女神ビジュー 取引に応じる
閑話の続きになります。
とばしていただいても、本編には影響ありません。
「良く来たな、ビジュー。 今日はいい茶があるんだ。点ててやるから、菓子を選んでおくといい」
そう言って、グローブは“練りきり”と呼ばれる綺麗な花の形を模したお菓子を数点出してくれた。
『わたくし以上に忙しいグローブが時間をとってくれたのだから、簡潔に話を終わらせなければ』そう意気込んでいたわたくしは出鼻をくじかれてしまった形だけど、
「今日は時間に少し余裕がある。久しぶりにゆっくりと話をしないか?」
そう誘われて、嬉しくないわけがない。
愛凜澄の故郷、日本、と呼ばれる地域には、わたくしの管理するどの世界にも似ていない、独自の文化がいくつかある。 目の前に置かれたお菓子もそのうちの1つ。
「どれも、とても素敵! これがお菓子なの? 食べてしまうのがもったいないわ! ああ、どうしましょう。とても選べない…」
悩んでいると、
「なら、全ての種類を食べると良い。見た目だけでなく、どれも美味いぞ」
そう勧めてくれるのは嬉しいのだけど、お願いごとをしに来た身で、全てのお菓子を平らげるというのもどうなのか…
迷い続けるわたくしを見て、グローブは
「どうしたんだ? 先日送った魂に、不備でもあったか?」
と、誤解してしまった。
「いいえ! いいえ、愛凜澄は優しいとても良い娘だったわ。わたくしの為に、『ビジュー』へ行ってくれた。
わたくし達、お友達になったのよ! 素敵な魂を『ビジュー』に譲ってくれて、ありがとう!
グローブに本当に感謝しているの!」
わたくしは今まで譲ってもらった魂に、きちんと感謝をしていたかしら? こちらからも魂も送っているのだから、当たり前だと思ってはいなかったかしら?
今までグローブに甘えすぎていたことに気がついて、恥ずかしくなった。
「なら、どうして泣きそうな顔をしてうつむいているんだ? ほら、口を開けろ」
グローブの声に顔を上げると、口元に小さな可愛らしいうさぎの顔があった。
「これは? 先程までは無かったような?」
「たった今、地球に置いている眷属神から届いた、“大福”だ。 ほら『あ~ん』しろ」
グローブはうさぎでわたくしの唇をツンツンとつつく様に食べることを催促するけど、甘えすぎていたことを自覚したばかりのわたくしには、この上『あ~ん』で食べさせてもらうのは、どうにもバツが悪い。でも、
「これは新作だな。おまえが食べて美味かったなら、俺も食べるとしよう」
「あら、毒見なの?」
グローブもまだ食べたことのないお菓子。わたくしが食べないとグローブも食べないというなら、躊躇してはいられない。わたくしは素直にうさぎに噛り付いた。
「おいしい…」
最近のグローブのお気に入りの『餡』だけではなく『生クリーム』もたっぷりと入っていて、
「とても、おいしいわ!」
もう一口、と口をひらいたのだが、
「そうか、なら俺も食べよう」
グローブは、残りのうさぎを自分の口に入れてしまった。
「あっ…」
もっと、食べたかったのに… 少しだけ、うらめしくグローブを見ていると、
「うん、悪くない。 ビジュー、そんな顔をしなくても、クリーム大福はまだある」
そう言って、今度はひよこのお菓子を口元に持ってきた。
「わたくし、もう、幼子ではないわよ?」
一応の抗議はしながらも、素直に噛り付くと、またもや優しい甘さが口の中に広がった。
「これも、おいしいわ!」
ほのかな甘みの余韻に浸っていると、グローブはまた残りのひよこを自分の口に入れてしまった。グローブの咀嚼する口元を、恨めしく見ていると、
「ほら、これも飲め」
大振りの器に入った、濃い緑色の飲み物を出してくれたの。
「抹茶、と言うものだ。苦味の強い茶だから、少量でいい」
そう言われて、恐る恐る口に含むと確かに苦味が強い。でも、口の中に残っていた甘みがすっきりと消えて、次のお菓子が欲しくなる。
グローブも先程のお茶を一口飲み、今度は花を模ったお菓子を摘み、やはりわたくしの口元に持ってきた。
「グローブ、お茶碗は一碗だけのようだし、このお菓子も半分を分け合うことに意味があるの?」
聞いてみると、
「茶は、濃茶だからな。まあ、こんなものだと思っておくと良い。菓子はビジューが全ての種類を食べられるように、手伝っている」
と言って、わたくしの唇をつつき、口を開くように催促してくる。
濃茶?とは何なのか。説明を求めようと口を開いたら、そのまま菓子を入れられた。
説明が面倒なのかしら? でも、この白い餡も美味しいわ♪
「で、今日はどうした?」
お菓子の甘さを楽しんでいると、グローブから来訪の理由を尋ねてくれた。
甘えすぎていたことに気づいてしまい、わたくしからは切り出しにくくなっていたので、助かったわ。
堅い言葉を嫌うグローブだけど、わたくしは今お願いをする立場だから。丁寧な物言いに変えて、
「『癒しの庭』で眠っている、国永流威と話をさせてもらえませんか?」
そう言うと、グローブは少し目を眇め、
「なんの為に? 姉の愛凜澄に問題がないなら、弟に何の用がある?」
他柱の世界への干渉と取られてしまったのか、少し不機嫌そうになってしまった… でも、
「約束なのです!」
「いつ、約束をした? おまえが流威と話をする機会を与えた覚えはない」
グローブの表情が堅くなってきている。共に過ごした一億年の時間のお蔭で怖くはないが、少しだけ不安になった。『流威の望む形での転生』を願うことは、高位神であるグローブの世界への干渉に他ならないのだから。
不興を買うだろうことは覚悟してきたけれど、これが元でグローブと疎遠になってしまうと、やはり悲しい。
「愛凜澄との約束なのです!」
でも、愛凜澄との約束を守る為には、わかってもらわなければ!
グローブの目を見つめながら決意するわたくしに、何かを感じ取ってくれたのか、
「愛凜澄? 友達になったと言っていたな。 詳しく話してみろ」
少しだけ目元を和らげて、話を聞いてくれたの。
「ビジューは愛凜澄との約束の為に、流威と話をしたいんだな?」
グローブは、最後まで話を聞いてくれた後、ゆっくりと確認するように聞いてきた。
「はい」
「愛凜澄に、『流威の幸せな転生』を約束したと」
「はい」
「それは越権だと理解しているな?」
「はい、ですが、どうか!」
愛凜澄の願いを叶えてやりたい! そう思いながらグローブを見つめていると、
「おまえの初めてできた友達の願い、か…」
そう言って、表情を和らげてくれたの。
…え、わたくしの初めてのお友達?
改めて思い出してみると、わたくしにはお友達がいなかったわ……。
「おまえはずっと俺の側において、他の女神とは交流させてやれなかったからな。 茶会の席では色々と協力して貰っていたし」
わたくしは、優秀過ぎるグローブの側に長くいたせいで、他の女神にあまり良く思われてはいない。
愛凜澄は、数十億年をかけて、初めてできた私のお友達なのだわ!!
「はい、初めてのお友達のお願いなのです。どうか、わたくしに約束を守らせてくださいませ!」
わたくしはグローブに深く頭を下げた。
「…ビジュー、まずは言葉を」
グローブはわたくしの下げた頭に手を置いて、言葉を戻すことを促した。
「お願いを聞いてくれるのっ?」
期待しながら、近くにあったグローブの顔を覗き込んだ。
「そうだな。せっかくの願いだから、叶えてやりたいな」
その言葉に嬉しくなって、わたくしの頭の上におきっぱなしだったグローブの手を握りしめながら、次の言葉を待った。
「だが、越権であることは理解しているな?」
「……。」
やっぱり、ダメだと言われてしまうのかしら…。
悲しくなって握っていた手を離しうつむいた。 どう言えば、願いを聞き届けてもらえるのかしら。
そう思案していると、
「ペナルティを受けてもらおうか」
「ペナルティ?」
「ああ。 願いを聞くのはおまえだが、希望の転生を行うのは俺だからな。仕事をするには報酬が必要だろう?
そうだな。 次の茶会の席で、俺の側で世話を焼いてもらおうか」
わたくしの髪をもてあそびながら、そう言った。
「給仕をしろ、と言うこと? でも、グローブはいつも男性の眷属神に世話をさせていたでしょう?」
言い寄る女神除けを兼ねて。
「ああ、その日は眷属神を連れて行かない。 代わりにおまえが俺の側にずっといて、給仕をするんだ」
「わたくしに、あなたの眷属になれ、ということなの…?」
それは、随分と重い、重いペナルティだわ。
言葉に詰まっていると、グローブは楽しげに
「おまえも眷属神は連れてくるな。
おまえが俺の側で俺の給仕をする様に、俺がおまえの側で、おまえの給仕をしよう。これなら眷属神に間違われることもないだろう?」
と言った。
確かにそれなら眷属に落ちたと思われることはないでしょうが、グローブのメリットは? 互いに世話をし合うなら、グローブの手間が増えるだけで、わたくしにとってはペナルティと言うほどの手間でもないのに…
不思議に思いながら視線を上げると、
「どうする?」
何かを企んでいるように、いたずらに微笑んでいる。
「また、いつものアレなのね? 確かに重いペナルティだわ…」
いつものアレ、わたくしを他の女神(時には男神)からの盾にすること。
女神たちからの怒りや嫉妬を受けるのはわずらわしくはあるけれど、それで愛凜澄との約束を守れるならたやすいこと。
「受けるわ! だから流威とお話をさせてね?」
受諾の返事と共に、重ねてお願いをした。
「ああ、茶会を無事に乗り切ったら、その報酬として愛凜澄の弟との面談を許可しよう。もちろんわたしも同席するが、異存はないな?」
グローブが同席してくれるなら、流威の希望をその場でグローブにお願いできるわ!
「うれしいわ、グローブ! 本当にありがとう!! 流威のお願いを聞いてあげてね?」
「ああ、おまえが茶会で上手に振る舞えたら、褒美におまえの願いを聞いてやろう」
グローブが約束をしてくれたことが嬉しくて、彼の胸に飛び込んで喜びを表現していると、
「ああ、俺も嬉しいよ」
わたくしを抱き上げ“高い高い”をしながら、
「頑張ってくれ。俺の可愛いビジュー!」
楽しそうに笑った。
どうやら、わたくしをまだまだ幼子のように扱うつもりらしい。
少し面映ゆくもあるけど、今度「お父様」と呼んでみようかしら♪
(……いつまでも、可愛いままでいてくれ。 俺の可愛い女神)
ありがとうございました!
機会があったら、グローブサイドのお話も書いてみたいなぁ…




