望んだのは 1
「美味い!」
「生ハムが溢れそうだ…!」
「とてもいいチーズですねぇ!」
レタスと生ハム(ハクの強い希望でワイルドボア)とヤギのチーズのサンドイッチに野菜たっぷりのスープは、ゲストの好みに合ったらしくみるみる減っていくし、従魔と護衛組は競うようにしてクッキーに手を伸ばしている。
……しばらくは放っておこう。
(サクサクにゃ♪)
(さくさく~♪)
冷めたクッキーはしっかりとサクサク食感になってくれて、2匹も大喜びだ。
「さっきの温かくて柔らかいクッキーも美味しかったけど、冷めてサクサクしたクッキーも美味しい!」
マルタの一言で護衛組が私に目を向けるけど、気がつかないフリで、従魔たちを見つめる。
「あったかいクッキーなんて食べたことないぞ! マルタだけずるい!」
おねだりが聞こえる気もするけど、ひたすら2匹をなでなで・もふもふすることに集中した。 ……ああ、癒される。
「今回の損害は、少なく見積もって150万メレといった所でしょうか」
セルヒオさんの一言で、部屋にいた全員が目を見開いた。
「ムグーゥ! ムググーッ!」
「壁の傷がそんなに高額になりますか?」
うん、あんな傷が150万メレもするなんて私もびっくりだ。
「ご覧のとおり、この家は大変綺麗に使われていて、驚くほど汚れが少ない。 内装や外装に手を入れなくても、このまま売りに出せる程でした。 玄関側の壁に付いた傷は、購入を躊躇するのに十分な瑕疵になります。
修理費もかかりますので、私は買い取り値を150万メレ引き下げます」
「ムーッ! ムムーッ!」
「それだけではなく、住人が問題を起こした家だという印象を近隣に与えたので、この家の価値もその分だけ下がります。 買い手の感情にも影響しますから…」
うわぁ、大損害だ…。
「ムググッ! ググーッ!!」
「で、どうなるんだ?」
「そうですね…。保護者が目の前にいての犯行ですし、損害額が額なので、子供のいたずらでは済まされません。 まずは牢に入れて、器物損壊罪で裁判ですね」
この世界では、子供でもしっかりと罪に問われるらしい。 被害者からすると、当然の話だ。
「そうですか。それが妥当でしょうね。
ですが、まだ幼い子供と老人に、入牢や裁判は負担が大きいでしょう?」
「そうですね。 牢は石造りですから、体を壊す入牢者は後を絶ちません」
「ムゥゥゥゥ! ムグゥゥゥゥゥ!」
……見逃せって流れかな?
「本日中に損害額の倍の300万メレを一括で支払い、以後こちらの方々とこの家には一切近づかないことを条件に、許してやるのはどうですか? アリスさん」
事情聴取が始まって、初めて発言を求められた。 ずっと、セルヒオさんと衛兵さんとアルバロで話が進んでいたのだ。
「私はそれで構いませんが…、皆はどう?」
護衛組にも異存は無いようなので、こちら側の話は簡単にまとまった。
「おい、爺さん。どうするんだ? 300万メレ支払って許してもらうのか? それとも今から牢に入るのか?」
「ムブブ、ムブブ、ムグゥゥゥ!」
衛兵さんがヘラルドに問いかけると、どちらにも首を横に振る。 何が言いたいのかわからないので猿轡を外してやると、
「何でわしが300万メレも払わなきゃならないんだ!? ちょっと家に傷がついただけじゃないか!」
「じゃあ、牢に入るか?」
「わしのような年寄りと、こんなに可愛いロレナを牢に入れるのか!? おまえ達には、血も涙もないのか!」
自分に都合の悪いことを拒むばかりだ。 どうするかとみんなを見ると、私の好きにしろと返された。 う~ん…、
「衛兵さん、示談は不成立です。2人にはしっかりと罪を償わせてください。 私たちは町中に2人の罪を広めて、どんな罰が妥当かを問うことにします。
もちろん、<商業ギルド>で2人が何をしたかもちゃんと広めるから安心してね!」
そこまで言うと、ヘラルドは顔色を変えた。
「そ、そんなことをされたら、信用に傷が! ロレナがいじめられたらどうするんだ!? 止めろ! 止めてくれ!」
「おねえさんはそんなことしないよね? 優しい人だもん、ロレナにひどいことしないよね!?」
罪を償うとも賠償するとも言わないで許されると思っているあたり、私は随分とナメられているようだ。
「衛兵さん、この人達を早く連れて行ってください。 不愉快です」
「ま、待て! 待ってくれ! 100万メレ払ってやる!」
「ねえ、マルタ? 話を広めるなら、やっぱり酒場?」
突然の質問に、マルタは一瞬だけ考えて、
「そうねぇ。 酒場、朝市、各ギルド、食堂のない宿屋の近くの飲食店とかかな?」
欲しい答えがきっちりと返ってきた。
「何日で広がる?」
「5日もあれば、牧場の顧客たちにも話が届くんじゃない?」
「150万だ! 150万メレ払ってやるから、止めてくれ!」
「500万メレ」
「なっ…!? さっきよりも上がってるじゃないか!」
私が値上げをすると牧場組は目を剥いて驚き、護衛組は大爆笑だ。
「500万メレ。 払うの? 払わないの?」
「なんだとっ! どうして値上がりしてるんだ! たかが家の小さな傷に500万メレはおかしいだろう!? 200万メレだ!」
「仕方がないわね、600万メレよ」
「わかった! もう、わかった! 300万メレ払ってやる! これで最初の提示額だ、文句はないだろう!?」
「700万メレ」
「ふ、ふざけるな!!」
「800ま」
「700万メレだ! 700万メレ払ってやる! それでいいだろう?」
「入牢してくれた方がいいんだけど?」
「………700万メレで、示談にしてくれ」
700万メレと聞いても私が態度を和らげないのを見て、ヘラルドはやっと、示談を頼んできた。
「みんなはそれで良い?」
さっきから笑い転げている従魔と護衛組に声をかけると、みんな異存なしとの返事だ。
「じゃあ………、衛兵さん、この後はどうしたらいいですか?」
どうやって支払わせるか、ヘラルドとロレナの身柄をどうするかの判断に困り衛兵さんに助けを求めると、それまで黙って見ていた衛兵さんはまん丸くなっていた目を瞬いて、少しだけ考えて答えてくれた。
衛兵さんの1人と護衛組の誰かが牧場へ行き、事情を説明してお金を受け取ってくる。 もう1人はここへ残って、ヘラルドとロレナが逃げないように見張っていてくれる。と言う案だ。
(ねえ、これって、衛兵の仕事?)
(聞いてみるにゃ)
あとで上司に叱られたら申し訳ないと思ってハクに聞いてみたけど、すげなくかわされた。 この感じは久しぶりな気がするな…。
「衛兵さん、それは仕事の領分ですか? あとで上役の方に叱られませんか?」
「…大丈夫ですよ、こういった仕事も我々の仕事の一環です。 ご心配ありがとう、お嬢さん」
仕方がないので素直に聞くと、衛兵さんは一瞬だけ黙り、笑顔になってお礼を言ってくれた。
お任せしよう♪
ありがとうございました!




