心の底から思う。 帰れ!!
「うわぁ…、もったいない!」
玉ねぎとハーピーの手羽元を炒めた鍋に赤ワインを投入するとマルタが悲鳴をあげ、
「美味そうだな…」
茹でたじゃが芋を潰して生ハムとマヨネーズを和えているとアルバロの目が釘付けになり、
「どんな味がするんだ?」
潰したゆで卵とマヨネーズを和えているとエミルが興味津々な声をあげ、
「この暴力的に甘い香り、一体どうするつもりなんだ!」
砂糖を加熱してカラメルソースを作っているとイザックが吠える……。
こんなに賑やかでモレーノ裁判官の仕事に支障が出ないのかと様子を見に行ってみると、モレーノ裁判官もウーゴ隊長も涼しい顔で書類と向き合っていた。 凄い集中力だな。
台所の入り口で団子になっている護衛組と従魔たちをスルーして中に戻りドアを閉めると従魔たちの悲しげな鳴き声が聞こえてきたが、護衛組が慌てて慰めている声も聞こえているので安心して放置することにした。
炊き上がったご飯を飯釜2つ分全ておむすびにし終わると、カッテージチーズの水分がいい感じに抜けてしっとりとしている。
出来たチーズの半分をインベントリに入れて、残りの半分をほろほろ食感にするためにもうしばらく放置しながら朝市で買っていたアーモンドをキャラメルがけしていると、ドアをノックされた。
開けてみるとウーゴ隊長が立っている。
「お腹が空きましたか?」
と聞くと水が欲しいだけだったので、みんなの分も合わせて水差しとついでに干しりんごを渡すと、ドアの前が静かになった。
カッテージチーズの水分が抜けてほろほろとした食感になったので、チーズを一旦インベントリにしまい、器に残っている水分に同量の牛乳、レモン汁と蜂蜜を加えて飲むヨーグルトを作る。
たっぷりある氷で器ごと冷やして飲むヨーグルトの出来上がりだ!
護衛組と一緒に作ろうと思っていたんだけど、まあ、仕方がないよね?
「これがアリスの作ったチーズなのか? 誘惑のトーストもチーズと生ハムのトーストも、美味いのに軽い感じがするな。いくらでも食えちまう!」
「このチーズはミルクの味わいが豊かですねぇ。とても美味しい」
「これがボア肉のステーキなんて、信じがたい…」
「飲める! このヨーグルトは本当にゴクゴク飲めるぞ!」
モレーノ裁判官のリクエストとはいえ晩ごはんに高カロリーの<誘惑のトースト>はどうかと思うけど、普通のチーズよりもカロリーが控えめだから、みんながおかわりをしていても安心して見ていられる。
「んにゃ~ん♪」
「ぷきゃ~♪」
従魔たちも気に入ってくれたらしく、台所から追い出したことで拗ねていたことを忘れて、可愛い鳴き声を上げている。
「今日も新作が……。 アリスはいったいどれだけのレシピを持っているの?」
マルタが感心したように言うが実際は大したことじゃない。 曖昧に笑っていると何かを察してくれたのか「おかわり!」とお皿を差し出して、それ以上は何も聞かなかった。
「今朝アリスさんの命を狙った男は、ある犯罪組織とつながっていたことが判明しました」
食後にアーモンドのキャラメル掛けを嬉しそうに口にしながら、モレーノ裁判官がさらっと教えてくれた。
「やはり、多くの犯罪者たちがアリスさんの鑑定能力を“犯罪者は見ただけでわかり、アジトも簡単にわかる”と誤解しているようです」
……一度広められた噂を消すのは大変そうだな。 噂を流したソラル子爵への怒りが募るのを感じたのか、
「明日の話し合いが楽しみですねぇ」
裁判官が私を見つめながらにっこりと……、意地が悪そうでいて楽しそうな顔で笑った。
裁判官、とっても頼もしいです♪ 目一杯ふんだくってやる!
“噂をすれば影が射す”
ヤツのことを思い出したのが悪かったのか、みんなにカッテージチーズの作り方を説明しながらまったりと過ごしている時に玄関のドアが叩かれた。
「誰だっ!」
時間への配慮も何もない叩き方に、眉間にしわを寄せながらアルバロが出て行くと、
「お、遅いではないか! わしを待たせるとはなんと無礼な…!」
虚勢を張りながらも上擦った声を隠せない、ソラルが踏ん反り返って立っていた。
「何の用だ」
イザックがアルバロの隣に並んで声を掛けると、ソラルの連れていた領兵が、
「無礼な! ソラル子爵がわざわざ足をお運びであるのにその態度はなんだ! 跪いて頭を下げろ!」
と声を張り上げるが、2人は相手にしない。
「あ? なんでだ?」
「俺たちが来てくれって言ったわけじゃねぇぞ。 気に入らないならさっさと帰れ!」
いかにも面倒臭そうに追い返そうとするが、腐っても貴族とその護衛はプライドだけで声を張り上げ続ける。
「ソラル子爵はおまえ達に用があるのではない! アリスという女がここにいるだろう! さっさと出せっ!」
「アリスはおまえ達に用なんかないぞ」
「アリスを呼び捨てに出来るほどおまえは偉いのか? 礼儀をわきまえてから出直せや」
……どうやら私に用があるらしいが、イザックの言うとおり、私にはヤツに用なんかないし割いてやる時間もない。
私に取り次ぎもせずに追い返そうとしてくれる2人に感謝しながら、落ち着くためにハクとライムをもふり続けた。
アルバロとイザックの迫力にビビリながらも、貴族とその護衛の兵士達は<冒険者>を見下しているのか、横柄な態度を崩さない。 開いているドアを威嚇するように叩きながら、私の名前を呼び続ける。
……いい加減に近所迷惑だな。
仕方なく腰を上げようとすると、モレーノ裁判官が私の肩に手を置いて座り直させる。
見上げると、いたずらっぽく笑った裁判官が立ち上がり、ウーゴ隊長の先導でゆったりと玄関に向かって行った。
ありがとうございました!




