスが同席してくれる約束だっけ。
「モレーノ裁判官と隊長がよろしければ、一緒に昼食を」
護衛組に視線で問えば了承が返ってきたので、後は裁判所組の意見だけど、まあ、断りはしないだろう。 今日はランチミーティングになるな。
「場所は裏庭で?」
「「「「うん」」」」
場所は人目がない方がいいかな?と私が答える前に護衛組が満面の笑みで頷いた。
「アリスの結界があれば、どこでどんな話をしていても不都合はないだろう? だったら芝生の上が良い」
とのことだった。 ハクに視線をやれば得意気な顔をしているので笑顔で頷くと、護衛組から歓声が上がった。
芝生の上で靴を脱いで座るのって、気持ちがいいよね~♪
裏庭に回ると、職員さんが数人でガーデンパラソルを立てている所だった。
「それ、俺たちの為のか?」
アルバロが駆け寄りながら聞くと、
「今日は陽射しがきついので…。 まだお昼には早いですが、何か予定がありましたか?」
職員さんは照れ臭そうに笑って答えた。 私たちが来る前には設置し終わっている予定だったらしい。
4本のパラソルの設置を護衛組が手伝い始めると、あっという間に昨日よりも大きな日陰が出来る。
「いいな~」
「ああ、いい…」
護衛組が芝生に寝転びながら日陰の心地よさを堪能しているのを見て、職員さん達は微笑を浮かべると何も言わずに裁判所へ戻り始めた。
慌てて呼び止めて、昨日のパラソルのことも含めて丁寧にお礼を言うと、
「これは私たちからのお礼の気持ちなので、お礼を言われると恐縮してしまいます」
と困ったように職員さん達は笑った。
何のお礼かはわからないけど、パラソルを用意してくれたのは仕事の一環ではないだろうし、その分業務の手が止まっていることになる。 やっぱり私たちがお礼を言うのは当然のことだ。
もう一度お礼を言ってインベントリからアーモンドのキャラメルがけを取り出して渡そうとすると、職員さん達は慌て始めた。
「決してそんなつもりでは…」
と辞退の言葉を言おうとしていたが、
「アリスさんからの気持ちだ。いただいておきなさい」
ウーゴ隊長とサンダリオギルマスを連れたモレーノ裁判官がやって来て口添えをしてくれた。
「礼だと言われて恐縮するなら、褒美だと思うといい」
私には裁判官の言っていることの理屈が理解できないが、職員さん達には理解できたらしい。
嬉しそうにお礼を言いながら受け取ってくれて、弾むような足取りで裁判所へ戻って行った。
「これはなんと美味い…! 昨日は大変だったようですな」
ポテトサラダを食べながらギルマスが気の毒そうに言えば、
「アリス! 卵サンドのおかわりをくれっ! そうなんだよ。昼だけじゃなく、夜まで押しかけて来やがってなぁ」
空のお皿を両手で差し出しながらイザックが答え、
「お陰でライムが体調を崩したんだ。かわいそうに…」
自分の分のフルーツヨーグルトをライムとハクに食べさせながら、エミルがため息を吐いた。
簡単に掻い摘んだ報告なんだけど、昨日のコトを思い出すとやっぱりイライラしてしまう。
「マルタ! おかわりお願い!」
おかわり分のハーピーの手羽元の赤ワイン煮こみをインベントリから取り出してマルタの前に置くと、手早く均等に切り分けてくれる。相変わらず凄いテクニックだ。 行儀が悪いのを承知でフォークを突き刺し齧り付く。
「まあ、その分はモレーノ裁判官がきっちりと取り立ててくれるでしょ!」
マルタが私のお皿に続いて裁判官のお皿とウーゴ隊長のお皿に切り分けた手羽元を盛りつけながら笑うと、裁判官はゆったりと微笑みながら空になってしまったプリンのお皿を差し出した。
「よかったらりんごのコンポートもありますよ?」
「ではそれもいただきましょう」
モレーノ裁判官の返事と共に何枚ものお皿が差し出される。
裁判官にはプリンとりんごのコンポートを、みんなにはりんごのコンポートを盛り付けてあげると、ウーゴ隊長が、
「モレーノ裁判官の準備は完璧です!」
と自信満々に太鼓判を押してくれた。
私としても何の不安もなく、まるで演劇の幕が上がるのを待っているようなわくわくした気分だ。
「なぁ、アリス? この興奮を冷ます為には冷たい<あいす>が良いんじゃないか?」
私と同じように興奮した表情でアルバロが言うと、護衛組も身を乗り出した。
そういえば、「モレーノ裁判官と一緒に食べよう!」と言ってお預けにしていたんだったか……。 でも、ちょっと食べすぎな気もするなぁ。
「食べ過ぎるとお腹を壊すよ? 話し合いが終わってからの方が良くない?」
「「「「「「「今がいい!!」」」」」」」
一応は止めてみたけど、誰も納得しなかった。 期待にキラキラした目で見つめてくる。
「この後の話し合いの為に、味見程度にしようね?」
これ以上のお預けは出来ないと判断して、バニラアイスとカフェオレアイスを冷やしておいた器に盛り付けて渡すと、
「美味いっ! これ、俺たちが作ったんだよな!?」
「ああ、間違いない。 こっちはわたしたちが作った<珈琲のあいす>だ!」
「今日もまた新作が…っ! アリスさん、是非登録を!!」
「食事のたびに感動が…っ! アリスさまは素晴らしいっ!」
「この<あいす>もですが、先ほどの<ぷりん>も<りんごのこんぽーと>も大変に素晴らしい! この後の話し合いで結果を出したら、おかわりを出してくれますか?」
「ええ、もちろん!」
話し合いの後ならお腹もこなれているだろうから、“結果はどうでも、終わったらおやつにしましょう”と続けたかったのに、
「ふふっ! 楽しみですねぇ♪」
モレーノ裁判官はとっても嬉しそうに、でもどこか凄みのある怖い笑顔で宣言した。
「次期伯爵には責任の取り方を教えてあげましょう!」
……裁判官はどうしてそんなに楽しそうなのかなぁ?
ありがとうございました!




