望んだのは 2
護衛組からは、イザックが牧場まで行ってくれることになった。
「イザック、お水でいい? 衛兵さんも、お水くらいなら賄賂にならないだろうし」
水差しをいっぱいにして渡すと、
「水筒の中の水は全部飲むか、他の容器に移せ」
イザックが衛兵さんに、水筒を空にすることを勧め出した。 無理に水を飲ませるとお腹を壊すから、その上から水を足せばいいと言っても、
「ダメだ。空にしておかないと、絶対に後悔することになる! 職務に忠実な衛兵には、そんな思いをさせたくねぇ」
と言って譲らない。 イザックがあまりに真剣に言うものだから、衛兵さんは残っているお水を一気に飲み干してから水筒に水を入れていた。
…お腹大丈夫かな?
「あと、おやつ。 気をつけて行って来てね?」
インベントリにしまっておいたクッキーと干しりんごを渡すと、イザックは衛兵さんの腕を掴み、スキップでもしそうな顔で出かけて行った。
「えっと…。 私たちもお水でいいですか?」
セルヒオさんと衛兵さんに尋ねると快く頷いてくれたので、安心して水とクッキーと干しりんごを出すと2人は顔を見合わせて笑い出す。 何がツボに入ったのかな……?
不思議に思いながら二人を眺めていると、視線に気が付いたセルヒオさんは笑いを引っ込めて、真面目な顔を作った。
「では、そろそろ仕事を始めましょうか」
「査定が出たのか?」
「はい、この家は修理費を引いて1,650万メレ、ダビの部屋は780万メレでいかがでしょう?」
「家の方はともかく、部屋の方は安くないか? あの辺りなら立地条件も悪くないだろう?」
ここの相場も家の価値もわからないから、頷くだけだな~って思っていたら、アルバロが代表して聞いてくれた。
「ええ、立地条件も悪くはなく、部屋自体の傷みも少ないのですが、汚れが酷くて……。 専門の業者を入れることを考えると、どうしてもこの査定額になってしまいます」
ダビは一見すると、メガネの似合う几帳面な感じだったけど、実際はかなりずぼらな男だったようだ。
「汚れだけか?」
「臭いも多少…」
「多分、アリスがなんとか出来るぞ。 アリスの掃除はちょっと凄い」
「!! 先ほどの【クリーン】魔法ですね!? もしや、この家がこんなに綺麗なのは、アリスさんの【クリーン】魔法のせいですか!?」
アルバロの言葉に、ピンと来たセルヒオさんは一発で正解した。
「値上げしてくれるなら、喜んで掃除しに行きますよ?」
軽~く言ってみると、セルヒオさんは少しだけ考えて、
「クリーン後の部屋の状態を見て査定額を算出し直す、ということでどうですか? 査定に変更がなければ、手数料として、3万メレお支払いします」
と提案した。 クリーンを掛けるのに1時間もかからない。 時給3万メレなら十分だ。
「ダビの部屋はどの辺り? 朝市通りか裁判所の近くにある?」
「ああ、朝市通りに近い所にあるぞ。 そうだな…。 朝市を回った後で寄って、それから裁判所でどうだ?」
マップで確認しても、各ギルドや裁判所や店、一度行った場所は地図に載ってるけど、さすがに個人の家までは載っていない。アルバロの言うとおりにしよう。
「うん、そうする。 お昼前には終わらせるつもりですが、それでいいですか?」
「結構です。 この家の売買契約はいつにしましょう? ダビの部屋の査定が出てからにしますか? 今契約をされるなら、お支払いの用意もありますが」
どうしようかと皆を見たら「アリスの好きに」と言われて、今後もしばらく家を使いたいので、退去日が決まってから契約することにした。
「彼は親切な男だな」
水をグラス一杯分飲み干した衛兵さんの呟きに、
「そうだろう? おせっかいとも言うがな」
くつくつと笑いながらアルバロが答えている。
「きっと、アリスの持たせたおやつも早々に勧めてるぞ。 あんたの相棒は甘いの平気か?」
「甘いものが嫌いなんて、贅沢を言えるヤツは少ないだろう?」
今は休憩モードなのか、口調が砕けた衛兵さんと護衛組の会話を何となく聞いていると、セルヒオさんが近寄ってきた。
「アリスさん、今回は賠償額を値上げしましたね。
3千万メレの受け取りの権利をあっさりと手放し、相手が払いたがっている慰謝料を反対に値切っていたらしいあなたが、今回は値上げした理由をお聞きしたい」
「なぜ?」
「好奇心です」
真面目な顔で“好奇心”と言い切ることが面白くて笑っていると、いつのまにか皆の視線も集まっていた。
そんなに見つめられるほどの大した理由じゃない。
「謝らなかったから」
「え?」
「私を騙して<情報登録>の権利を盗もうとしたことも、それがうまく行かない腹いせに家を傷をつけたことも、一言も謝らなかったからです。
反省も謝罪もせずに、当然のような顔で賠償額を損害額以下に値下げするような恥知らずは、牢内で常識を学んだ方がいいと思ったんですよ」
「本当にバカだよな。アリスみたいに甘いヤツを怒らせるなんてよぉ」
ため息を吐きながら皮肉な笑いを浮かべるアルバロに、
「町で起こる争いの多くはそういったことだよ。 最初に一言詫びていれば、反省を示していれば、大事にならなかったケースは山ほどある」
衛兵さんがポツリと呟いたのが印象に残った。
……十分に気をつけよう。
イザック達が戻るまで台所にいることを伝えると、セルヒオさんも衛兵さんも笑顔で見送ってくれた。
「アリス、【隠蔽】はいつ取得するのにゃ?」
「ん?」
「明日は人の集まる所に行くんだから、その前にスキルを取得しておいた方が良いにゃ」
ハクの言う事ももっともだ。せっかく手に入れたスキルなんだから、さっさと取得した方がいいに決まっている。
「う~ん、明日、取得するよ。 だから、明日の夜まで、ハクに甘えさせて?」
「にゃっ!?」
「今日は作りたい物がいっぱいあるのに、ぜんっぜん!進まないんだよ~! ね? お願い!」
スキルを取得するだけなら時間はかからないが、自分を鑑定して、そこから隠蔽作業を行うと少し時間がかかる。 ヘラルドとロレナのせいで予定が狂ったことを伝えてハクを拝み倒し、これから作るものの味見を条件に何とか了承してもらった。
ハクとライムにはミルクを冷やしてもらい、私はクッキーの生地をオーブンに入れる。
「食料は使う前に、ちゃんと複製してるかにゃ?」
「……」
「今日もいっぱい使ってるけど、材料のストック状況はしっかりと把握してるにゃ?」
「……」
だって、ずっと1人じゃなかったし……。
心の中で言い訳をしていると、後頭部に衝撃を感じた。
「な、なに!?」
振り返ると目の前にハクが浮いていて、ちっちゃな口を大きく開けて威嚇している…。
「今からする! 私たちだけの今がチャンスだよね! 今からするから!
ハクとライムはミルク瓶をくるくるさせて、冷やしておいてね?」
ハクの厳しい視線にさらされながら、急いでインベントリのリストを開いた。
コーヒーセットは複製できなかったし、今、盗賊の所から貰って来た戦利品の複製とかしたら、ハクに怒られる気がする。
やっぱり食料品かと思ったら、ミルクは直接インベントリに入れてるから複製は無理だし、アイスボールは使ってしまってる…。
他のものを探してみると、普段良く使う食材や、お礼として皆さんに渡したもののストックがかなり少なくなっていた。
先に複製しておけばよかったとつくづく後悔しながらリストを眺め、今夜も食材をメインに複製をすることにする。
【複製】は当初の予定通り、食べ物の複製に使うことが圧倒的に多い。 なのに、すぐに足りなくなるのはなぜだろう?
「料理で複製したのは、クリームシチューだけにゃ?」
複製の作業をじっと見ていたハクが、不思議そうに私を見る。
「うん、料理スキルのレベルを上げたいからね。時間があるときは、積極的に作っておきたいんだ」
手間がかかるものは、複製するけど。
氷がないから、冷えたミルクとりんご水はちゃんと複製しておいた。 それでも【複製スキル】を隠すために、2本づつしか用意できないのがもどかしい。
やっぱり氷魔法のスキルが欲しいなぁ。
ありがとうございました!




