従魔を守ろう!
「明日は5時に門が開くから、裏門でアウドムラのミルク売りを待ってみない? その後で、牛の牧場に直接ミルクを見に行ってから、朝市を通って裁判所へ向かうと良い時間になると思うの」
食後のお茶を飲みながら、皆の提案を検討する。
ここから裏門まで約40分。朝ごはんは朝市で何か食べるとして、仕度に10分で50分前の4時10分頃の起床。 今はまだ21時前だから、十分に眠れるな。
「では、そうしましょう。 今日はそろそろ休んだ方がいいですね」
予定を決めると、護衛組が夜番のくじを引き始めた。 それだと今すぐに眠っても、4時間も眠れない…。
(アリス、今夜は僕が警戒をするから、皆に寝るように伝えるにゃ)
皆の体力を心配していると、ハクが胸を反らして提案してくれた。 思わず柔らかな胸毛をもふもふすると、気持ち良さそうに目を細めながら、
(人間は睡眠が足りていないと、反応が鈍くなるにゃ。 今日は皆ゆっくりと休むにゃ!)
喉をごろごろと鳴らしながら、頼もしく言ってくれる。
(いいの?)
(任せるにゃ!)
得意げな顔が可愛くて、ライムとひとまとめにしてもふり倒した♪
ハクの提案を伝えても、護衛組は「夜番は自分たちの仕事だ」と首を横に振ったが、
「ハクとライムは、ペットじゃなくて<従魔>です。 ハクはちっちゃくて可愛らしいけどとても優秀で、旅の間はずっと夜番をしてくれていました。 私は寝ている間に危ない目に遭ったことは1度もありません。 朝起きたら、襲って来た魔物が倒されていることは普通の光景でした。
お互いに、昨夜の襲撃のせいで睡眠が足りていないので、今日はハクに任せてゆっくりと休みましょう。
皆さんなら、ハクが警戒の声を上げたら飛び起きて戦闘するくらいできるでしょう?」
“ハクは優秀だし、皆も優秀だろう”と説得すると、最初は渋っていた皆も、
「ハクやライムに叫ばれたら、確かに目覚められるな」
「酒も飲んでいないし、普通に寝る分には寝起きでも対応できる」
納得し始め、
「ハクの体力は大丈夫なの?」
「昨夜寝ていないのは、ライムやハクも一緒じゃないか」
との心配も、
(僕は神獣にゃ!)
(ぼく、ひるまにだっこしてくれたらねるよ?)
(ライムはちゃんと寝るにゃ!)
「ライムは抱っこしての移動中に寝るし、ハクは1週間くらい(本当は10日くらい)寝なくても大丈夫な種族です」
2匹の言葉を伝えると、納得してくれた。
私が安全&快適に旅をしてきたのが2匹のお陰だと言うと感心し、2匹が照れるまで口々に褒めそやしてくれるので、私の頬も緩みっぱなしだ。
うちの仔たち、可愛いだけじゃないんです♪
(もう、起きるのにゃ?)
(うん、おはよう…。 何もなかった?)
(おはようにゃ。裏に2体転がしてるにゃ)
(おはよう! ぼくがたべる?)
……どうやら襲撃者は死んでいるらしい。 寝起きに、可愛い従魔たちの優しいキスを頬に受けながら聞く報告にしては、なかなかに血生臭い話だ。
(食べなくていいよ。 お腹すいた?)
(うん!)
(ハクは?)
(空いたにゃ!)
(わかった。何か出してあげる。 その前に様子を見に行こう?)
裏口のドアに手をかけると、
「どこへ行く?」
「っ!!」
後ろからアルバロの低く響く声がした。 ぐっすり寝ているように見えたのに!
「起こしましたか?」
「構わん。どこへ行くんだ?」
振り向くと、4人全員が起きてこちらを見ていた。 さすが上位ランク冒険者、気配に敏感だ。
「昨夜、襲撃者がいたらしいので確認に」
と答えると、
「なんだとっ!?」
4人がびっくりした顔で立ち上がり、身支度を始めた。 どうやら4人も気が付かなかったらしい。
少しだけ開けた小窓から出入りしていたのを上位ランク冒険者にも気付かせないなんて、ハクはやっぱり凄いな!
自分の保護者の優秀さに感心しながら裏口のドアを開けると、アルバロが先に外へ出た。 …自分が護衛をされる立場だという事を、ついつい忘れてしまう。
「これは…」
「「凄いな」」
「自信失くすわね…」
「ハク、【クリーン】。 ん、ライムも? はい、【クリーン】♪」
黒いマスクで口元を覆った黒ずくめの襲撃者たちは、頚動脈を切り裂かれて倒されていた。 他に目立った外傷は見当たらない。
「死体の検分は衛兵と一緒の方がいいわね。 呼んでくるわ」
4人で短く何かを話し合った後にマルタが飛び出して行き、イザックとエミルが死体の見張りを引き受けてくれたので、私はさつま芋を茹でておいたお鍋にご飯と塩を入れて、手抜き芋粥を完成させた。
「アルバロ。食べられそうならどうぞ」
声を掛けると一瞬だけ裏口に目をやったアルバロは、何かを納得したように頷いて、器を出した。
「襲撃者を倒したのがハクだって、衛兵に言っても良いのか?」
熱々の芋粥をゆっくりと口にしながら、アルバロが思案げに言った。
「………私が倒したってことにしようかと」
「それがいいな。 従魔たちに余計な視線を集める必要はない」
「……やっぱり狙われますか?」
「ああ。俺だって欲しくて堪らないぞ! 可愛くて可愛くて可愛い!上に、夜番が出来て攻撃も出来る従魔なんて、そうはいないからな」
そっちか!
私は“邪魔な従魔から片付ける”と言う意味で狙われるのかと思ったが、アルバロ曰く、“可愛い上に優秀だから攫われる”心配があるらしい。
それは困る! 私が倒したことで決まりだ!
(護衛を押しのけて襲撃者を倒すなんて、アリスが戦闘狂だと思われるにゃね~)
こぶしを握って決意していると、嬉しそうに芋粥の入った深皿に顔を突っ込んでいたハクがボソッと呟いた。
「え?」
「どうした?」
「えっと…、護衛の皆さんがいるのに、私が倒したって言うのも都合が悪いな、と。 戦闘狂だと思われるのはイヤだなぁ…、なんて。
まあ、ハクたちの為なら仕方がないですけどね」
将来の婚活に影響しないといいな…。
「ああ、まあ、冒険者になるなら…。 う~ん、そうだなぁ…」
“大丈夫だろう”って言いかけて止めたに違いないアルバロは、しばらく考えた後、
「手柄の横取りになっちまうが、俺たちが倒したことにしないか?」
と言った。 やっぱり“戦闘狂”のレッテルを貼られるらしい。
「罪の押し付けになりませんか?」
「こいつらは明らかに“襲撃者”で、俺たちは<護衛任務中の冒険者>だからな。 “手柄”になっても“罪”にはならん。
アリスが倒したってことにすると、アリスが戦闘狂だと思う人間もだが、俺たちが護衛対象に信頼されていないって思う人間も出てくるだろう。 俺たちにとっても都合が悪い」
そうか、win-winになるのか。 だったら遠慮はいらないな。
ハクの了承を貰ってアルバロにお願いすると、アルバロはイザックを呼んで事情を話した。
「死体の傷は、イザックの剣が一番近いと思うんだがどうだ?」
アルバロの斧、マルタの火魔法、エミルの弓と水魔法、イザックの剣と体術。 頚動脈を切り裂いて倒すのは、イザックが一番適している。
「わかった。 アリスとハクはそれで良いんだな?」
ハクと私が頷くと、
「なら、夜番の最中にエミルが気付いて俺が倒したことにしよう。 アイツ等が賞金首だったなら、賞金は全てハクに渡す。それでいいならエミルを呼んでくれ」
と言った。 迷惑料として賞金はイザックとエミルに、と思ったが、
「俺たちは恥知らずになりたくねぇ。冒険者としての評判を守ってもらうだけで十分だ」
と拒否されたので、大人しく頷くとアルバロが外に出て行き、代わりにエミルが入ってきた。
イザックとエミルは芋粥を食べながら、衛兵の取調べに対してボロが出ないように入念に打ち合わせをしている。
……嘘って、大変なんだな。 今回のお礼は何がいいだろう?
ありがとうございました!




