先輩移住者の足跡?
「子供1人に振り回されるほど私たちは暇じゃないんだ! やる気がないなら帰れ!」
「パブロ!! 止めなさい!」
どうやらこの男も幹部の1人らしいが、みんなで楽しく作った料理をこの男に食べさせるのはイヤだなぁ……。 でも、ギルマスとの約束だし……。
我慢をするか、ギルマスには悪いがこのまま断るかを迷っていると、
(……ギルドはここだけじゃないにゃ)
(……こいつにごはんをあげるのいやだ)
ハクとライムが言外に“帰る”と言うので、2匹が同意見なら悩むことはないと安心して帰ることにした。
「ギルマス、いいお買い物ができました。ありがとうございました。
でも、ごめんなさい。 やる気がなくなったので私は帰ります」
ギルマスに挨拶をして、きれいな獣人さんに軽く会釈をして出て行こうとしたが、
「そこをどいてくれないと帰れないんだけど?」
いきなり怒鳴りつけてきた男がドアを塞いでいて出て行けない。
「アリスさん、待ってください!
パブロ! わたしは今日の試食会に君を呼んでいない! 何をしに来たんだね!?」
「料理レシピ登録担当のわたしが呼ばれないなんておかしいでしょう!? 今朝ファビオに聞いて、わざわざ時間を空けたんですよ!」
男は押し付けがましく言うけど、予定があったなら無理して来なくても良かったのにな。
それにしてもこの男がレシピ担当なのか……。 ギルマスが呼んだわけではないらしいけど…。うん、やっぱり帰ろう!
改めて“帰る”と心を決めると、
“ふぁさっ! ふりふり・ぴくぴく”
きれいな獣人さんが目の間に移動してきてふさふさの尻尾を揺らし、ふわふわの耳を可愛らしくぴくぴくさせながら私に向かって微笑みかけてきた。
……あざといけど、かわいいっ!
ドアも塞がれている事だし、そんなに急いで帰らなくてもいい気がするなぁ。
私が魅惑の尻尾に触りたい衝動を必死に我慢している間に、ギルマスとレシピ担当の話し声(怒鳴り声?)が聞こえたらしい幹部たちがこちらに集まってきた。
「ギルマス、彼女が新レシピの登録予定者ですかな? 随分と美味いものを作るらしいですな。 彼女の作るもの目当てにセルヒオが参加したいと掛け合ってきましたぞ」
「なんだ、セルヒオもか。 うちはリノが朝1番で来たぞ」
「その2人が無理を言い出すなんて珍しいわね。 こちらのお嬢さんの作るものはそんなに美味しいの? 楽しみだわぁ~♪」
最初に来た男とは違い、皆さん拍子抜けするほど穏やかだ。 審査してやるといった高飛車な態度は見せず、遠足前の子供のようなわくわくしているそぶりをみせたりもする。
ギルマスが返事をしようと口を開く前に、
「セルヒオもリノも何をバカなことを言っているんだ!?
ギルマスに無理を言って審査の機会を設けてもらっておきながら、まだ準備すらしていない愚かな子供の作るものが美味いわけがないだろう!?」
最初に来た男が叫ぶように言った。
「私たち幹部の時間を取っておきながら反省のそぶりすらない。 そんな子供の作るものに価値なんかあるものか!」
「パブロ! いい加減に黙りなさい!!」
「そう思うのならさっさとそこをどきなさいよ。 おじさんが邪魔で帰れないんだから」
男を黙らせようとしているギルマスには心の中で謝りながらドアに向かって1歩を踏み出すと、きれいな獣人さんがため息を吐き、振り返りざまに男の首筋に手刀を叩き込んで、崩れ落ちる男の背中を足で踏みつける。
思わず拍手を送ると、キレイな獣人さんは胸に手を当ててお辞儀をしてからにっこりと微笑んだ。 …………あれぇ?
「邪魔なものは片付けましたので、帰るなどとおっしゃらないでいただきたい。 私はギルマスの忠告に従い、今日は朝食を抜いているのですよ」
微笑む姿はどこから見ても、きれいな狐の獣人さんなんだけど…。
「でも、その人はレシピ登録の担当の人なんでしょう? その人とはお話したくありません。色々とお骨折りくださったギルマスには申し訳ないのですが、帰らせてください」
かすかな違和感には目をつぶり、ギルマスに向かって謝罪をすると、
「あら、その男はもうレシピ担当じゃないわよ?」
さっき、私の作るものが楽しみだと言ってくれた女性が部屋に入ってきながら朗らかに言った。
「本人はまだ通知を見ていなかったようだけど、昨夜、幹部を解任したもの」
幹部の解任を、本人が知らないことってあるの? 自分の常識と照らし合わせて驚いていると、
「おい! 俺は何も聞いていないぞ!?」
部屋の外から声が上がった。
「ああ、あなたは昨日は1日治癒士ギルドの方にいたから。 …町長との癒着の証拠がでちゃったのよ」
「!! ……そうか」
そうか。 だから最初から私への態度が憎々しげだったんだ。 ムカつくことに変わりはないけど、納得は出来た。
「じゃあ、後任は」
「彼よ」
女性が指し示したのは男を踏んだままのきれいな獣人さん。 ……やっぱり。
「ふん、ラファエルか。 だったら問題はないな」
自分を認める発言を聞いたきれいな狐の獣人さんは、それは艶やかに微笑んだ。 ……男性、なんだよね?
「お嬢さま、今日は私・ラファエルの幹部就任祝いだと思って、新作を提供していただけませんか? もちろんお約束どおり、お代はギルマスがお支払いしますので。
あと、私は男ですよ」
私の疑問はお見通しのラファエルさんは、名乗った後、茶目っ気たっぷりに微笑んだ。
仕方ない。 他の人たちも集まってくれているし、気を取り直そうかな。
「コンロだ…っ」
キッチンに移動して一人部屋の中に入ってみると、料理学校の実習室のようにいくつもの調理台があり、それぞれの調理台にはコンロと蛇口のようなものが付いている。
「ほう、魔石コンロを知っているのかね? どこかで使っていたのかい?」
思わず呟くと、ドアからこちらを覗いていたセルヒオさんの上司らしき人が反応した。返事をせずに笑ってごまかすと、
「なるほど…?」
あごひげを撫でながら1人納得を始める。 何を納得しているのか気になるけど…、放っておこう。
「クリーンをかけるので、かけ終わった方から入室してください」
調理台や積まれていた食器などにクリーンを掛けると、ギルマスが心得たように大銅貨を手のひらに乗せた状態で待っていた。
お金を受け取りながら順番にクリーンをかけていくと、最後から2番目にラファエルさん、最後にセルヒオさんが大銅貨を握って待っていた。
「セルヒオさんも参加ですか?」
思わず声を掛けると、
「ええ。ギルマスの権限で、今回だけ特別に参加させてもらえることになりました! 朝食を抜いてきたので、早く食べさせてください!」
朝食を抜いているのに、元気いっぱいの返事が返ってきた。
セルヒオさんの声に振り返った上司らしき人も苦笑しているので、問題はなさそうかな。
皆さんが席に着いたので、さあ! 1皿1万メレの商売を始めるぞ♪
ありがとうございました!




