嘘はバレた時が面倒なんだよ?
「伯爵家に盾突く小娘など、どうなろうと構わないではないですか!」
「我々に素直に従わないのが悪いのです!」
若い男(多分領主の嫡子)にどうして結界を攻撃していたのかを聞かれた領兵たちの答えは、私を傷つけても構わないと思っているような返事ばかりだった。
「あのモレーノ様の庇護を受けている娘を害するなんて、伯爵家を潰すつもりなのか!」
「大丈夫です、若。 残念なことに、あの小娘には傷1つ負わせられませんでしたので、モレーノ様のお怒りに触れることはありません」
……聞こえていないと思っているとはいえ、本人を前に怪我をしなかったことが残念だと言えるなんて、随分といい性格の領兵だ。
私の気分も良くないが、それ以上に護衛組・裁判所組・従魔たちの漂わせている空気が冷たい。
(とかす?)
(溶かさなくていいよ!)
(じゃあ、引き裂くにゃ~)
(引き裂かなくていいから!)
従魔たちを宥めている間に、護衛組と裁判所組の行動が決まったらしい。
モレーノ裁判官は結界の外にいる法廷兵さんたちに1つ頷くと、纏う空気は冷たいままで表情だけは穏やかに微笑みながら私を見た。
「明日の予定はどうなっていますか?」
「氷の買い取りと観光ですが、観光は日をずらしても大丈夫です」
「では、午後は空けておいてください。 領主代理が来ているので、賠償についての話し合いを行いましょう」
「お昼ごはんはご一緒できますか?」
賠償についての話し合いは、私の要求が全て通るイメージしか沸かないので何の不安もない。 それよりも明日のメニューを考えるために、モレーノ裁判官の予定を確認する方が大事だ。
そんな思いが伝わったのか、裁判官の目が嬉しそうに細められて纏う空気が少し柔らかくなった。
「嬉しいですね。 甘いものも」
「作りましょう!」
甘いものを作ると言うと、裁判官はもちろん護衛組も大喜びだ。
「ウーゴ隊長は何が食べたいですか?」
隊長に声を掛けると驚いて首を横に振るが、一瞬だけど羨ましそうな顔になってたのを見ちゃったからね。強気で誘う。
「隊長は体力勝負だから、ガッツリとしたものが」
「ボアステーキ!」
「てんぷら!」
「しょうがやき!」
「はんばーぐ!」
……隊長の代わりに護衛組がリクエストを並べ、4人で隊長を囲んで、自分のお勧めがいかにおいしいかをプレゼンし始めた。
返答に困った隊長が裁判官に助けを求める視線を送るが、
「アリスさんは料理上手だから期待していい」
の一言で、何の参考にもならなかった。 でも、言外に「一緒に食べよう」と言ったのが伝わったらしく、
「どれも美味そうで選べないから、冒険者殿たちで決めてくれ」
と嬉しそうに笑った。
「領兵5名を捕縛せよ!」
モレーノ裁判官の命令で、裁判官と一緒に来た法廷兵さん達が領主の嫡子と一緒に来た領兵の前に立ち塞がり、結界を攻撃していた領兵5名に向かって、ウーゴ隊長と結界の中にいた法廷兵さん2名、それからアルバロとイザックが飛び掛った。
人数は互角でも、むやみに結界を攻撃し続けて体力と魔力を消耗している領兵と、のんびりと体力を温存していた法廷組&護衛組が負けるわけがなく、領兵はあっさりと組み敷かれ捕縛された。
「なっ…! モレーノ様、これはどういうことですか!?
彼らは私の、領主軍の兵です。無体は許せません! 離してください!!」
領主の嫡子はいきなりの展開に驚き抗議するが、
「選りに選って裁判所の庭で殺人を行おうとしていた不逞の輩を捕縛するのに、あなたの許可は必要ありません。 お退きなさい」
冷たい瞳のモレーノ裁判官に一蹴された。
「…っ! 殺人とは異なことを…! 彼らにそのような意図はありません!」
「ほう? ではどのような意図で防御壁で身を守っている者たちを一方的に攻撃していたのか弁明しなさい。
私が着いた時に見たのは、そこの5人が一斉に彼女を狙って攻撃をしていた姿でしたが? どう見ても、彼女の命を奪おうとしていた」
法廷兵の2人も一緒に結界内で攻撃を受けるのを見ていたし、何よりも、モレーノ裁判官が見ている前で攻撃をしていたのだから、言い訳は無意味だろう。
「話をするのに邪魔な防御壁を壊そうとしていただけで…」
「人を傷つける意図はありませんでした! 話をしようとしていただけです」
……話を聞かれていたとは知らない領兵の言い訳は、裁判官の表情を凍らせ護衛組の怒りを煽った。
「モレーノ様、彼らに人を傷つけるような」
「“伯爵家に盾突く小娘がどうなろうと構わない” “残念なことに傷1つ負わせられなかった” 他にも色々と言っていたが、これをどう解釈すれば“傷つける意図がなかった”と?
連行しろ!」
領主の嫡子・レイナルドが領兵を庇おうとしても、私たちは全てを聞いていた。 何よりも、この裁判所の最高責任者であるモレーノ裁判官がその耳で聞いていたのだから、庇いようがないだろう。
連行されていく領兵たちは抵抗を見せたが、レイナルドはこぶしを握り締めながら黙って彼らを見送った。
「アリスといったな。 そなたが我が伯爵家に対して」
「アリス殿!」
「モレーノさま!」
今はレイナルドの話を聞きたくないと判断した私が裁判官を呼ぶより一瞬だけ早く、裁判官が私に呼びかけた。
お互いへの呼びかけで、裁判官もレイナルドと話をする気がないことがわかって安心する。
「どうしました?」
裁判官が“お先にどうぞ”と譲ってくれたので、素直に“この場から逃げたい”と告げる。
「私は疲れてしまいましたので、今日はもう……」
「ええ。突然命を狙われたのですから、当然です。 今日はゆっくりと休まれてください。 明日も、お辛いようでしたら無理をされないように」
“命を狙われた”と強調する裁判官にレイナルドが何かを言いかけたが、
「モレーノさま! では、これでお暇しますが、アリスさまの事は我々が必ずお守りしますのでご安心ください!」
アルバロがレイナルドの邪魔をした。
「ちょっと待」
「明日! アリスさまの体調がよろしければ、無事にモレーノさまの所までお送りします」
レイナルドはそれでもしぶとく声をかけようとしたが、アルバロに続いてマルタが声を上げるとしぶしぶとだが口と噤む。
……ここで「無礼者!」と言い出さないだけの分別はあるらしい。
レイナルドの事は視界の端にも入れずに、モレーノ裁判官やウーゴ隊長と別れの挨拶を交わし、受付で今日のバイト代を受け取ってから、レイナルドが追いかけて来ないうちにさっさと外に出た。
あ~、お酒でも飲んでスッキリしたい!
ありがとうございました!




