裁判所 2 裁判官のたくらみ
クリーンで床を綺麗にすると、法廷に静寂が戻り裁判官の声が静かに響く。
「では、審判の水晶を」
「裁判官! その女が冒険者になる実力を有していることは証明されましたが、隠蔽スキルを所持していないことは証明されていません! その女が先に審判を受けることを求めます!」
「ダビ、今回訴えられているのはあなたです。 先に審判を受けるのはあなたですよ」
ダビのずうずうしい主張にも、裁判官は丁寧に説明をするが通じない。
「わたしはこの女に突然攻撃を受けた被害者です! この女は私に言いがかりをつけただけでなく、いきなりナイフを投げつけてわたしに怪我を負わせました! この女を調べてください!」
「この裁判は、あなたの罪を問う為に開かれたものです。 あなたに非がなかった場合のみ、アリスは審判を受けることになります。 自分に罪がないと言うのなら、早く審判の水晶に手を乗せなさい」
裁判官が命じてもダビに従う様子はない。 やましいことがあると告白しているも同じだと気が付かないのかな?
「裁判官、この女がダビに隠蔽を掛けたことは誰の目にも明白じゃないか! ダビが正しいんだ! ダビを助けるんだ! その女に今すぐ極刑を!!」
「そうだそうだーっ。 どうしてダビを助けないんだ!」
「ダビよりその女を庇うなんて、裁判官はその女に弱みでも握られてるんじゃないか?」
「色ボケしていない証明に、その女を裁いてみせろーっ」
あ、台詞が増えてる! ちゃんとバリエーションがあったんだ!?
でも、裁判官を攻撃対象にするなんて……。
「裁判官! その女を裁いて身の潔白を証明するんだ! この裁判は町の住人を助けるための裁判だ! わしの名において、」
“ガンッ!! ゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴン!!”
「町長とその配下の男達に退廷を命じます! 法廷兵、早く連れ出してください! なお、町長には法廷を侮辱した咎により、500万メレの罰金の支払いを命じます! 3日以内に支払うように!」
「なんだとっ!? わしはこの町の町長だぞ! 罰金なぞ支払わんぞ!!」
この町長は、そろそろ退任の時期じゃないだろうか? 傍聴席からも冷たい視線が注がれているのに気が付かないのかな?
「法廷兵!」
「はっ!」
肥え太った町長は兵士2人に引きずられて退廷して行き、囃していた男達も町長の後を追って行った。
“カンッ!”
町長一派の強制退廷でざわついていた場の空気を、モレーノ裁判官は木槌を1回打つだけで戻してみせた。
「続けます。 ……ダビ、あなたは随分と町長から信頼されているようですね。 あなたはこの裁判に何を望みますか?」
町長一派の退廷で焦りを顔に浮かべていたダビは、裁判官が自分に意見を求めたことで余裕を取り戻した。
裁判官は落ち着いているように見えるけど…。 町長の圧力に負ける気になっちゃったのかな? 裁判官が何を考えているかがわからない…。
「この女はわたしに【隠蔽】を掛けて罪をでっちあげました。 この女が【隠蔽スキル】を所持していることがその証明になります。 この女の審判を先に行ってください!」
「アリスが【隠蔽スキル】を所持していることが証明されたら、あなたは何を望みますか?」
「この女が【隠蔽スキル】を持っていることを確認できたらそこで裁判を終了として、この女を性奴隷として売却し、全財産をわたしに支払うことを要求します!」
裁判官の態度が変わったことに安心したのか、随分とずうずうしいことを言っている…。 性奴隷として売却って、何よ…。
「ダビ! あんたの性根は腐っているわ!」
「裁判官! アリスが【隠蔽スキル】を所持していることと、ダビが【鑑定】スキルを持っていることは話が別です!」
「ダビが【鑑定】のスキルを使い悪事を行っていたことの証明が大事です! ダビに審判を受けさせてください!」
「アリスにだけ審判を受けさせてダビが審判を受けないなんて、この裁判の意味がない! 裁判官、公平な裁判をお願いします!」
ダビの要求が理不尽なこともあり、傍聴席からダビの審判を求める声が上がった。 私の見張り役・アルバロ達の声だ。
裁判官は4人の声にも動じることなく、私にもダビと同じ質問をした。
「アリス、あなたはこの裁判に何を望みますか?」
「ダビの罪を明らかにし、共犯関係にある者を一掃することを望みます。ダビには犯した罪にふさわしい罰を求めます」
私の返事を聞くと、裁判官はひとつ頷いて目を閉じた。 何を考えているのかな…?
「ダビ、アリスに先に審判を受けさせ【隠蔽】スキルの所持が確認できたら、あなたが【鑑定】と【隠蔽】を所持していても罰金刑で済ませてあげましょう。
しかし、アリスが【隠蔽】を所持していなかったら、あなたを犯罪奴隷とした上で全財産をアリスに支払い、『断罪の水晶』を受け入れますか?」
「……っ!」
裁判官の言葉に喜色を浮かべていたダビは、『断罪の水晶』と聞いて顔色を変えた。 断罪とは穏やかじゃない響きだ。
ダビはしばらく目を泳がせていたが、私を見て口の端を吊り上げた。
「あの女が先に『審判』を受けて、もしも【隠蔽】スキルを持っていないことが証明されたらなら、私は『断罪の水晶』を使用し、犯罪奴隷となり全財産を支払います」
ダビの自信満々な態度を見ると、私が【隠蔽】のスキルを持っていると確信しているようだ。 …持っているのはハクだけど。
「アリス、あなたが先に『審判』を受け、【隠蔽】を持っていないことを証明できれば、ダビの全財産を受け取りダビを『断罪の水晶』に掛けることができます。 先にあなたが『審判』を受けることを承諾しますか?」
裁判官の意図がどこにあるのかを考えていて返事が遅れると、ここぞとばかりにダビが煽ってきた。
「『審判』を受けるのをしぶるなんて、自分にやましいことがあるって自白しているようなものじゃないか! 今すぐに財産を差し出し詫びるなら許してやってもいいぞ!」
…ダビはさっきまでの自分の姿を忘れているらしい。
裁判官をそっと窺い見ると裁判官も私を見ていた。 私を見る目に悪意は感じられない。目が合ったことに気が付いた裁判官は、いたずらに誘うかのように、口の端をわずかに持ち上げた。
「『断罪の水晶』とはどんなものですか?」
裁判官の真意を探る為の質問に、裁判官は丁寧に答えてくれた。
『断罪の水晶』は、体の一部に触れさせるだけでスキルと最低限生活できる以上のステータスを奪い取り、水晶に触れている間は犯した罪や罪に関連する事を聞かれるままに応えてしまうという、なかなかにエグイ性質の水晶だった。
傍聴席に座っているイザックが目に入り、悩むことなく返答した。
「ダビの『断罪』を今、この場で行うことを条件に、私からの『審判』を受け入れます」
そう応えた瞬間のダビの顔はなかなかに滑稽で、少しだけ溜飲が下がった。 町長一派に好き放題言われっぱなしだったことは、結構なストレスになっている。
裁判官は私の返事にひとつ頷き、書記官の1人と法廷兵に何かを言いつけた。 書記官と法廷兵が部屋を出て行くと木槌を1つ鳴らし、
「今より退廷を認めません。 法廷兵、出入り口を塞ぎなさい」
私たち全員を部屋に閉じ込めた。
ありがとうございました!




