初めての宿、初めての出会い
「いらっしゃいませ!」
<チャロの宿屋>は<冒険者ギルド>から程近い場所にある、こじんまりとしているが、掃除の行き届いた宿だった。
そこで出迎えてくれたのは、少しふくよかだけど、笑顔が可愛らしい女性だ。茶色く長い耳が生えている。
(獣人!? 獣人だよね!? かっわいいっ!! お耳がふわふわっ♪)
(アリス、落ち着くにゃ! 変な客だと思われるにゃ!!)
(ありす、おちついて? はくのほうがかわいいよ?)
彼女の耳に釘付けだった私は、ハクとライムのお陰で自分を取り戻した。
「こんばんは! 大通りで屋台を出しているテルマさんが予約をしに来たと思うんですが?」
誰の名前で部屋を取っているのかを聞き忘れてしまった。
「いらっしゃいませ♪ お部屋の準備は出来ていますので、宿帳に記入をお願いします。 文字が書けなければ代筆します」
「大丈夫です」
名前と職業と宿泊の目的? 旅人は職業と言っていいの? 目的は冒険者登録と買い物かな。
とりあえず空欄を埋めてウサギ耳さんに渡した。
「これから冒険者登録という事は、身分証は持っていませんよね?」
「ええ。問題がありますか?」
「大丈夫です。 地元住民からの紹介なのでなんの問題もありません。 お食事はすぐにできますよ。どうしますか?」
聞いてみると、部屋へ持って行っても良いとのことなので、追加料金を払い、3人分の食事とお湯をもらって2階の部屋へ案内してもらった。
「ではごゆっくり~」
ウサギ耳さんは、使い終わった食器とお湯の桶はドアの外に置いておくようにと言って、ふわふわの長い耳をゆらゆら揺らしながら階下へ下りていった。
「先にさっぱりしようか」
「賛成にゃ!」
「さんせい!」
それぞれに【クリーン】をかけた後、私は手ぬぐいでお湯を絞って体を清め(気分的に!)、ハクとライムは桶の中に入り、お湯の心地よさを堪能していた。
ハクとライムにドライをかけて乾かした後、ベッドでごろごろと過ごしていると、ウサギ耳さんが食器を下げに来てくれたので、急いで自分の食器に料理を移して宿のお皿を返した。
3人分の食事がどこに入ったのかと驚いているウサギ耳さんに、従魔の紹介をしがてら世間話ができた。
…この町の行政には賄賂が横行しているらしい。<冒険者ギルド>は行政とは違うから、大丈夫だよね? ……大丈夫だといいなぁ。
宿の食事はボリュームたっぷりで、塩と胡椒のみの味付けながらも美味しかった。満足した途端に睡魔が近寄ってきたので、今日の分の複製だけすませて、早々にベッドに入った。
目を開けると真っ暗だった。
「まだ、夜明け前にゃ」
「今は何時頃かわかる?」
「多分、4時過ぎくらいにゃ」
夜明けまでにはまだ時間がある。窓を開けてみると、住民が活動を始める前の静けさが広がっていた。
「もう、起きるにゃ?」
「うん、目が覚めちゃったしね。 軽く食事を済ませて、ギルドの雰囲気でも見に行こうかな」
「わかったにゃ。 おはよう、アリス! 朝ごはんは何かにゃ?」
「おはよう。ごはんなに?」
「おはよう! 食欲旺盛?」
確認すると、2匹とも元気いっぱいに返事をしてくれたので、隣の部屋の人に迷惑かもと焦ったが、
「遮音結界を張っているにゃ♪」
ハクの一言で安心した。 気の利く子猫(虎)だ。
備え付けのデスクは小さいので、野営時のように床に敷物を敷くと、2匹は待ちきれない!というようにそわそわし始めた。
室内と言っても夜中は冷えるので、マルゴさんの作ってくれた温かいホーンラビットの煮込み、昨日買ったボカディージョ、椎茸のオークスライス巻き串、ラフトマトとぶどうでしっかりと朝ごはんをすませて、部屋を出た。
受付ではウサギ耳さんがうつらうつらと船を漕いでいたが、私たちに気付いて立ち上がり、申し訳なさそうに、
「朝食は6時からなんですが…」
と言うので、<冒険者ギルド>へ行くだけだと伝えると、安心したのかまた少し眠たそうな顔になった。
耳をつつきたい誘惑を振り払いながら、チェックアウトの時間だけ確認して宿を出た。
ありがとうございました♪




