ミルクの試飲会
牛の牧場は町の外れ、裏門のすぐ近くにあった。
木の囲いの中に牛がいないので牛舎の方へ向かってみると、中から男の人が出てきた。
まだ早朝なので、大きく手を振ってアピールすると気が付いてはくれたが“そのまま待て”らしきジェスチャーを残して、また中へと戻ってしまう。
「動かない方がいいんだよな?」
「多分…」
“待て”と言われたみたいなのでそのまま待っていると、今度は10歳くらいの女の子が出てきた。
「何か用?」
声からしてもまだ幼い感じだけど、男の人の代わりに出てきたんだから、彼女が責任者…代理なんだろう。
「おはようございます。早朝からすみません。 こちらで直接ミルクを購入できますか? できれば味見をさせてもらいたいのですが」
「…………」
用件を告げても、女の子は何も言わないで黙ったままだ。
わざわざ牧場まで買いに来ておいて、味見をさせろなんて言ったから気を悪くしちゃったかな?
「……それだけ?」
「え? ……チーズも欲しいので、チーズも味見させてください」
ダメ元で追加のお願いをしてみる。
「……他には?」
「以上です」
「………大人を出せって言わないの?」
「え?」
「初めてここに来た人は、みんな、大人を出せとか責任者を出せっていうけど、アンタは言わないの?」
彼女は私よりも低い目線で睨みあげるように言うが、
「大人の男の人の代わりにあなたが出てきたのだから、あなたで話が通るのかと思ったんだけど…。 違うの?」
だったらどうして出てきたの? って思うよね? 普通。
びっくりしている私の顔がおかしかったのか、
「ちがわない。アタシが責任者よ! ミルクとチーズの味見? いつもなら有料だけど、アンタは話がわかる人みたいだから、無料で飲ませてあげるわ!」
ニッカリと小さな歯を見せて笑い、母屋へ案内してくれた。
「美味しい、けど…」
「けど、何よ!?」
この牧場の責任者(多分代理)のロレナちゃんは、自信満々で出してくれたミルクに首を傾げる私に不満を隠さない。
(どう?)
(美味しいにゃよ?)
(うん、おいしい)
従魔たちの言うとおり、美味しいことは美味しいんだ。 日本のスーパーで買ったものみたいに。
「美味いミルクじゃないか。 アリスは何が不満なんだ?」
護衛組も困った顔で私を見ている。
「これ、加熱殺菌後のミルクでしょ?」
「……何よそれ」
あ、“菌”って言ってもわからないんだっけ。
「このミルクは一度沸かしてるでしょ?」
「!! アンタ、スパイだったの!?」
「え?」
「帰って! アンタには何も売らない! 帰ってよ!」
“ミルクを沸かしている”そう言った途端、ロレナちゃんは顔を強張らせて、私を追い出そうとする。
「え、何? ロレナちゃん、ちょっと待って! ちょっと話そう?」
「アンタに話すことなんかないわよ! 帰って!!」
よくわからないが、激昂しているロレナちゃんには何を言っても無駄だろう。諦めて出て行こうと席を立つと、ドアを開けて、年配の男性が苦笑しながら入ってきた。
マップで確認した時はドアの向こうに2人いたんだけど、もう1人はどこへ行ったんだろう?
「ロレナ、落ち着きなさい。 お客さんがびっくりしているじゃないか」
「おじいちゃん、何を落ち着いているの!? この人スパイだよ!! 追い出さないと!」
「大丈夫だ。この人はスパイなんかじゃない。 この牧場にこの人が盗む価値のあるモノなんて、ないだろうさ」
「だって、うちのミルクを沸かしてるって……!」
ミルクの加熱殺菌は当たり前だと思っていたけど、ここでは当たり前ではないらしい。 それでも、ロレナちゃんがこんなに取り乱すようなことでもないと思うんだけど…。
「ロレナ、まずはおじいちゃんを信じて落ち着くんだ。この人はスパイじゃないよ」
おじいさんがロレナちゃんの頭を撫でながら、落ち着いた声で「大丈夫だ、スパイじゃない」と繰り返すと、ロレナちゃんもやっと落ち着き始めた。
「お客さん、驚かせてすまないね。 座ってくれないか」
おじいさんに勧められるまま椅子に腰を下ろすと、おばあさんがたくさんのコップを載せたお盆を持って入って来た。 ドアの前にいたもう1人はこの人か。
「お嬢さんが飲みたかったのはこれかねぇ? 搾り立てのミルクだよ」
「あ、はい! そうです! 搾り立てのミルクの味を知りたかったんです」
……おじいさんとおばあさんがドアの向こうで話を立ち聞きしていたことは気にしないでおこう。
幼い孫娘が1人で大勢の大人の相手をするのを、ほったらかしにする方が問題だもんね。 こっそりと聞き耳を立てるのは、孫の為に必要なことなんだと自分を納得させた。 護衛組は眉間にしわが寄ってるけどね。
「ハク、ライム、私が味見をするまで、ちょっとだけ待ってね? 皆さんも」
すぐにでも飲もうとする2匹に声を掛けて、護衛組にも待ったをかける。
生乳には雑菌などが入っていてそのまま飲ませるには気が引けるので、味見はまず、私だけ。
「うん。美味しい。 【キュア】」
やっぱり甘みを強く感じるのは搾り立てだな。 でも、お腹を壊さないように【キュア】を発動。
【鑑定】→【クリーン】→味見→【鑑定】の結果、『おいしい良品質の牛のミルク(雑菌あり)』が、【クリーン】後は、『とても美味しい優良品質の牛のミルク(雑菌なし)』になっていた。
……おかしいな、雑菌に味なんてあったっけ??
「にゃっ!」
「ぷっきゅ!?」
1人で味見を繰り返している私に、“待て”状態の2匹(と護衛組)がしびれを切らせたので、皆にも飲んでもらうことにする。
「味見をするのは、一口だけにしてください」
不思議そうな顔をしながらも、皆は頷いて、一口だけ飲む。
「甘みが強い? さっきのミルクより美味いな」
「美味しい♪」
(おいしいにゃ♪)
期待通りの反応が返ってきた。
「美味しいですよね! 私はこれが飲みたかったんです。
でも、今飲んだものは、さっきロレナちゃんが出してくれたものに比べると、お腹が壊れやすいミルクです。【キュア】」
念の為に、護衛組だけじゃなくて従魔たちにもキュアを掛けておく。
残っているミルクにクリーンをかけて、
「これでお腹が壊れにくいミルクになりました」
と伝えると、ほんの少し不安そうだったイザックが嬉しそうに残りのミルクを飲み干した。
「美味いぞ!!」
皆もそれぞれにミルクの味を堪能している。
「と言う訳で、搾り立てのミルクを分けて欲しいんですが」
皆が満足そうなのを確認してから、ほったらかしにしていたロレナちゃん一家に視線を戻すと、困った顔の老夫婦と、怒り顔のロレナちゃんが私を見ていた。
「アンタ一体なんなの!? アタシの…、アタシ達の頑張りを笑いに来たの!?」
「え、ミルクを買いに来ただけだけど……」
素直に答えると、怒っていたロレナちゃんが突然泣き出したので、護衛組に“助けて”の視線を投げたが、凄い勢いで視線をそらされた。
従魔たちも助けてくれる気配はなく、どうしたものかとロレナちゃんを見つめていると、
「お客さん、よければわし達にもそのミルクを飲ませてもらえんか?」
おじいさんの声と共に、テーブルにミルクの入ったコップが3つ置かれた。
「さっきと同じ、搾り立てのミルクだよ」
おじいさんとおばあさんがそのまま一口飲むと、泣いていたロレナちゃんもしゃくり上げながら一口飲んだ。 むせることなく無事に飲み下せたのを確認してからキュアを掛けると、物珍しかったのか泣き止んでくれて、ほっとする。
「【クリーン】。 どうぞ」
おじいさんの希望どおりにクリーンを掛けてあげると、3人とも、ゆっくりと味わうように口に含んだ。
「……!」
ありがとうございました!




