嘘つきジジイの出し抜き阻止
「これが食事ですか!?」
「おやつみたいですか? 生ハムとチーズバージョンもありますよ」
「それもおいしそうですが、これはとても素晴らしい!」
モレーノ裁判官はシュガーバタートーストがお気に召したらしく、嬉しそうに口に運んでいる。
(煮オークのおむすびは最高にゃ♪)
昨夜から楽しみにしてくれていたハクも満足そうだし、
「ばあさんのピンチョスも、外で食うと更に美味く感じるな」
(おむすびすき♪)
今日のごはんも、気持ちがいいくらいどんどん減っていくので、皆も気に入ってくれたようだ♪
「あのジジイ、やっぱり来たぞ」
お昼ごはんのあらかたが皆のお腹に入ったのを見計らって、エミルが忌々しそうに切り出した。
「アリス考案の、“【クリーン】魔法の使用”まで、自分の発見として登録しようとしやがった」
「で、どうなったの? あんた達がそんなに落ち着いてるってことは、間に合ったのよね!?」
「ああ。 本当は、商業ギルドのマスターに相談した結果、書類を整えておいて様子を見ようって話になっていたんだ。 ジジイが本当にアリスと交渉をするつもりだった時の備えにな。
だが、ジジイは孫を連れて意気揚々と登録に現れた。
ジジイ達が椅子に座る前には、ギルドマスターを担当にしてアリスの仮登録がすんだよ。 間に合ってよかった」
エミルの報告を聞いて、アルバロとマルタが快哉を叫び、従魔たちがころころ転がった。
今朝も思ったが、ハクはともかく、ライムが<登録>の意味を理解していることに驚きだ。
「先に登録が済んでるって言われたジジイは、“情報を盗まれた、自分の孫の発見だ”って騒いだけど、内容の精度が先に登録したアリスの足元にも及ばないから、“おまえが盗んだんだろう”って、ギルド員から白い目で見られていたな」
「でも、“ミルクを沸かすと良い”っていう発見はロレナもしていたし、泥棒扱いは気の毒なような気も…」
「なに言ってるんだ? 【クリーン】を使うなんてことヤツ等は思いつきもしなかったくせに、自分の発見として登録しようとしたんだぞ。 間違いなく泥棒だ」
(アリスは甘いにゃ!)
(やさしいんだよ~?)
ロレナがかわいそうかな?と思ってこぼれた呟きは、護衛組の呆れたようなため息と、ハクのお叱りを受けるだけだった。
ライムのフォローが胸に痛い…。反省しよう。
「でも、ミルクが買えなかったのは残念でした……」
「アリスさんはミルクが欲しかったのですか?」
「そうなの。 ミルクを買いにわざわざ牧場まで行ったのに、残念だったわ」
モレーノ裁判官の質問にマルタが今朝の事を詳しく説明をしているけど、口調はいいのかな? さっきと大違いにフランクになってるけど……。
まあ、裁判官も気にしていないみたいだし、いいんだろう^^
「アウドムラのミルクでよければ、少し譲れますよ」
「え?」
マルタの話を聞き終わった裁判官は、にこやかに微笑みながらアイテムボックスからミルク瓶を取り出して、
「味見をしますか?」
「是非!」
遠慮なく差し出したコップにミルクを注いでくれた後、皆にもミルク瓶ごと渡してくれた。
「これがアウドムラのミルク…。 色は牛と同じだけど」
一口飲んでみる。
「!! あま~い♪」
鑑定では多少の雑菌が見られるけど、牛の搾り立てミルクにクリーンをかけたものよりも美味しい。
膨らむ期待を抑えながらクリーンをかける。
「……すっごくおいしい!!」
(アリス! 僕も! 早く早く!)
(ぼくのもーっ)
2匹のミルクにクリーンを掛けると、目の前に5つのコップが突き出された。 裁判官まで^^
「ほう、これが…! 【クリーン】でここまで美味しくなるなんて、登録の価値は十分にありますね。
さすが上位ランク冒険者の皆さんです。 いい仕事ぶりだ」
ミルクの美味しさに舌鼓を打っていた護衛組は裁判官に褒められて更に上機嫌になり、その勢いで、午後から本登録をしに商業ギルドへ行くことが決まった。
クリーン後の鑑定結果
↓
名前:アウドムラの乳
状態:優
備考:雑菌の繁殖もなく、とても美味しいミルク
:常温でも腐り難い
「このミルク、味だけじゃなくて品質もいいです。 牛のミルクより保存性が高い」
「値段も高いぞ? 牛のミルクの3~5倍する」
「牛のミルクの値段がわからないので、なんとも…」
「このミルクは1ℓで1,500メレですね」
「「たっか!」」
うん、確かに高い。日本の牛乳のおよそ10倍だ。 でも、食料が不足しているらしい世界でこの味なら、
「納得の値段です。 これは契約先にしか売ってないんですよね? 明日の朝、必ず門の前で捕まえて、最低でも40ℓは譲ってもらえるように交渉してみます!!」
こぶしを握り締めてアウドムラのミルク確保を決意していると、
「そんなに気に入ったのなら紹介状を書きましょう」
ゆったりと微笑みながら、裁判官が言ってくれた。
「朝に搾るミルクは契約者に売りに来ますが、夕方に搾る分はチーズやバターにするそうなので、直接牧場へ出向き、その分を譲ってもらってはどうですか?」
「それは、今日の夕方に譲ってもらうことが可能、と言うことですか?」
「おや、そんなに急ぎますか?」
勢い込んで聞くと、裁判官が笑いながら紙とペンを取り出してくれたので、私もインベントリからテーブルセットを取り出した。
「誰か、冒険者ギルドへ行って依頼を出してきてください。
人員は1名。
内容はアウドムラの牧場への手紙の配達。
条件は今すぐに動けることと、手紙の返事を夕方までに確実にアリスさんに手渡しすること。
依頼料は窓口と相談の上で決めて、依頼人は使いに出る人の名で。 依頼料は私が支払いましょう」
裁判官は手紙を書きながら護衛組に指示を出している。 …すごいな。私がそんなことをしたら、手紙を書き損じる自信があるよ。
「依頼料は私が払います!」
私がインベントリからお金を取り出そうとするのと、裁判官が小さな皮袋を護衛組に向かって緩やかに放るのがほぼ同時だった。
皮袋をキャッチしたアルバロはさっさとブーツを履いて駆け出してしまう。
お金を返そうとテーブルに近づくと、モレーノ裁判官はこちらを見ることなく、
「40ℓ以上とは、一度の買い物にしては多いようですが、皆さんで飲むのですか?」
と聞いた。
「料理にも使います。 ミルクは使い勝手がいいので多めに欲しいんです」
「ほう。では、明日の昼食に、アウドムラのミルクを使った料理を食べさせてください。 楽しみにしています」
書き上げた手紙を見直しながら「決まりです」と言う裁判官に、私の手に握られたお金は出番を失った。
(僕も楽しみにゃ♪ モレーノに感謝にゃ!)
(ぼくも~♪)
従魔たちも可愛くねだってくるので、もう、私が負けるしかない。 感謝を込めた笑顔でお礼を言った。
「ご期待に添えるようにがんばります」
明日のお昼は何にしよう?
ありがとうございました!




