気分は『掛取り』 1
気が付くと14時を回っていたので、急いでギルドマスターの家に向かう。 店が込まない時間にオムレツとチュロスを買いに行きたいので、時間に余裕がないのだ。
小走りに急ぐ冒険者4人+αは、町の人には奇異に見えるだろうが気にしない。 オムレツとチュロスの為だから仕方がないんだ。
「お待ちしていました」
ギルドマスターの家は、庭の木にハンモックタイプのブランコが下がり、玄関や窓辺には素朴な花が飾られた、可愛らしい感じの家だった。 絶対に目の前の女性の趣味だ! あの男にこの可愛らしさを演出できるわけがない!
「この度は主人がご迷惑をお掛けして、申し訳ございません」
小さく震える手で、白いエプロンの裾を握り締めながら頭を下げている女性の後ろには、若い一組の男女と女性の腕に抱かれている赤ん坊。 ギルドマスターの家族が揃っているようだ。
奥さんに招かれるまま中に入ると、ギルドマスターが2人の男性と話をしていた。
1人は見覚えのある顔で、多分、ギルドの会計担当者。 もう1人は初対面のはずだが、私を見る目に苛立ちや憤りを隠していない。
「来たか…。 座ってくれ」
促されるままに、小さな花が飾られたテーブルに着くと、テーブルの上に2つの皮袋が置かれた。
「家に置いてあった金とギルドに預けてあった金だ、まずは受け取ってくれ。
事実確認をする前に強請り扱いをして、おまっ…あなたの名誉を汚してしまったことを猛烈に反省している。本当にすまなかった」
ギルドマスターが素直に詫びるので、私は責める言葉を無くしてしまった。 “おまえ”と言いかけたが、慌てて言い直したので、噛み付く必要もない。 黙って頷き、皮袋2つをインベントリに放り込んだ。
2,700万メレと2,540,958メレか。 思ってたより多いな。
「確認しないのですか?」
インベントリのリスト機能で金額を確認していたら、会計担当者から不服そうに聞かれた。
「なぜ?」
「ギルドマスターは全ての金を、財布の中の1メレまでも全て差し出したのに、あなたは確認すらしないのですか?」
「その2つの皮袋には、ギルドへ預けていた2,700万メレと家に備えてあった200万メレにマスターの所持金の全て、約3千万メレが入っているんだ。それを何も言わずに受け取るだけなのか!? 何とも思わないのか!?」
もう1人の男は露骨に私を責めている。
“私のインベントリは優秀だから、袋ごと入れるだけで、中に入っている金額がわかるんだ”って言えないのが残念だ…。
「たかが3千万メレでは、私の剣の鞘すら買えない。とでも言えば良いのかしら?」
「「……なっ!」」
「昨日、ダビの行為を告発した私にギルドマスターは、“ダビが無罪だったらどう責任をとるのか”と追及し、私の全財産では足りないから“奴隷に落とす”と言ったわ。 私の訴えを真っ向から否定して、“ダビに慰謝料を払え”ともね。 その代わりに“ダビの犯罪が明らかになったら、自分の全財産を私に渡す”と言ったの。
もしもダビが罪を犯していなかったら、私は全ての持ち金と身に付けている装備品、アイテムボックスの中の全て、米一粒までも支払って、謝罪したわ。
ギルドマスターも約束どおりにお金を用意し、私は受け取った。
一体何を言う必要があると言うの?」
「「………」」
会計担当者は顔を青くしてうつむき、目つきの悪い男は悔しそうに私を睨みながら黙り込んでいる。
「2人とも、落ち着いてくれ。 アリス…さん、の言うとおり、約束を果たしただけだ。
アリスさん、すまなかった。 2人は俺を心配してくれただけなんだ。許して欲しい…」
ギルドマスターは落ち着いた態度を崩さずに、私に謝った。 ……初めからこの態度だったなら、こんな結末にはなっていなかっただろうになぁ。 残念だ。
「お茶をどうぞ」
テーブルを包む重苦しい雰囲気に辟易していると、奥さんが紅茶を出してくれる。
間近で見ると奥さんの目は赤く充血し、まぶたは腫れている。 ……いきなり3千万メレ近いお金を、見ず知らずの人間に渡すことになったんだから、当然か。
「ありがとう。美味しいです」
出された紅茶は薬物等の混入もなく、丁寧に美味しく淹れられていた。 外見や趣味は可愛らしいけど、内面は随分と理性的な人のようだ。
「実は、アリスさんに頼みがあるんだ」
「なに?」
「全ての財産を支払う約束だったが、武器や防具などの装備品は許して欲しい。 これからの冒険者活動には、どうしても必要なものなんだ。 その代わり、向こう1年の支払いを5割、全収入の半分にさせて欲しい」
ギルドマスターも冒険者活動をするの?
説明を求めてアルバロを振り返ると、
「ダビの犯行に気が付かず放置していたのは、冒険者ギルドの責任だからな。<ギルドマスター>の解任は妥当だろう」
とのことだった。 確かに、組織の人間が罪を犯したなら、その上司が責任を取るのは当たり前の話だ。
納得していると、奥さんが1歩私に近づき頭を下げた。
「アリスさん、勝手なお願いですが、どうかお願いします。 片腕の上に装備もなく冒険者活動なんて、主人にさせられません。 どうか…!」
「いいですよ」
「…え?」
「いいですよ。 収入の半分を私に支払うという話は、奥さまも納得されているのですか?」
「はい! 昨日、主人から話を聞いてからずっと話し合いました。 仕事は他にもあるのに、主人の中では<冒険者>しかないんです。 それなら、少しでも安全に活動して欲しくて、私から提案しました」
隻腕でも冒険者をやりたがる人の奥さんは、気苦労が多そうだな…。
「お金はあるようなのに、どうして腕を治さなかったんですか?」
<ギルドマスター>として、冒険者たちをまとめるのにも両腕が揃っている方がいいだろうに、なぜ治さなかったのか…。 ただ、好奇心を満たす為に聞いてみた。
「冒険者だった主人が腕を失ったのはこの家を買ったばかりの頃で、家にお金はなく、ギルドには借金をしていました…。治癒士の治療は全額前払いが原則ですから。 お金が貯まった時には時間が経ち過ぎていて、もう、通常の【リカバー】では治らないと言われてしまいました」
ふぅん…。治癒士は全額前払いなんだ? まあ、治療費を踏み倒されることを考えたら仕方がないのかな。
「皆さん、お待たせしました」
<治癒士>は不自由そうだな~、<冒険者>で正解!とぼんやり考えていると、2階から見知らぬ男の人が降りて来た。
待ってないけど……。 誰?
ありがとうございました!




