試食会の前哨戦 1
「どうして【アイテムボックス】を取得しなかったのにゃ? 【気配遮断】と【鑑定】はどうするにゃ?」
食材の複製も終わり1階に下りようとすると、ハクが思い出したように言った。 インベントリのリストを見て引っ掛かったらしい。
「【アイテムボックス】は取得できたらすぐに使いたくなるから自重したの。 みんなの前じゃ使えないでしょ?」
「にゃ?」
「【アイテムボックスのレベル1】が取得できたら、今の時間経過のない【アイテムボックス】は何?ってことになっちゃうからね。 町を出るまではおあずけだよ。
次の所ではインベントリをアイテムボックスのマスターに偽装して【任意で時間を止められる便利なアイテムボックス】って事にするの」
「……アリスがちゃんと考えてるにゃ! 忘れただけだと思ってたにゃ」
驚いたように言うハクに「失礼だ!」と言いたいけど我慢する。 実際【気配遮断】と【鑑定】は、さっきインベントリのリストを見るまで忘れてたし。
これ以上追求されないうちに、さっさと1階に下りよう!
1階では水晶の取り分を決め終わった護衛組が私を待っていた。 みんなの言うとおりに水晶を分けてあげると、早速吸収し始める。
「明日、ギルドに行く楽しみが増えたな!」
みんなが本当に楽しそうに笑っている。 ギルドに置いてある水晶で自分のステータスやスキルを見ることができるらしいけど、使用料は1回1万メレ。…微妙に高い。
「今日の晩飯は何か買ってこようか?」
明日の試食会の準備の為に、時間がかからないように「買ってくる」と言ってくれる気遣いが嬉しい!
簡単にステーキを焼くだけだから大丈夫だと返事をすると、
「ステーキって、“簡単だから”って出てくるものだっけ?」
「“やっほう! 今日はステーキだぜ!!”って食うモンだよな?」
4人でぼそぼそと何かを言っているけど、みんなの顔は嬉しそうだから文句はないのだろう。
台所へ向かおうとすると呼び止められて、
「すまん! 薪を切らしたんだ。 薪代で勘弁してくれ」
と申し訳なさそうにお金を渡そうとするので「薪の代わりにごはんと明日の仕度を手伝って欲しい」とお願いすると、なぜか喜ばれた。
コイントスでお手伝いの順番を決めているけど、
「お米を炊ける人」
と聞いたことで、早くも順番は崩れた^^
イザックにお米を炊いてもらっている間に、ボアとオークをそれぞれ下ごしらえしてサラダの準備。
玉ねぎを摩り下ろしながら泣いているマルタが気の毒で、「代わろうか?」と声を掛けたが拒否された。 ちゃんとおいしいドレッシングにするから頑張ってね!
ミルクを一生懸命に冷やす従魔たちの姿にマルタとイザックがたびたび手を止めてしまうけど、ハクの「ふぎゃ!(動け!)」の一声で我に返ってくれるから何も言わないでおく。 頼りになる従魔たちに任せておけば大丈夫だろう。
オークステーキを焼き終わりソースを作り終わるのとほぼ同時にマルタの手が空いたので、一緒にスープ用の野菜を切ることにした。
シチュー用も必要なので大量の野菜を切ることになったんだけど……、マルタが手を切った回数が5回を超えた段階で数えるのをやめた。 手を切ってもすぐにヒールで治るのでマルタも怪我を怖がらずに作業を進め、少しずつだけど上手に切れるようになってくる。
ご飯を炊き終わったイザックにレモンを搾ってもらっていると、
「料理って、なにげに力仕事だよな…」
としみじみと呟くので、いたずら心に唆されるままに、
「料理のお手伝いをしてくれる彼氏・旦那さんは、お付き合い円満の秘訣!」
耳元で囁いてみると、今まで以上にやる気を出して、
「力がいることとか、単純作業があるならどんどん言ってくれ!」
と頼もしく笑うので、遠慮なくどんどんお願いをする。
大根おろしって結構大変なんだよね~。 イザック、任せた!
マルタが摩り下ろした玉ねぎとイザックの搾ったレモンを使ってドレッシングを作っていると、
「共同作業か。 パーティーメンバーの結束が深まるな」
入り口で見ていたアルバロが呟くように言ってマルタとイザックが同時に頷いているから、後でレシピを教えてあげようかな^^
「美味いっ! 美味いぞ、オークステーキっ!」
「なんだよ、このソース。 ワインに謝れ!って思った俺が謝るよ!」
肉を焼いたフライパンでソースを作っている時に赤ワインを加えた瞬間のイザックの表情は物凄かった。「何しやがるんだ、この野郎」って、声に出さなくても顔で語ってたんだけど、気に入ってくれたようで良かったよ。 イザックは甘いものだけじゃなくてお酒も好きだったんだね。
「このサラダに掛かっているソースもかなり美味いぞ」
「あ、それはマルタが頑張ったの。 目の痛さに耐えて泣きながら玉ねぎを下ろしてくれたおかげ!」
エミルはオニオンドレッシングがかなり気に入ったらしく、マルタを手放しで褒めている。
「あたしは玉ねぎを摩り下ろしただけよ」
と照れながら、マルタも嬉しそうだ。
玄関のドアをノックされたのは、従魔たちが3枚、護衛組が2枚目のオークステーキを食べている最中だった。
「こら、アリスは出るな!」
食べ終わっている私が出た方がいいだろうと玄関に向かうと、アルバロが口に肉を入れたまま私を叱る。
「アルバロ、行儀が悪いよ?」
「わかったからちょっと待て。 ……誰だ!?」
律儀に口の中のものを飲み込んでからアルバロが誰何すると、尋ねてきたのは見回り任務中の衛兵だった。
「おう、どうした?」
アルバロがドアを開けて中へ招くと同時に、誰かのお腹の鳴る音がする。
「……出直して来ます」
衛兵さんの1人がうつむいて恥ずかしそうに言うと、一斉に護衛組の笑い声がはじけた。
「肉を焼いたいい香りが漂っちまってるもんな! 仕方ないさ!」
「任務の終わりがけなの? お腹が空いたってしょうがないわよ!」
護衛組が口々に慰めてるけど、新人らしい若い衛兵さんは赤い顔のまま涙目になっている。
……そこまで恥ずかしいかなぁ?
乙女みたいな反応に少し驚いたけど、お腹が空いているならちょうどいい。
衛兵さん達にクリーンをかけると護衛組が席を作り出した。何も言っていないのに、反応が早い。
「衛兵さん達、よかったら新作料理の試食をしてください。大したものじゃないけどお腹にはたまるから。
お話は食べながらでもできるでしょう?
すぐに用意してくるから後はよろしくね~」
私の食器は片付けているから、後はもう1人分のスペースだけ。
後を護衛組に任せて私は台所で仕込んでおいた肉を焼き始めると、ハクが血相を変えて飛び込んできた。
(オークはダメにゃ! オークステーキはあげないにゃ!!)
(大丈夫だよ~。 衛兵さん達のはボアステーキだから、安心してね?)
オークが減ってしまうと思って悲しげだったハクを宥めながらボアを焼き上げ、赤ワインのソースを作っていると、
(ボアステーキも食べるにゃ!)
と言い出したのでびっくりした!
自分の体の何倍食べたら気がすむの? そろそろ破裂しちゃうよっ!?
ありがとうございました!




