有言実行、します
「決を採る。
“醤油の輸入”に異議のあるものは挙手を。
………いないな。では次に、
“商業ギルド・ジャスパー支部は酪農に注力する”に異議のあるものは挙手を。
………いないな。では、この場を」
「ギルドマスター! 発言をお許し願いたい!」
私が従魔たちと遊んでいる間に、急遽始まった幹部会議。
少し離れた席で黙って傍聴していたセルヒオさんが突然挙手をした。皆さんも少し驚いた顔をしている。
「……許そう」
「ありがとうございます。
酪農に注力するのはアリスさんのレシピありきの話ですね?
裏門近くにある<ヘラルド牧場>は、“アリスさんとその関係者、ヘラルド牧場とその関係者が互いに一切の関わりを持たない”旨の誓約書を交わしていることをご報告します」
セルヒオさんの“報告”は大きな意味を持っていたらしく、私は誓約書を見せることになり、セルヒオさんは詳しく説明をすることになった。
「……なるほど。 では、これだけ徹底した相互不干渉の誓約は、ヘラルド牧場からの要請だったのだな?」
「そうです。 当初の“アリスさんと護衛の冒険者たちに関わらない・悪意を持った噂を広めない”といった誓約を不服として、牧場主のヘラルド氏が要請を出しました。
すでに裁判所に受理されています」
セルヒオさんの説明を聞き、終わりかけていた幹部会議がまた始まった…。と思ったら、あっさりと終わった。
「<商業ギルド・ジャスパー支部>は酪農に注力するが、<ヘラルド牧場>は除外とする。
アリスさんのレシピを使用して商売をする場合のみ、ヘラルド牧場のミルク及びミルク製品の使用を禁止とし、個人でレシピの料理を楽しむ分にはどこのミルクを使おうとギルドは介入しない。 異議のあるものは挙手を」
誰も手を挙げなかったので、これで可決したらしい。
(ヘラルド牧場が可哀想、とか思ってるにゃ?)
(ちょっとだけ…)
(じゃあ、許してやるにゃ?)
あの日のヘラルド達の言動を思い出して眉間にしわを寄せていると、
(偽善にゃ!)
ハクに鼻で笑われた。
確かに、ハクの言う通りだけど……。
試食代金の98万メレ(大金だ!もちろんレシピ&調理組に提供した料理は含んでいない)を受け取ると、試食会は終了となり、幹部たちは解散となった。
「グロリアとウルバノは残ってくれ。 ファビオ、君も残りなさい。 セルヒオはリノを呼んでくれ。
アリスさん! あなたはまだ帰らないでください!!」
ギルマスは、それぞれに部屋を出ようとしていたサブマスとリノさんの上司、幹部の息子くんと私を呼び
止めた。リノさんを呼びに行ったセルヒオさん以外の皆さんの足も自然と止まる。
「サンダリオ? 自分たちだけお嬢さんに美味いものをねだるつもりか?」
衛兵の詰め所からクッキーを奪おう発言をしていた幹部に睨め付けられて、ギルマスは苦笑をこぼした。
「そんな抜け駆けはせんよ。 これからアリスさんに薬の登録をお願いするのさ」
「!! なんと! お嬢さんは料理開発や治癒魔法だけじゃなく、薬まで開発できるのか!?
冒険者なんぞやめて商売だけで一財産築けるぞ!」
“冒険者にならなくても”といったことはよく言われるけど、私の所持スキルは、
①この世界を生き抜くこと
②冒険者として生計を立てられる
を前提に貰ったものなんだよね。
冒険者にならない選択肢なんてないんだよ。
心の中で苦笑していると、リノさんがドアをノックして入ってきた。
「お呼びでしょうか? …っ! 失礼します!!」
と思ったら、すぐに出て行ってドアを閉めてしまう。
……そうだよね~。この部屋に外から入ってくるのは厳しいよね。 私はハクの魔法のお陰で平気だけど。
「おい、リノ!?」
驚いているギルマスに事情を説明すると、
「から揚げのにんにくがそれほどまでに……」
部屋に残っている全員がショックを受け、急いで換気を始めた。
「アリスさん! にんにく入りのから揚げはまだ残っていますか!? 家族へのお土産用に売ってください!」
「私も!」
「俺にも!」
「わしにもじゃあ! 孫に嫌われたくないんじゃ、にんにく入りのから揚げを売ってくれ!」
ギルマスを筆頭に、「にんにく入りから揚げを売ってくれ」コールが始まる。
……だから止めたのに。
少しだけ呆れを含んだ視線を送ると、皆さんは気恥ずかしそうに視線をそらせた。 ……仕方がない。
とりあえず、インベントリに残っているから揚げをリノさんに食べてもらって、お土産用のから揚げは今から作ることにした。
8家族分と私たちの分のから揚げの仕込みをすると、インベントリにストックしていた解体済みのハーピーのモモ肉が無くなってしまった。 当然、私たちの分は優先して確保すると伝えると、
「おまえの娘は嫁に行っただろう? どうして数に入っているんだ!」
「俺の家には今、妻の両親が泊まりに来ているんだ。 2人分増やしてくれ!」
といった話し合いになっていたが、それも落ち着いたようだ。
ギルマスに言われて初級ポーション・解毒薬・増血薬・植物活性薬をテーブルに置くと、買い取り部門の幹部のウルバノさんとリノさんが同時に鑑定をかけ始める。
「これは……」
「ああ、おもしろい物ばかりだ」
“シュワシュワシュワシュワ……”
「不味くない増血薬が作れるなんて…!」
「まずは<冒険者ギルド>が食いついてくるな」
“チリチリチリチリ……”
「ギルマス! これは<治癒士ギルド>からの横槍を警戒しておいた方がいいかも知れませんね」
「そうだな。 だがアリスさんはすでに<商人>登録をしているから、利はこちらにある」
“ピチピチピチピチ……”
「アリスさん!」
「はい?」
呼びかけに振り返ると、
「味見をしましょう!」
から揚げが揚がったのを見たギルマスが嬉しそうにお皿を差し出している。
「必要ありません」
でも心を鬼にして断った。 この人たちの胃袋に合わせていたら、ハーピー肉がどれだけあっても足りなくなる。
「そんな…、少しだけ」
「ダメです。 ちなみに代金を受け取るまでは、このから揚げは私のものです。 つまみ食いは窃盗と見なし、連帯責任を取ってもらいますのでご注意を。
一流の商人の皆さんには言う必要のないことでしょうが」
今にも手を出しそうな人が複数いるので釘だけはきっちりと刺しておく。
“シュワシュワシュワシュワ……”
ついでにハクに結界を頼み、揚げ物の続きを始めると、
“バチッッ!”
「ウッ!!」
大きな音と呻き声がした。 反射的に振り向くと、幹部の息子くんが指先を握りながら顔を顰めている。
「………つまみ食いは窃盗だと言ったでしょう?」
「金はちゃんと置いた!」
優しく注意したら幹部の息子くん…改め、ファビオは開き直った。 ……反省の色はなし、か。
「販売価格も決めていないのに、お金を置いたから持って行ってもいいと言うつもりですか?
これだけの商人が揃っていて、押し買いという悪徳な手口を行うことを黙って見ていたんですねぇ……。
まあ、いいでしょう。 忠告どおり、皆さんに責任を取ってもらうだけですから。
にんにく入りのから揚げの販売を取りやめます」
「…なっ!」
「ちょっ……!」
「待て!」
止める声を無視して、揚げあがっていたから揚げと、揚げている途中の鍋をインベントリに収納した。
自分の鍋を使っていてよかったな。
ありがとうございました!




