先輩冒険者の観察眼
「あたためたミルクはお腹を壊しにくいって、アタシが気が付いたのよ!」
黙り込んでしまったヘラルドさんに代わり、ロレナちゃんが叫ぶように主張するが、
「アリスはもっと前から、もっと詳しく知っているようだぞ。
おまえ達は他のヤツ等に出し抜かれる前に情報登録がしたくてアリスを共同登録者にしたいんだろうが、アリスが情報登録するのにおまえ達は必要ない。それを半分もよこせとは、ずうずうしいにも程がある」
……これも、護衛対象の私を守ることになるのか、子供相手でもエミルはなかなか手厳しい。
「お嬢さんに登録の意思がないことは確認したし、もともとお嬢さんはロレナに情報を譲ろうとしてくれていた!」
ヘラルドさんが反論しても、
「アリスは情報を譲ろうとしたんじゃない。 <情報登録>を譲ろうとしたんだ。 自分の持っている情報、知識を教えようとはしていなかった。
情報登録も、アリスが考えたこともなかったと言ったのは、情報の価値をわかっていないからだろう。
おまえはそれに付け込んで、詳しく説明もせずに、自分たちだけに都合のいい提案を口にした。
わたしにはおまえが、まだ幼い少女から利益を掠め取ろうとしているようにしか見えない」
私は地球ではそれなりの年齢だったし、ここでも一応成人してるんだけど…。 でも、それ以外、エミルの言うことは間違っていない。 だから、
「優しいお嬢さんは、うちのロレナのために情報を譲ろうとしてくれてましたね?!」
と言われると、
「いいえ。 登録を譲ろうとは思いましたが、登録の手伝いをするつもりはありませんでした」
と答えるしかない。
「今のままで登録をしても、詳しい説明が出来ないと安く買い叩かれてしまう! 公開した後に、もっといい方法を登録されると、わし達の権利が弱く……!」
ヘラルドさんは慌てて途中で言葉を止めたけど、つまり、ヘラルドさんが<情報登録>をした後に、私が詳しい情報を登録すれば私の情報が優先され、ヘラルドさん達の取り分が減る。 この様子だと、私の取り分の方が多くなりそうだ。 それを阻止するために<共同登録>したいってことか。
私が登録の意思はないって言ったのを嘘だと思われたってこと? ああ、同業者も興味を持っているらしいから、そこが研究する可能性もあるのか。
「では、お嬢さんの取り分が2/3で、わし達は1/3でどうです?」
失言に気が付いたヘラルドさんは割合を譲歩してきたけど、
(アリス、ダメにゃ!)
(ありすがとうろくしよう?)
従魔たちが許さないし、
「アリス、そろそろ時間だぞ」
アルバロも苦い顔で促してくる。
「待ってくれ! まだ、ミルクを用意していない」
「時間がない。7時30分には裁判所に着いていなくてはならないんだ。 アリスが言っておいたはずだが?」
イザックによって、ミルクの買い取りの話もなくなった。
「お嬢さん、わし達は1/4でいい。詳しい話をしたいから、夕方、もう一度ここに来てください!」
「用があるのはおまえの方なのに、なぜ、アリスがここまで来ないといけないんだ?」
“再訪してくれ”というヘラルドさんの要望は、エミルによって却下された。
「ならわしが行く! 家を訪ねるので教えてください!」
これは、わたしが拒否しようとしたのに、なぜかマルタによって受け入れられた。
マルタが地図を描いて道を説明するから先に行って欲しい言うので、釈然としないけどマルタを置いて裁判所への道を急いでいたが、牧場が見えなくなり角を曲がった所で皆が立ち止まった。
「アリス、俺たちを信用できるか?」
真面目な顔でアルバロが聞き、エミルもイザックも、じっと私を見つめている。
「なんですか? 今更。 信用できなかったら、護衛なんてお願いしていませんよ」
「……護衛依頼は、モレーノ裁判官からだけどな。 まあ、いい。
アリス、今すぐにミルクを長持ちさせて、腹を壊しにくくする方法を商業ギルドに登録する準備をしてくれ」
「え? 今夜、ヘラルドさんがその話しをしに来るんじゃなかったですか?」
その為に、マルタが残って地図を書いてるんじゃないの?
「ヘラルドは抜け駆けする気満々だったぞ? “改めて話をしたい”ってのは、アリスを商業ギルドへ行かせない為の方便だ。 アイツは初めから、自分より詳しい情報を持っているアリスを出し抜くことしか考えていない。 だからこそ、必死に隠しているはずの情報を俺たちの前で、あんなにペラペラ話したんだろう」
アルバロの言葉に、2人も頷いている。 従魔たちは……、私と同じで、びっくりしてるな。うん、ちょっと安心。
「アリスが登録をしようと思っていなかったことはわかっているが、アリスは冒険者志望で俺たちは冒険者だからな。 誰かに出し抜かれるなんて真似を許す訳にはいかないんだ。
アリスは予定通りに裁判所に行ってくれて構わない。 商業ギルドへの仮登録は俺たちが代わりにやってやる。 決してアリスを裏切ったりしないから、任せてくれないか!?」
3人の真剣な顔を見て、否と言う気はないけど、
「マルタは? ヘラルドさんを信じているマルタを私は裏切るの…?」
今ここにいないマルタのことが気になった。
「マルタはヘラルドを信じていないぞ? だから足止めに残ってるんじゃないか」
……足止めだったのか!
そうか、上位ランク冒険者の観察眼では、ヘラルドは信用できない男だったのか。私もまだまだ甘い……。
「私は何をすればいいんですか?」
「アリスはミルクに関して、アリスの知っていることを全て書き出してくれ。 それを持って、わたしが商業ギルドへ行こう」
エミルが紙とペンを差し出しながら言うと、
「今回のケースは、直接ギルドマスターに話を通しておいた方がいいな。 イザック、コンラートギルマスの所へ行ってくれるか? コネを使わせてもらおう」
アルバロの指示で、イザックが走り出そうとするので引き止めた。
「イザック!」
水差しを渡すと、嬉しそうに水筒に補充してから、私の頭を撫で回し、
「こんなことでアリスに黒星を付けさせないからな! 安心して、裁判所で待っていてくれ!」
髪をぼさぼさにしてから、イザックは走り出した。 エミルだけじゃなく、イザックまで私の年齢を誤解してる?
でも、そっか、私の為か…。 イザックは今、私の為に走ってくれているのか…。
泣いていた子供には悪いが、気が変わった。 ヘラルドにこの権利は譲らない。
今日は別行動になりそうなので、2人の分も水差しに水を補充してから、寸胴鍋の底を机代わりに、受け取った紙に向き合う。
タイトルは『ミルクの腐敗を遅らせて、体力の落ちている人が飲んでもお腹を壊しにくくする方法』でいいかな?
一番良いのは【クリーン】での殺菌だけど、誰でも使えるように、加熱による方法も書いておく。
(ハク、この世界に『温度計』はある?)
(あるにゃ。まだ一般家庭には普及はしていないけどにゃ)
温度計があるなら、安全な『高温短時間殺菌』と、弟の好きだった『低温保持殺菌』方法が書ける。
(ハク、圧力の概念はある?)
(…ないにゃ)
じゃあ、『超高温瞬間殺菌』はいらないな。 圧力のかけ方を聞かれても答えられないし…。
生水を沸騰させてから飲む習慣はあるみたいだから、ミルクも同じだと理解してもらえるだろう。
ついでに、水も【クリーン】で安全に美味しくなることを書いておこう。 ……スライムが絶滅しませんように!
後は、“菌”について触れておいたら、“殺菌”についても理解してもらえるな。
……乳糖のことも簡単に書いておいた方がいいかな? 殺菌した後のミルクでも、飲んでお腹を壊す人は出てくるだろうし。
「アリス、急いで! アリスは今日1日裁判所に詰めっぱなしだと言っておいたけど、どこまで信じたかわからないわ!」
他に書くことはないか、読み返しをしている所にマルタが追いついた。 皆の読みどおり、マルタもヘラルドを信用していなかった。
……人を見抜くのはなかなか難しいな。
「……多分これで大丈夫! エミル、お願いします!」
「ああ、任せろ!」
エミルも私の髪をさらにぼさぼさにしてから走り出した。
私、冒険者になるんだから、成人してるってわかってるよね? もしかして、Gランク登録と思われてる?
…今度、ゆっくりと話し合った方がいいかもしれない。
ありがとうございました!




