マルタ、初めての料理 2
クッキーにハンバーグにハンバーガー、マルタが煮詰めてくれたシチューをマルゴさんのパンの中に入れたパンシチューに、トマトのチーズ焼きやトマトの肉詰めチーズ乗せといったオーブンを使う料理に区切りをつけてドアの方に顔を向け、細く開いたドアから覗く目と見つめ合う。
「入ってくればいいのに」
笑いかけると、おずおずとドアを開けたマルタが中に入ってきた。
「邪魔じゃない…?」
「ちっとも! お客さまは大丈夫?」
「うん、アルバロとエミルだけでも大丈夫。 コーヒーのいい香りにつられておやつが無くなっちゃって…」
おかわりのおねだりに来たけど、私が忙しそうにしていたから声を掛けられなかったのか。
「クッキーと干しりんごしか出さないけど、いい? コーヒーは濃い目に淹れてるから苦いと思うけど、どうする?」
「「おやつだけでいいからくれっ!」」
マルタが返事をする前に、開けたままだったドアの向こうからアルバロとエミルの声が聞こえた。
「おやつだけでいいの?」
ドアから顔を出し、お客さんの顔を見ると2人ともにこにこと笑って頷いているので、安心して追加を用意する。
「マルタがそわそわとして落ち着かないから、何か手伝わせてやってくれるか?」
「あたしに手伝えることなんて、ないわよっ」
空になった水差しを持ってきたエミルがマルタを見ながら面白そうに言うと、一瞬で顔を真っ赤にしたマルタが逃げ出そうとする。
「いっぱいあるよ? 良かったら手伝って欲しいな♪」
逃げられないように腕を掴んでにっこり笑いかけると、マルタは嬉しそうに頷いた。 …マルタ、可愛いな~♪
「マルタにはフレンチトーストを焼いてもらおうかな♪ 1度作るから見ていてね?
……熱したフライパンの上に、バターをスプーンに1杯。 お皿の上のパンをそのまま滑らせるようにフライパンに投入! あとは弱火でじ~っくりと焼くとふっくらとしてくるから、裏を見て、焦げ色がついたらひっくり返すだけ!」
簡単でしょ? とマルタを見ると、マルタは首を横に振り続けていた。
「このパンは何!? こんなにふにゃふにゃしてるのをひっくり返したら、崩れちゃうわ! 一度に4切れなんて、あたしには無理よっ」
「一枚ずつが小さいから大丈夫だよ。簡単には崩れないって♪」
「ダメよ、失敗したらどうするの!?」
卵液に浸しておいた柔らかいパンは、マルタにとってはかなりの難敵に見えるらしい。
「どうもしないけど?」
「……え?」
「多少ちぎれたって何の問題もないし、完膚なきまでにぼろぼろになったとしたら、ここにいる4人でお腹の中に隠滅すればいい。ぼろぼろになっても、味は一緒だし♪」
(おいしいのにゃ? マルタ、いっぱい失敗するにゃ!)
(ぼくいっぱいたべる♪)
形が悪くても味は一緒と聞いた2匹は、マルタの周りでそわそわし始めた。 …欲望に忠実だな。
「え、なに?」
「いっぱい食べるから、いっぱい失敗していいよ~っ。って期待してるの」
通訳すると、マルタは気の抜けた顔で笑い出した。
「もう、ハクちゃんもライムちゃんも! 失敗を期待されるなんて、複雑だわ! …でも、失敗しても一緒に食べてくれるなんて心強いわね♪」
しゃがんで2匹を撫で回した後は、じっと私の手元をのぞきこんでいる。
「あ、ふっくらしてきたわ!」
「うん。 でね、フライ返しで端をめくってみるの。 美味しそうな焦げ色でしょ? ここで優しくひっくり返して、またじ~っくりと焼くだけ♪」
「……なんだかできそうな気がしてきた」
手元をじっと見ていたマルタは、足元のハクとライムを見て笑顔で言った。
「でも、失敗しちゃったら、一緒に食べてね?」
「にゃお~ん♪(任せるにゃ♪)」
「ぷきゅ♪(うん♪)」
失敗を期待してるのが丸わかりな2匹の鳴き声に、マルタは楽しそうに笑う。 笑顔で作ると料理は美味しくなるから、きっとマルタの作るフレンチトーストも美味しくなる♪
焼けたフレンチトーストに蜂蜜をかけて味見をすると、残りの3枚に視線が固定されたので急いでインベントリにしまうと、2匹と1人に恨めしそうな目で見られた。 気に入ってくれてよかったよ♪
失敗作を待っている2匹に1枚ずつ貢いだマルタはすぐにコツを掴んで、私が鍋でロイヤルミルクティーを淹れているのに興味を持つ余裕もできた。
「次はその変わった紅茶の入れ方も教えてくれる?」
「いいよ」
「戻ったぞ!」
「……また、今度ね」
マルタはきっと、今まで料理の機会に恵まれなかったんだろうなぁ、と思うタイミングでイザックが戻ってきた。
「おかえりっ! 冷たいりんご水と、今から淹れるから時間がかかるけど暖かいコーヒー、どっちがいい?」
分かれるだろうと思って希望を聞いたが、全員がコーヒーを選んだ。 コーヒーを淹れていた時の香りが部屋に残っていたらしい。 ハクとライムまでコーヒーの1択だった。
苦いんだけど、大丈夫かなぁ…?
砂糖とミルクを出すと、みんなが“?”という顔をしたので、この世界ではコーヒーはブラックで飲むもののようだ。
……揃って甘党の護衛組が全員コーヒーを選んだことが信じられない。 もしかして、甘党ってわけじゃなかったの?
「苦味が強い豆なので、お砂糖とミルクで自分の好みに調整してください。 両方入れるときは、砂糖→ミルクの順で」
お手本代わりに私が自分の好みの味にして、ハクとライムに味見をさせた。
(もっと、砂糖を入れるにゃ!)
(ぼく、みるく~)
うん、そう言うと思った。
みんなも遠慮してないで、自分の好みに調整してね? 眉間にしわがよってるよ……。
ごちそうさまでした!




