湧き出た、疑惑
スライムの50cmほど前にインベントリから出した椎茸を放ってみる。
スライムがぷるぷると震えながら椎茸に興味を示したので、近くの木になっている赤い実をあげる為に鑑定してみたら、
名前:ポム(りんご)
だったので驚いた。りんごは冬になるものだと思っていたが、ここでは暖かい時期になるのか。
2つもいで、1つをスライムに放ってやり、残りの1つをハクと半分こして食べてみる。
「あ、おいしい!」
「おいしいにゃ~♪」
『ビジュー』のりんごは日本の品種改良を重ねに重ねて美味しくなったものと、同じくらいに甘くて美味しい。
「【マップ】、【魔力感知】」
マップで確認しても魔物らしい赤ポイントは見えないし、魔力感知でも、近くに他の魔物の気配は感じないので、貴重な食料として、手の届く範囲のりんごを根こそぎ採取しておく。
りんごの採取に一区切りをつけて、他の植物の採取を始めると、
「プキャ~♪」
近くで鳴き声が聞こえた。
見てみると、先ほどの乳白色のスライムがこちらを見て、ぷるぷると揺れている。
(しまった、警戒心が薄れてた……)
一瞬冷や汗が流れたが、危険ならハクが教えてくれたはずだ。 今の所、危険はないのだろう。
スライムがまだ揺れていたので、
「りんご、もう1つ食べる?」
と聞いてみると、ぷるんぷるんと嬉しそう(?)に伸び縮みをした。
どうやら頷いたらしいので、私の2m前くらいに放ってやると、躊躇する様子も無く近づいてきた。
「どう思う?」
ハクに聞いてみると、
「だいぶ、慣れてきたにゃ~。一緒に来るか、聞いてみるにゃ」
と言うので、言葉が通じるのか疑問に思いながらも、
「スライムさん、私達と一緒に来る? 魔物の解体の後処理とかをしてもらえると助かるんだけど」
と聞いてみたら、
「アリス、そういう時は、ばか正直に条件を言うんじゃなくて、もっと前向きなことを言うのにゃ!」
ハクに叱られた。
「例えば?」
「一緒に来ると安全だとか、美味しいものをいっぱい食べられるとか、広い世の中を見られて楽しいよ、とかにゃ!」
「いや、安全の保証はできないし、今の私たちは食料と言ってもりんごと椎茸と水しか持っていないし、広い世の中が楽しいもなにも、ここからどこに移動すればいいかもわからない状態で、不安しかないよ?」
言葉が理解できていたとしても、同行は無理じゃないかな?と思った時だった。
スライムがすすすすっ、と滑るように私の足元に近寄って来たのだ。
警戒しながら様子を見ていると、
「ぷきゃ~♪」
と鳴きながら、私の周りをぐるぐると回り始めた。
「一緒に来るみたいにゃ。懐かれたにゃ~♪」
ハクの言うとおり、どうやら懐かれたらしい。
「ハク、このスライムさんは強いのかな? 私の魔力感知の感じだと、そんなに強くはなさそうなんだけど」
もしかすると、ハクには違う情報が見えているかもしれないので聞いてみると、
「弱いにゃ~。弱いけど、役に立つにゃ♪」
らしい。
「だったら安全なところに着くまで、インベントリの中に入っておく? その方が安全だと思うし」
スライムに聞いてみると、
「ぷきゃ♪」
可愛く鳴いたので、了承だと判断し、インベントリに入れようとしたんだけど……、
「入らないね…。ハク以外は入れないとか?」
何回試してみても入らない。
「従魔の部屋なんだから、名前が付いていない個体は入れないにゃ~」
ハクの言葉に頭が痛くなるような気がした。
「テイムを出来てもいないのに、名づけなの…?」
困ったなぁ、と思いながらスライムを見てみると、なんとなく、期待しているような気配を感じる。
諦めて、考えた。 考えて、考えて、考えて…………。
「(スライムのスを取って)ライム」
うん、なんだか可愛い気がする^^
「ライムはどう?」
2匹に聞いてみると、
「安直だけど、珍しく、いい感じの名前にゃ…」
ハクは失礼なことをつぶやき、スライムは気に入ったらしく、ぷるぷると震えた。
鑑定をかけてみると、
名前:ライム
種族:リッチスライム
になっていたので、名づけは成功したらしい。
準・従魔扱いだからか、さっきは出なかった種族がわかったけど、リッチってどういう意味だろう。金持ち? いや、お金を持っているようには見えない。 ゲームの中ならリッチはアンデッド。でも、どうみても普通に生きている。
「リッチスライム?」
「豊富に栄養を蓄えるスライムにゃ。畑仕事にぴったりにゃ~♪」
どうやら私は畑仕事もするらしい…。
「そっか。 じゃあ、ライム。インベントリに入っていて?」
そう言ってインベントリの空間を開くと、ライムはあっさりと『従魔の部屋』に入っていった。
空を見上げるとまだ太陽は高い。もうしばらくは食料確保と採取を頑張っておこう。 従魔も増えたし!
薬草や椎茸、野宿に備えて枯れ枝を拾いながら移動すると、魔力感知に反応があり、マップには赤いポイントが付いている。
赤いポイントが一箇所に固まっていたので警戒しながら進んでいくと、横たわった1m程の動物らしきものに、蝙蝠が群がっていた。
鑑定してみると『猪』と『バンパイアバット』だった。動植物相はわりと日本と重なるらしいが、
「ハク、バンパイアバットって知ってる?」
「吸血蝙蝠にゃ。獲物を襲って血を吸うのにゃ。巣で待っている仲間の分まで吸血するから、自分の体積以上の血を吸う、不思議な生態なのにゃ。
一匹なら問題ないけどこの数は危険かもにゃ。逃げるが吉にゃ~」
魔力感知で感じる以上に危険な魔物らしい。
素直に逃げようと後ろを向いた瞬間、
「キキーッ!」
甲高い鳴き声が聞こえた。
嫌な予感がして振り返ると、バンパイアバットが揃ってこちらを見ていた。逃げ損ねてしまったらしい。
それなりの数がいたとはいえ、スライムを退治して太刀の扱いに少し慣れたくらいでは、飛行する小型の魔物を大量に相手にするには心もとない。
「危ないから従魔の部屋に入ってる?」
ハクに避難を勧めると、ムッとした様子で、
「主を置いて逃げる守護獣がどこの世界にいるのにゃ!」
怒られた。でも、バンパイアバットはハクよりもひと回り大きい上に、私はハクの攻撃力が高くないことを知っている。
「インベントリ内は安全だよ?」
重ねて言っても、
「僕の防御を抜いてくる魔物なんて、ほとんど存在しにゃい!」
と言い切られてしまったので、ハクを信じてバンパイアバットの殲滅に集中することにした。
集団で集られるのは不利だと思い、バンパイアバットを分散させるために森の中を走りまわった。
小型の飛行する魔物相手に、慣れない太刀でどれだけ対抗できるかと不安だったが、ほとんど重さを感じさせない<鴉>の性能と剣術スキルの恩恵か、ほとんど空振りすることもなく、少しずつバンパイアバットは数を減らしていった。
ハクも宙を駆け回りながら、はぐれた個体を牙と爪で仕留めている。
「ハク、意外に強い?」
「意外とは失礼にゃ! でも、これはバンパイアバットが単体だと弱いだけにゃ~。集団で集られたら面倒だから、そのときは逃げるにゃよ?」
集団で集られたら、小さな昆虫でも脅威になる。吸血蝙蝠ならなおさらだ。
「了解! がんばろう!」
夢中でバンパイアバットを切り倒していると、ふと、体が軽く、<鴉>もますます軽く感じることに気がついた。
もしかすると、レベルアップしているのかも知れない。 そう思うと、ますます体が軽くなったような気がして、機嫌よく攻撃し続けた。
<鴉>を振るい、当たりさえすれば、バンパイアバットは頭を、羽を、胴体を、簡単に切り離されて地に落ちる。
全体の半数ほどを倒したところでバンパイアバットが逃げ出したので、後は追わず戦闘を終わらせることにした。
「アリス、早く早く! 早くバンパイアバットをインベントリに収納するのにゃ! バンパイアバットの血は使える素材にゃーっ!」
呼吸を整えようとした矢先のハクの言葉に、落ちているバンバイアバットの死骸を急いで拾っては、インベントリに回収する。
インベントリ内がどうなるのか、少し不安になるけど……。
ハクが倒した分は比較的流血が少なかったが、私の倒した分は切り倒してしまったせいで、どんどん血が流れてしまう。
「もったいにゃい!」
ハクの嘆きを聞きながら、移動してはしゃがみ、拾う、を繰り返していると、
「アリス、インベントリへの収納を意識しながら、<鴉>の切先や足のつま先でバンパイアバットを触るだけでも、収納はできるのにゃ!」
今更ながらハクが手早い収納方法を教えてくれたので、収納の速度は格段に上がったが、
(それ、もっと早く知りたかったよね…)
スライムの時も、ちまちま拾うのは結構大変だったんだけど!
やっぱりバンバイアバットの血がもったいないから教えてくれたんだろうか。
(ハクって、意外と守銭奴だったりするのかも?)
ちょっとした疑惑が湧いた瞬間だった。
拙い作品をお読みくださりありがとうございました。 よいお年をお迎えになりますよう!




