裁判所 1 裁判開始
「そろそろ行くか」
アルバロが時計を見ながら言った。 私も時計欲しいなぁ~。所持金に余裕ができたら、すぐに手に入れよう!
「水筒は持っていますか? 水が少なくなっていたら補充しておいてください。 それと、裁判所内で口寂しくなったらこれを」
水を補充した水差しと、干しりんごを差し出した。
「用心の為か…。受け取っておく」
ベテランの冒険者らしく、何も言わなくてもわかってくれた。全員が水を補充し、干しりんごを受け取ってくれる。
…イザックはもともと入っていた水を飲み干してから水を補充している。 ……お腹壊さないといいけど。
ライムがマントの中からハウスに入り、ハクが肩に乗ったら準備完了だ。
「行きましょうか!」
「「「「おうっ!!」」」」
気合十分な皆と一緒に、微笑みながら裁判所の中に移動した。
玄関には冒険者ギルドの受付さんが待っていて、法廷に案内してくれた。ロの字に設置された椅子の右側に座っていたダビがこちらに気付いて、顔にいやらしい笑いを浮かべる。 ……なんだ?
「どうして町長が…」
傍聴席に座っている肥え太った男がこの町の町長らしい。 ダビの自信ありげな様子からみるに、
「買収済みってことかな…」
私の呟きに、マルタがギョッとして振り向いた。
「あの町長が買収されているなら、どんな無理難題を仕掛けてくるか…」
賄賂が好きな町長か。 どうして解任されないんだろう?
「担当の裁判官は誰だい?」
「モレーノ様です。この裁判所の最高責任者で公正だと有名な方ですよ」
「なら、買収されている可能性は低いな」
アルバロが安心したように笑った。 私もマルタに笑いかける。
「大丈夫ですよ。裁判官がまともなら負けようのない裁判です。 それよりも、町長は解任できないんですか?」
「まあ、基本は世襲制だからね。 上へのゴマすりも上手いのさ」
領主がぼんくらなのか…。 見たこともない領主に悪態を吐いていると、グレイのフード付きローブを羽織った裁判官らしい3人が入廷してきた。
アルバロたちを傍聴席に残し、ロの字の左側の席に着いた。 ギルドマスターはダビの側にいるだろうと思っていたが、傍聴席で鑑定士の3人と一緒に座っている。 どちらの味方もしないスタンスのようだ。
「<冒険者ギルド・ジャスパー支部、ギルドマスター>よりの訴えにて、裁判を行う。
本日未明、冒険者ギルドにて-----------。」
話し始めた男がモレーノ裁判官らしく、あとの2人は裁判官の席より少し前に設置されている席で書き取りを始めた。……書記官、かな?
裁判官が今朝の流れを細かく説明している。私がギルドに入った時からの流れも読み上げているので、受付さんが説明をしたのだろう。……私に優しい説明をしてくれたようだ。
でも、私の名前は一切出てこず、<冒険者志望者の少女>になっている。名乗っていないのだから当たり前だけど、それでいいのか? 異世界の裁判!
「-----------------よって、両者の真偽を『審判の水晶』に問うこととする。 ギルド職員・ダビ、前へ出なさい」
「異議あり!」
裁判官の言葉尻に被せるように、町長が立ち上がって大声を出した。
誰も注意しない所をみると、この世界の裁判では弁護士のような人はなく、代わりに傍聴席から意見を言う事が許されているらしい。
「罪を問われているダビは、この町で生まれ、この町で育ち、この町の冒険者ギルドでも勤勉に勤めていた男です。ふらふらと放浪していたような女の言うことを真に受けて、一方的にダビを疑うのは間違っている!!」
「「「そうだ、そうだー! 間違っているぞー」」」
え、仕込み? 凄い棒読みだけど、追従する声は町長の仕込みなの?
「ダビが【鑑定】と【隠蔽】のスキルを所持していることは、3人の<鑑定士>たちによって確認されています。一方的な訴えとは思えません」
モレーノ裁判官は町長の言う事に靡かない。買収されてはいないようで、一安心だ。
「裁判官! わたしはその女に嵌められたんですっ! その女は【隠蔽】のスキルでわたしのスキルを書き換えた上で、鑑定士達に偽の情報を読ませたんですっ! わたしは被害者です!!」
「そうだ! その女は路銀を使い果たして冒険者ギルドに集りに来たんだ! 私の町の大事な住民に濡れ衣を着せるなんて、とんでもない女だ! 裁判長! その女に重い罰を与え、ダビを開放するんだ!」
「「「集りに来た卑しい女を許すなーっ」」」
“ガンッ!! ゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴン!!”
一方的な集り扱いにカチンと来た瞬間、法廷中に大きな音が響いた。
「おだまりなさい!! 町長、ここはあなたの執務室ではない! この法廷において、あなたに裁量の権利も、大声を出す権利も、わたしに命令を下す権利も存在しない!!
次に不適切な態度が見られたら退廷を命じます。 後ろで囃しているあなた方も、傍聴を希望するなら静かに傍聴するように!」
紳士的な裁判官だと思っていたが、なかなかに激しい人だったようだ。頼もしい♪
心の中で拍手を送っていると、裁判官と目が合った。
「あなたのお名前は?」
「アリス、と申します」
「アリス、あなたは【隠蔽スキル】を所持していますか?」
「いいえ、所持していません」
「あなたは何をしに<冒険者ギルド>に行ったのですか?」
「<冒険者登録>の下見にギルドへ行き、満足したので登録の手続きをするために受付に向かっておりました」
「嘘です! そんなひ弱そうな女に冒険者なんか出来るわけがない! 最初から私を嵌めるためにギルドに来たに違いないっ!」
「ダビはこう言っていますが、あなたは<冒険者>になるつもりだったことを証明できますか?」
え、証明…? まだ受付で意思表明をする前だったし、証明できることなんて…。
困っていると、裁判長が言葉を重ねた。
「<冒険者>として有益なスキルの開示でも構いませんし、誰かに師事していたなら、師匠の名を告げるだけでも構いません」
私の持っているスキルはどれをとっても有益なものばかりだ。 隠す気はないが、わざわざ公開する気も無い。
「………最近狩った魔物の提示でも構いませんか? 床を汚しますが、きちんと綺麗にしますので」
裁判官の返事を待ってから、ロの字の真ん中に移動した。
インベントリからワイルドボアとハーピー、そしてオークを1体ずつ取り出す。
「大事な食料なので、丁寧に扱ってくださいね?」
希望を伝えると、モレーノ裁判官はしっかりと頷いてくれた。
「法廷兵、ギルドマスター、傍聴席の上位ランク冒険者に目利きをお願いします。 アリスは冒険者としてやっていく実力があるか否かを確かめてください。
尚、大切な食料らしいので、丁重に扱ってください」
裁判官の依頼に応じてバラバラと人が集まってきた。 私の見張り役の4人も全員上位ランクだったらしい。
「これは…」
「ああ、一刀両断だな」
「個体としても大きいぞ」
「これを売らずに食うのか…」
「切り口もキレイだ」
否定的な意見が出ないことに焦りを感じたのか、ダビが大声で叫んだ。
「たった3体じゃないか! 色仕掛けでもして手に入れたものじゃないのか!? その女が倒したとは限らない!」
「この状態の魔物を譲る冒険者がそうそういると思っているのか? おまえもギルド職員なら、それくらいはわかっているだろう。
アリス、これで全部じゃないだろう?」
当然あるだろう?という顔で聞かれたので、インベントリからオークを取り出すと、
「そうだろうよ」
ギルドマスターはあっさりと頷いた。
「冒険者諸君、並びに法廷兵の見解を聞こう」
裁判官の問い掛けに、私の実力を疑う声は出なかった。
ありがとうございました!




