紹介状のお礼はごはん
「ギルマス、何をしているのですか……?」
「その声は、セルヒオか!?」
アルバロとイザックの分厚い筋肉の壁に阻まれて姿は見えないが、部屋の中にいたのは<商業ギルド>のギルドマスター・サンダリオさんらしい。
「君たち、どいてくれないかっ!? 私はアリスさんに用があるんだ!」
「まずは落ち着け。 そしてアリスに危害を加えないと誓ってからだ」
アルバロとイザックは護衛の仕事をしているらしい。 急に腕を引かれて後ろに隠されたからびっくりしたよ。
「ああっ!? …ああ、そうだな。 少し興奮してしまっていたな。 すまない」
“コホンッ”
と咳払いをして、サンダリオギルマスは気を取り直したようだが、
「おはようございます、アリスさん。騒がしくて申し訳ないですね。 サンダリオがどうしてもあなたに会いたいと言って、朝からずっと居座っていたんですよ。
あなたが来てくれて本当によかった」
モレーノ裁判官の落ち着いた声に遮られてしまった。
「おはようございます、裁判官! お腹が空いたのでお昼ごはんのお誘いに来ました。ご都合はいかがですか?」
「ちょうど手もお腹も空いているところですよ。 今日は何でしょう? とても楽しみですね!」
裁判官はイザックがずれた隙間から顔を出して、にっこりと笑ってくれた。
「今日は裁判官の紹介で買えた、アウドムラのミルクを使ったごはんです♪ ゲストを1人招いていますが構いませんか?」
セルヒオさんを示しながら聞くと、2人は顔見知りらしく挨拶を交わし始めた。 問題ないようだ。
「今日はあいにくの雨なので部屋を用意しました。 こちらですよ」
イザックの横から滑るように出て来て歩き始める裁判官に、
「アリスさん、モレーノさま! 待ってください、少しだけお話を……! いや、私も是非同席をさせてください!」
サンダリオギルマスの声が掛かるが、裁判官は足を留める様子もない。
「今朝、裁判所の玄関を開けると同時にやって来ましてね。 最初は受付の横で待っていたのですが、凄い形相で玄関口を睨み続けるもので受付から苦情が来たのですよ。 それで仕方なく私の部屋に隔離していたのです。
ああ、うるさかった…」
“うんざり”と言った口調で裁判官は説明をしてくれたが、顔には面白がっているのが丸わかりな笑顔が浮かんでいる。
「それは大変でしたねぇ。 裁判官のお気に召しそうな甘~いごはんを用意してますので、元気を出してくださいね?」
ギルマスは私に用があるらしいが、とりあえず放っておいて裁判官と話を続けた。
後ろから、
「セルヒオは同席できるのか!? セルヒオ! 私も同席できるように取り計らってくれっ」
「ごはんはゆっくりと食べたいから、邪魔しないでよ~♪」
「同席は断る。 俺たちの分が減るからな^^」
「ギルマス、私には無理です。 アリスさんの作る美味しい食事をギルマスにも分けて欲しいなんて、そんな厚かましい事は言えません……」
「今日の飯も美味いんだろな~。楽しみだ!」
「アリスの作る飯は金も掛かっているからなぁ。商人ならわかるだろう? 諦めてくれ♪」
といった声が聞こえてくるので、笑いを堪えるのが大変だ。 護衛組とセルヒオさんは間違いなく意地悪を楽しんでいる!
「アリスさん! 私は商人でアリスさんも商人だ! どうだろう? 昼食を一緒に食べる権利と昼食を私に売ってはくれないだろうか!?」
とうとうギルマスが壊れた発言を始めてしまったので、護衛組だけでなく裁判官やセルヒオさんまで笑いを抑えきれなくなってしまった。
「食事中にお金と仕事の話をしないって約束してくれるなら、お昼ごはんをご一緒にいかがですか?
モレーノ裁判官のお顔を立てて、ご招待しますよ~?」
仕方がないからお昼ごはんに誘ってみた。
みんなも本気で拒否しているわけじゃないし、私に用があって待っていたらしいから意地悪もほどほどにしないと、ね^^
案内された部屋は、椅子1つ置いていないがらんとした部屋だった。
「さすが! わかってるよな~♪」
イザックが口笛を吹きながら帆布を敷き始めると護衛組がそれぞれの敷物を上に置き、セルヒオさんがギルマスに靴を脱ぐ準備をさせて、裁判官と私は邪魔にならないように端っこで待機する。
ゲストのはずだったセルヒオさんがすっかり身内の動きをしていることにちょっと感心する。 昨夜の1回で覚えたらしい。
「アリス!」
名前を呼ばれて振り向くと、真ん中に天板が置かれて準備完了!状態だった。 でも、
「ふむ…。テーブルが少し手狭ですね」
裁判官の言うとおり、人数が増えたので天板1枚では狭そうに感じる。
「では、これをどうぞ」
どこかで台になる物を借りてこようかと考えていると、裁判官がアイテムボックスから厚い板のようなものを取り出した。
「これは?」
「サンダリオが夕方まで粘る気でいたので、万が一に備えて用意してみました」
「さすがだぜ!」
アルバロが受け取って天板の横に並べると、ちょうどいい大きさに見えた。 モレーノ裁判官、さすがだ!!
アルバロが帆布から下りるのを待って、敷物にクリーン! 続いて裁判官、ギルド関係者、護衛組、従魔たちに続いて自分にもクリーンを掛けてブーツを脱ぐ。
下が芝生じゃないのが残念だけど、開放感だけはある♪
「暖かい飲み物を出すので、耐熱のカップとお皿とカトラリーを出してくださ~い! 持っていない人は手を挙げて! 余裕がある人はフォローしてくださ~い!」
「アリス、水もくれ!」
「了解♪」
水差しを2つ取り出すとイザックが水のいる人に注いで回ってくれる。
突然の参加になったギルド組の食器もみんなで持ち寄ると何となく揃ったし、
「あ、裁判官の食器、素敵ですね~♪」
今日は裁判官も自分の食器を用意してくれていた。とても品の良い揃いの素敵な食器だ♪
「今日のお昼ごはんは、モレーノ裁判官の紹介で手に入れたミルクとミルク製品を使ったものになります。ミルク関連が苦手な人には別の物を出しますので、遠慮なく言ってくださいね!」
一呼吸置いて全員の顔を見たが、みんな問題なさそうだ。
「飲み物は紅茶と珈琲の2種類です。 紅茶の人は挙手を!」
紅茶を選んだ人にはロイヤルミルクティーを、珈琲を選んだ人にはカフェオレを注いで、全員のお皿にフレンチトーストと房から外したぶどうを乗せる。 テーブルに蜂蜜のビンと砂糖のビンを3つずつ置いたら、ひとまずは準備完了♪
「パンにはお好みで蜂蜜をかけて、飲み物は味を見てから砂糖を追加してくださいね? 今日はパンのおかわりはなしです。別のものを出すのでお楽しみに♪ では、どうぞ!」
それぞれが食前の挨拶をすませると、一気に賑やかになる。
「この甘くてほろ苦い珈琲はなんだ? こんな飲み方があったのか……」
「紅茶も同じよ~! あの変わった紅茶の淹れ方はこの味の為だったのね?」
「変わった淹れ方!? それはどんな…。 コホン、素晴らしい紅茶だ!」
「この甘くふわふわと柔らかいパンは一体……。 アリスさん、明日も是非これを!!」
「あ、それはマルタが焼いてくれたんですよ!」
「「「えええええええっっ!」」」
「なによっ! すっごく頑張ったんだから! …焼いただけだけどね^^」
(おいしいね~♪)
みんな満足そうだし、裁判官へのお礼になったかな♪
いつもお読みくださって、ありがとうございます!
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これからも頑張りますので、今後もお付き合いのほどよろしくお願いします♪




