寄り道 2
マルタの案内でやって来た油屋は、鍵が閉まっていた…。
仕方がないので出直そうとすると、マルタが私の肩を叩いて、
「大丈夫よ! ちょっと待ってて」
と言って店の裏に回って行くので、しばらく待ってみるとドアが開き、寝ぼけ眼のおばあさんとマルタが顔を出した。
「マルタ?」
「お待たせ! おばばちゃんったら、寝るのが趣味なのよ~!」
「え!? わざわざ起こしちゃったんですか? 店主さん、ごめんなさい!」
店を閉める本気モードの睡眠を邪魔したことを謝ると、
「いや? 暇な時はいつでも寝れるからね。 お客さんがいるなら喜んで起きるさ」
おばあさんは目をこすりながら私たちを店内に案内してくれた。
色々な油の甕が置かれている。 獣油から始まり、オリーブ、大豆、菜種、とうもろこし、ひまわり……。
「店主さん! これ、甕ごと買えますか?」
オークやボアから作るラードももちろん美味しいけど、使い慣れた植物油が目の前にあると、もう、購買意欲が止まらない!
「甕ごと!? 一体、何に使うつもりだい?」
「お料理に! なので、出来るだけ新鮮な油が欲しいです!」
“料理”と答えるとおばあさんは少し考えて、納得したように頷いた。
「お嬢ちゃん、よぉく、思い出してご覧? お母さんは甕で買えと言っていたかい?」
え? 子供のお使いだと思われた…? 護衛を4人も連れてのお使いって、どんなお使い!?
「油を使うのは私です。 お料理に必要なのと、こまめに買い物に来る時間が取れなさそうなので、多めに買っておきたいんです。 できたら甕ごと売って欲しいんですが?」
説明をして、これで誤解は解けるだろうと、安心していたら、
「え!? お嬢ちゃんが油を使うつもりなのかい!? 危ないからおよしよ! 油を使う料理は男の仕事だよ! それに、油を甕ごとなんて、いくらするかわかっているかい?」
おばあさんは、認識を改めてくれるつもりはないらしい…。まさか子供に間違われるとは思ってもみなかったな。
「そんなに若く見えますか? これでも成人してるんですけど」
「「「「ええええええええええっ!??」」」」
「おや…、そうだったのかい……?」
「ええ。 ……ちょっと、皆さん! 何をそんなに驚いてるんです?」
おばあさんはともかく、数日間を一緒に行動していた護衛組の反応はあんまりだと思う。
「私のどこが子供に見えますか!?」
強く抗議すると、
「いや、だって…。 小さいし?」
「小さいし、細い」
「小さくて可愛い」
「うん、可愛い」
やたらと“小さい”を強調された。 決して小さくないと思うし、外見はともかく内面は!? もう、30歳を越えてるんだけど!
「子供がダビを告発したり、盗賊を倒したり、料理をしたりしますか!?」
「まあ、しっかりした子供だなぁ、と」
「金持ちの教育は凄いな、と」
「貴族のお姫さまは成熟が早いなぁ、と」
「上位貴族のままごとは、実益を兼ねていたのかな? と」
みんな、疑いもなく、私が子供だと思っていた、と。
まあ、15歳までは未成年だし、16歳で子供扱いされるのは誤差の内だけど、まさか、護衛組まで私を貴族だと誤解しているとは思わなかった。
「商業ギルドでギルマスに、私はただの平民だって説明していたのを、聞いていましたよね?」
「ああ、そういう設定なんだよな?」
「設定って…。 本当にただの平民なんですよ……」
力が抜けて、呟くように誤解だと繰り返すと、護衛組ははじけるように笑い出した。
「アリス、そりゃあ、無理だ!」
「うん。その設定でいくなら、せめて言葉遣いを変えないと…」
「平民はアリスみたいな食事をしないぞ」
「金になる話にも、もっと執着しないとなぁ!」
皆は笑いながら、どこかで聞いたようなことを口にする。
……オスカーさんやマルゴさんにも同じ様なことを言われた気がするな?
(アリスは成長しないにゃ!)
(ありすはそのままでいいよ~?)
ああ、やっぱりそうだ。 従魔に追い討ちをかけられるほど、私はちっとも学習していなかったんだ…。
がっくりとうなだれていると、
「まあ、まあ、お嬢さん! 細かいことは気にせずに、ほら、油を買っておくれよ! 奥に仕入れたばかりの油が置いてあるんだ。 特別にそっちを売ってあげるからね!」
おばあさんが気を使って、店の奥に案内してくれたけど、……怪我の功名みたいで素直に喜べない。
店の奥には、大小様々な甕が封をしたまま置いてあった。 店に置いてあるものよりひと回り大きな甕(一斗缶2つ分くらい?)を指差し、中を確認したいとお願いすると、あっさりと封を切って甕の中を見せてくれた。
うん、品質は良い。 店頭に置いていた油は、蓋を開け閉めする為か少し劣化が見られたが、今見せてくれているのは、大事に管理しているのがわかる。
「この、店頭に置いているのよりひと回り大きい甕でオリーブ、大豆、菜種、とうもろこし、ひまわりの5種類を……、ください」
言葉遣いを変えようとして諦めたのがわかったのか、おばあさんはくつくつと笑いながら、指定した甕の封を切ってくれた。
「どれも、しっかり管理されていますね。 この甕の大きさに合わせた柄杓と、一番小さい甕とそれ用の柄杓もください」
「はいよ。大きいのが甕・柄杓代込みで294,000メレだよ。小さい甕と柄杓はおまけでつけるから、子ども扱いをしたことを忘れてくれると嬉しいねぇ」
甕ごととはいえ、油が5つで30万メレ近いことにびっくりしたけど、食料が貴重な世界でわざわざ油にするなら、適当な値段なのかな?
護衛組の落ち着いた態度を見ても、通常価格みたいだし、最初におばあさんが止めた理由がわかった。
お金を支払い、油をインベントリに収納すると、おばあさんは護衛組に、
「マルタ達は荷物持ちじゃなく、お嬢さまの護衛だったんだねぇ」
と声を掛け、頷く護衛組のせいで、私がお嬢さまだという誤解は深まる一方だ。 もう、諦める……。
店を出て、おばあさんが寝なおす為にドアに鍵を掛けるのを見届けている間に、3軒隣の紅茶の店が目に入った。
ゆっくりと見てみたかったけど時間がなかったので、優しい雰囲気の女性店主に“濃いめに淹れて美味しいお茶”とだけ伝えて、選んでもらった茶葉を200g買って町を出た。
なぜかマルタが支払ってくれて、2匹にちやほやされてご満悦だけど、もう、気にしないことにする。 ありがたく受け取った。
今度、ゆっくりと時間を作って、全種類、お試ししに来よう!! …1人で。
ありがとうございました!




